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東京時代27

「与兵衛。お前、今日は釣りに行ったか。」

姉尾は、實小路家からの帰り道で、運転ををする与兵衛に訊いた。

「はあ。今朝ほど。・・臭いますか。済みません。」

与兵衛は、姉尾の問い掛けが魚臭さであると思って謝った。

「いや、臭う訳では無い。実はな、今日、米国から釣り好きが来ると聞いてな。お前が、その者に出会うかも知れんと思っただけだ。」

「旦那。今朝、外人に会いましたよ。日本語を話す、変な外人でした。・・名前は、トンとか言ったかな。竿も仕掛けも貧弱なものしか持ってなかったんで、手持ちで余ってたのを呉れてやりました。そしたら、一尺の鯵を上げて、大喜びでしたよ。」

「ほう。もう会ったのか。トムは噂通りの釣り好きだな。」

「旦那。トンは、どういう人なんですか。あんまり、偉そうに見えなかったんですが。」

「今日、實小路家の明菜と一緒の船で来て、米国大使館に勤めるらしい。」

「實小路の若奥様と一緒の船で来て、米国大使館ですか。そんじゃあ、偉い人なんだ。」

「さあな。それは、良く分からん。だが、釣り好きは確かだ。また、会ったら、釣り仲間として、付き合ってやってくれ。」

「はい。元より、釣りの場では、肩書なんて有りませんから。ただ、實小路の若奥様とお知り合いということで、ぞんざいに扱うことだけは止めておきます。」


實小路家に来客があった。啓蟄となる頃である。

「吉永と言います。文治さんを訪ねてきました。」

實小路は議会で、金丸の運転で出掛けていた。対応したのは、のぞみだった。

「申し訳ありません。只今、旦那様は不在です。文治さんは、居らっしゃいません。」

「文治さんは、實小路さんと、御一緒に出掛けられたのですか。」

「いえ、その・・・」

のぞみが、返答に困っていると、奥から恵美子が出てきた。

「ハロー、ハウドゥユードゥ。」

吉永は、笑顔になって答えた。

「ユートゥー、ハロー。プリティレイディ。」

のぞみは、吉永が英語で挨拶したのに驚いて、絶句した。後ろから明菜が恵美子を追い掛けてきた。

「エミー、待ちなさい。」

恵美子に追い付いた明菜は、吉永を見て立ちすくんだ。

「祐ちゃん。」

吉永も名前を呼ばれて、顔を上げて、驚いた顔になった。

「明菜。帰国していたのか。この子は、君の子かい。どうりで、美人だと思った。」

「マム。フーイズヒー。」

恵美子は、明菜と吉永の顔を交互に見て、吉永が誰なのかを聞いた。

「エミー。アイム、ユア アンクル、祐介。コールミー、アンクルユー。レッツゴー、キャンティーン。アイル、テルユー、ジャパニーズトイ。レッツプレイ。」

吉永は、恵美子に、叔父であると説明し、食堂で日本の玩具を使って遊ぶ提案をした。そのまま、吉永は、恵美子を連れて家の中に入っていった。

のぞみは、何が起きたのか分からず、吉永を見送って、すがる様に明菜を見た。

「アンクルねえ、あんな兄を持った覚えはないのだけど。まぁ、良いわ。」

のぞみが見ているのに気付いた様に、明菜は、のぞみに言った。

「彼はね、元恋人よ。」

のぞみは、更に驚いた表情になった。

「私が嫁ぐ事になったので、彼は身を引いたの。正ちゃんと彼は友達でね、学校時代には、まどかと四人で遊んでたの。家には連れてきた事が無いので、多分、ハナさんも知らないと思うけど。」

「そうなんですか。」のぞみは、それ以上の言葉が無かった。

「今は、正ちゃんの方が好きよ。でも、あの頃は、祐ちゃんの事の方が好きだったな。両家の政略結婚で、仕方無く正ちゃんを選んだけど・・・。あ、御免ね。内緒にしてね。」

そう言うと、恵美子を追って家の中に入っていった。


吉永は、唇を噛んでいた。文治が拐され、三週間が経っている事を聞かされ、自分が何も出来ない事に対する腹立たしさからである。

明菜は、文治に会った事が無いが、實小路が毎晩、数時間を文治の足取りに関して傾注していることから、文治が、實小路にとって、重要な人物であることは分かる。

そして、毎晩のやり取りから、今の文治捜索状況の全容が否応無しに聞こえてくる。その事を吉永に伝えたのである。

明菜は、吉永さえも、その様な反応をする事から、文治という人物が、如何に好かれていたのかが分かった。

「明菜、有難う。僕なりに文治さんを探してみるよ。君は来週一杯で渡米の船に乗るのだよね。次は何時会えるか分からないけど、元気でね。じゃあ。」

恵美子は、吉永にたっぷり遊んでもらって、疲れて眠っている。その恵美子の頬を撫でて、吉永は帰っていった。


「のぞみさん。文治さんって、そんなに偉い人なのかしら。」

明菜は、のぞみも文治と繋がっているとは知らない。のぞみからは、生返事が返ってくると思って問い掛けた。

「いいえ、若奥様。決して偉いという方ではありません。でも、常に謙虚で人を思い、気付きを与えて、自らは偉ぶらない方です。」

明菜は、呆気に取られた。のぞみさえも、文治を敬愛しているのである。

一体、どんな人物なのか、仙人の様に悟りを開いた者なのだろうか、一度会ってみたくなってきていた。


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