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東京時代20

「さて、米国との繋ぎ役について話を進めることにするか。」藤神は、ジョージが居なくなった代役について話をする様に話題を向けた。

「その前に」と、五陵が口を開いた。

「白井。お前の所の守夫は、信頼できるのか。仏国の密偵という事は無いのか。時に、呆けている様に見えるが、頭は切れる様だが。」

白井は、苦笑しながら答えた。

「時に、呆けているというのは、口を開けて考えている事を言うのかな。確かに、呆けている様に見えるか。守夫は聡明な奴である事は確かだ。妻を連れて越国を抜け出してきた時の生き残りだからな。

策略する時には、集中して、口を開けたままである事も気付かない程でな、そして、何事にも慎重で、行動に移す迄が長い。会館から我が家に戻る迄、2時間も掛かった。家々の角で停まり、人通りを確認するからな。

まあ、妻も、あまり守夫を必要としなくなってきているので、諸君が心配するのならば、暇を出しても構わん。藤神、お主は今も東亜の研究をしておるのだろう。守夫を引き取るかね。」

「いや、むしろ守夫を活用する方法を考えた方が良いだろう。」

五陵は策略を練って、相手と接触させる事迄もを提案した。

諜報作業をさせるには訓練が必要だとか、危険が伴うだとかの議論もされ、結果的には現状のままとなった。白井に一任した形である。

そこで、一旦、小休止となった。


用意された飲み物を飲んだり、軽食を摘まんだりするのだが、先程の内容で立ち話をしたり、藤神と幸子に近況を聞いたりと、個人個人で情報の再確認や、今行われた議論の経緯に対しての意見を述べたりと、話が尽きなかった。

小休止は、そういった事から、藤神が頃合いと声を掛けるまで、30分程続いた。


藤神の次の話題に取り掛かるとの合図で席に戻った者達は、藤神の話題提示を待った。

「次の和田に移る前に、只今の話を整理させていただきます。」藤神が次の話題に掛かるまえに、文治が声を上げた。

文治は、書き留めた内容を、その場の者に報告した。

「ふむ。一つ忘れておるな。」實小路が話し合った内容を聞いて言った。

「白井君。現状を維持するのは分かったが、いつ迄そうするのか、それと、どんな状況となる事を期待するのか、状況報告を、どれ位の頻度で我々に提供してくれるのか、という事だ。」

「成る程、整理してみると、話し足りぬ事が直ぐに分かって良いな。」五陵の言葉に全員が頷いた。

「皆に伝えるのは、週に一度で、どうだ。自分は守夫に指示して、間者と接触させようと考えておる。間者から、色々情報を引き出すには、相手の懐に入った方が良いからな。そして、情報を引き出せても、そうでなくても、最長、三週間程であろうと考えておる。」白井は、實小路の問いに答えた。

「おい、そんな事をして、大丈夫か。守夫に万が一の事が有るかも知れぬぞ。」姉尾が心配して言った。

「間者を捕らえて吐かせる事ができると思うか。」

白井は、吐かせるに当たっては、言葉の問題、現在の議論が奴らの後ろ盾となっている者に気付かれた時の危険性を語った。

「それとな。守夫一人に全てを任せる事はせぬ。密偵に慣れた者を一緒に行動させる。忍者の里の出だそうだ。本人は否定しておるがな。その者は、既に3日前から、我が家に来てくれておる。関西の神戸からなのだが、関西訛りが無くて、宜しい。」

「白井君。以前から監視されていることに気付いておったのかね。」藤神は、白井の用意周到さに準備していることに驚いて言った。

白井は軽く笑って種明かしした。

「いや、実はな、神戸で麻薬密輸団を潰した者なのだが、その後、やくざ連中の取り締まりに対して、所長と意見が合わずに、厄介者なっておったのだ。それを警視庁が引き取ってな。そこでも手を焼いておったので、我が家の警備に回された者なのだよ。」

「ほう、神戸の麻薬密輸団を潰したとは、凄いじゃないか。だが、警視庁が厄介払いするとは、相当なものだな。」實小路は素直な意見を口にした。

「私の知り合いも、関西で麻薬撲滅の活動をしている者が居ます。吉次さんという方です。」文治が、懐かしい顔を思い出しながら言った。

「文治君。君は吉次の知り合いか。」白井が驚きの声を上げた。

「えっ、白井さんのお宅に居るのは吉次さんなのですか。」文治も驚きの声を上げた。

「うむ。しかし、君は、よく、あんな柄の悪い者と付き合えるものだな。何人もの警官を見てきたが、奴程、官の範疇に収まっておらん者を見た事が無い。奴を監督できる者など居らんだろう。まあ、だから、我が家に来たのだろうがな。」

「そうですか。確かに正義感が強い方でしたが、麻薬撲滅を遂行する為に、人並み以上の苦労をされてきたのでしょう。御苦労が思い遣られます。名古屋でも密偵として活躍されていましたので、今回も、活躍されることになるでしょう。」

文治が言うと、誰もが、そうなのだろうと思ってしまう。それ迄の文治が行ってきた事に間違いが無いのだから、次も、そうなのだろうと思ってしまうのである。

「さて、諸君。次の話題に移るとしよう。米国大使館との付き合い方についてだ。」

藤神は、ジョージに関する話を、手元に有る情報に基づいて、漏れなく事実を話した。

白井は、煙草に火を点けて、煙を長く吐きながら、腕組みをして目を閉じた。

「米国大使館との繋ぎとして、会館職員に欠員が出たのだから、通訳として誰かを雇う事を考えなくてはならんが、適任の者は居るかね。」

ジョージが処刑された理由が不明のままなのだが、誰も、その部分について言及しなかった。人員を補充する問いかけを藤神に向けてするのみである。

藤神と幸子は、顔を見合わせた。そして、幸子が言った名前は、明菜であった。

その名前に、洋行の者達は驚いた。

「幸子君。それは、正太郎を呼び戻すという事を言っておるのかね。」實小路は、自分の息子の名を出して訊いた。

「もうそろそろ、勘当を解いたら如何ですか。先日、明菜から手紙が有りまして、正太郎さんが米国政府の補佐官に就いていると書いてありました。私達も孫の顔が見たいと思いますのよ。」

「奴が、そんな職を得ておるのか。だが、それならば呼び戻す事は叶わぬのではないのかね。」

「あら、正太郎さんを呼び戻すなんて言ってませんわ。明菜を米国の交渉窓口に使うという事ですの。たまには、あの子が帰ってくることもあるでしょう。」

「米国に居るままで、我々の交渉窓口になるのかね。」

「日本には、あの子や正太郎さんの息のかかった人を置いてもらって、実際の交渉は米国でやってもらうという事で如何かしら。と、申し上げてますの。」

「米国から日本の者に直接指示をする方法など有るのかね。地球の裏側なのだよ。」

「電波か。」神崎が口を挟んだ。

「日本からハワイ、ハワイから米国本土の間は、電波を使って信号を送ることができる。だが、軍用だぞ。使えるとは思えん。」

神崎の発言に、幸子は意味有り気に微笑するだけだった。

「幸子君が微笑むのは、勝算有りという事だな。分かった、儂は正太郎を勘当したが、奴の手腕は、儂よりも優れておると考えておる。」實小路が、神崎を制して言った。

「幸子君。種明かしをしてくれんか。」神崎も幸子の微笑に対して、實小路に同調した。

「それは、自分から話そう。」藤神が説明を買って出た。

米軍は、アラスカに通信基地を完成させている。日本には、日本最大の砂丘である猿ヶ森に通信基地ができている。その通信基地を経由するということだった。

「ほう。猿ヶ森は樺太と露国を繋ぐ目的だったが、確かにアラスカならば使えるな。だが、アラスカの中継は問題無いのか。」實小路は、通信事業の全容を把握しているという自負が有って、藤神の説明には、直ぐに理解を示したが、その上での懸念点を指摘した。

「アイヌか。」五陵が独り言の様に言った。

全員が、五陵の方を向いた。

「択捉のアイヌは、ユピクと交流が有る。アラスカ通信基地にユピクが勤めていても不思議では無い。そういう事なのか。」五陵が、藤神に疑問を投げた。

「さあてな。アラスカに少なからず正太郎君の協力者が居る事は確かだが、その者が、アイヌなのか、ユピクなのかは、知らん。」藤神は、五陵の問いには答えを持っていなかった。

「おい。分かる様に説明しろよ。」白井は、話に付いていけずに苛立って言った。文治も記録する手を止めて、話が整理できずにいた。

「おう、そうであったな。」實小路は、改めて通信事業に関して、現状の概略を述べた。その中で、猿ヶ森の軍事通信基地の目的について、話をした。

その後、五陵は蝦夷のアイヌとの交流やアイヌの若者に優秀な者が多く居て、彼等と情報を共有する事で、北極海で生活するユピク族の現状を知った事、ユピクはアラスカの台地を把握しているという事迄分かったと語った。

そして、ユピクの若者にも優秀な者が少なくなく、米国との交渉が滑らかに進んでいる事を知ったとも報告した。

「あら、それって、明菜からの手紙に書いてあったわ。アラスカの人と加国で水産物を巡って喧嘩になったって。その仲裁に正太郎さんが指示をした米国政府の使者が、一週間で、丸く収めたって。でも、もう二年も前の話よ。」幸子は思い出しながら言った。

「加国とユピクか。よく英国が黙っておったな。」佐々が、疑問を投げかけた。

「加国といっても、太平洋側は、仏国から寝返った連中ばかりだし、戦艦も大して配備していない。米国が少し脅せば、引っ込むしか無い。その戦いについては、報告を受けておる。かなりのユピクの者達に犠牲が出たと聞いておる。」白井は、大きな戦力差で行われた戦いの結果を語った。

文治は、その内容を記録する事は無かった。アラスカ通信基地の協力者の存在までである。

武力を持つ者が、持たぬ者を虐待する姿は、いつの時代も、どこの世界でも同じなのだと感じて、それに抗っていく為の方策を固めていく必要性と、それに向けての行動が急がれる事を改めて認識した。

その後、夕食迄の間、米国大使館に対する繋ぎ役の候補者に何を行わせるのか、ジョージの反省を踏まえて、米国諜報局の暗躍に対するリスクを回避する為の展開等を話し合った。


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