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東京時代1

東京に着いた文治は、先ず、吉永の元を訪ねた。この半年間、文治が寺子屋活性化について企てた事と結果について報告するためである。手紙では何度か近況報告をしてあるが、書き物では伝える内容に限界がある。面と向かって話す事で、より良く伝わる事も少なくない。

謀って予想通りだった事、予想を超えて成果となった事、効果が得られなかった事を寺子屋に関して話をする事で、吉永には情報を伝えられるし、又、自らの整理にもなる。

話をしながら、過去の行動に対して、更に上手く行く方法を思い付く事が少なくないのである。

吉永は興味深く話を聞いてくれた。時折、吉永は質問をしたり、効果の出方に対して、意見を述べたりしてくれた。

その後、今度は吉永が近況を話してくれた。謀り事については、文治と同じ様な事だったが、効果としては、余り芳しい結果には成っていなかった。文治にとっての権座の様な存在が得られなかった事が、主な原因だった様だ。

文治は、再三、實小路関係の紹介を提案したが、吉永は、理性とは別の所で彼らを受け入れたくない様で、導かれた結果は、影響力の少ないものとなっていた。

吉永には、文治が、これから實小路の元で働く事を伝えてある。今後の文治の活動の関しては、實小路の影響を利用できることを伝え、文治は、吉永の家を後にして、實小路宅へ向かった。


實小路家では、全員の出迎えがあった。僅か7か月のいとまであった。だが、全員が旧友を迎えるが如く、又、長旅から帰った家族を迎えるが如く、温かく迎えてくれた。

實小路は、生憎、派閥の会合に出掛けていて、未だ帰ってはいなかった。勝手知ったる實小路宅ではあるが、一応、主への挨拶を済ませるべきであると考えていたので、文治は、實小路の帰りを応接で待たせてもらう事にした。

使用人達は、文治の好みを覚えていて、紅茶と焼き菓子を出してくれ、又、この7か月間に實小路と使用人達の大きな出来事について語ってくれた。

實小路に触発された貴族院の者達が、自家の使用人達を、實小路家の使用人達が行っている事を真似させようと色々行っているが、最初から大混乱となって、多くの者達が途中で諦め、元に戻った。それでも、佐々家だけは、根気良く使用人を育て、その結果として、両家の使用人同士で連絡を取り合って、一部では連携をしているという。他家の使用人達とは、それでも、知り合いとなり、訪問の情報等は共有ができている。

そういった話を、執事の金丸が中心となって、文治に話してくれた。そうしている内に、電話が鳴り、女中の一人が出て、實小路が帰途に就いた事を報告に戻ってきた。金丸を除く者達は、食事の準備の為に応接から出て行った。

「金丸さん。今の電話は、どなたから頂いたものですか。」

使用人は全員が居た、電話が掛けられる場所は限られているので誰でも電話を使える訳では無い、實小路自身が電話を掛けてくるとは考え難い、という事を考慮すると、文治には、電話を掛けてくる相手を想定できないことから、電話の主を尋ねた。

「会合で使われていた議員会館の職員の方からです。それが、何か。」金丸は、当然の事だと答えた。

限られた電話回線を使って、議員会館の職員が、使用人に向けて連絡するという事が、職務とは違う様に思える。

「議員会館の方からは、毎回、連絡をしてもらえるのですか。」文治は、率直に聞いた。

「いえ、今日は特別です。お客様がいらっしゃるので。」

「そうですか。今日は、實小路さんに、ゆっくりお話しすることは、難しいという事になりますね。それでしたら、応接間で待っている場合ではありませんね。金丸さん、御助言願えますか。私がお客様達にできる事をおっしゃってください。」

何かをした方が良いと腰を浮かせた文治を、金丸は微笑みながら文治を押し止めた。

「何をおっしゃっているんですか。今日のお客様は、文治さんですよ。ほかには、お客様は呼ばれていません。」

文治は、自分が客扱いになっていることに驚いた。これから實小路の為に働くのだから、使用人として扱われても文句は言えない。精々、権座の時の様に、家人の様に気さくに扱ってもらえる程度であると思っていた。

ところが、客扱いとなると、實小路へも、そして、使用人達へも距離を置く事になってしまう。発言も遠慮がちになってしまうという危惧を抱いてしまう。

戸惑っている文治に、金丸は微笑んで補足する様に言った。

「文治さん、今日だけは歓迎という意味で、主賓となりますので、お客様扱いにさせてください。明日からは、先日の様に主人の頭脳として、主人と同様に我々を使っていただいて結構です。」

文治は、金丸の言葉に少し安堵し、浮かせた腰を下ろした。それでも、文治は、金丸に尋ねた。

「先程、議員会館の方からの連絡ですが、会館の方は金丸さん達が本日の歓迎会を開催することを御存知なのですか。それから、宜しければ、会館の方と親密になられた経緯を、差支えの無い範囲で教えていただけませんか。」

金丸は、文治の質問に快く答える。

「先ず、今日の宴は、会館に勤める多くの方々がご存知です。と、言いますのは、主人が子供の様に、文治さんが来てくださる事を喜んでいまして、数日前から、誰彼と無く自慢して話されております。それから、連絡をくれた会館の職員ですが、私の従弟が会館に勤めておりまして、彼とは懇意にしているものですから、会館には知人も多く居ります。その中の一人が連絡をしてくれたのです。昨日も、会館まで運転手をいたしまして、従弟と昼食を摂りましたが、主人の上機嫌さに閉口すると言っておりました。その際に、連絡してもらうことを頼みました。」

「そうですか、議員のために会館の方が便宜を図ったということですね。分かりました。」

金丸の親族が議員会館に居るから、ということでは、会館の電話を私物化しているとになるので、議員支援という判断で納得した。

程無く、實小路を乗せた車が到着した。實小路は、使用人達の出迎えを押しのけて、

「文治君は、居るか。文治君は、どこだ。」

まるで、長らくぶりに出会う恋人の様に、實小路は、文治の元へ一直線に進んでいった。

応接に入るや、抱き着かんばかりに、文治に駆け寄り、文治の手を取って、

「よく来てくれた。色々、積もる話も有る。そして、半年後には儂とアメリカへ行ってもらう。我が職員も楽しみにしておる。」

と、話したい事が山ほどあって、脈絡の付かない言葉を並べた。

「實小路さん。本日より、お世話になります。宜しくお願いします。」文治は、苦笑し、微笑し、挨拶を述べた。

「まあ、夕食にしよう。食堂で、職員も交えて、今日という日の祝杯を挙げよう。金丸よ、予定通り、準備はできているな。」

「はい。仰せの通り、準備致しました。」

金丸は、實小路が謀った通りの事が整っている事を告げた。

文治は、實小路の言葉に、自分の為に何か謀ったと分かるので、大げさに驚く、心の準備をした。大抵の事では、普段から驚く事は無いので、権座組の者達からは、若いのに感情が動かず、まるで老人の様だと、何度も言われていた。今日は、歓迎の式典の様なものなので、皆の期待に応えて大いに驚いてみせようと思ったのである。

食堂に入ってみると、見知らぬ者達十名程が、食卓から少し離れた所に待機していた。

彼等彼女等は、身形からすると使用人と思しき恰好をしている。白い前掛けをした者、料理人の姿をした者、給仕と思われる者が揃っている。そして、それ等は、實小路が入っていくと、深々とお辞儀をした。

文治は、實小路が、こんなに沢山の使用人を雇ったのかと、目を剥いた。

続いて、応接で話をしていた以前からの使用人達が、こちらは私服で入ってきた。實小路が席に着くと、金丸は文治を實小路の向かいに座らせ、金丸も文治の横に座った。

それが、合図とばかりに、私服の使用人達も次々と席に着いた。それを見て周りの給仕、料理人達が夕食の配膳を始める。

文治は、何が何だか分からないと目を丸くした。實小路も、席に着いた使用人達も、そんな文治を見て含み笑いを隠さない。實小路が、遂に吹き出して大笑いを始めると、私服の使用人達も金丸も声を上げて笑い始めた。文治は、一人、何の事か分からないまま、皆を見回すだけだった。

大笑いをした後、實小路は種明かしを始めた。

「文治君、すまん。予想通りの君の反応だったので、儂も、職員達も可笑しくなってな、つい笑ってしまった。」

實小路は、グラスの水を一口飲んで続けた。

「今、給仕や料理をしてくれている者達は、我が同輩の屋敷に仕える職員だ。我が職員は、君も知っての通り、連携が非常にうまくいっている。そこでだ。同輩連中も、我が職員と同じ様に連携して欲しいと儂の入れ知恵を色々試したらしい。だが、なかなか上手くいかん。同輩の連中は、もっと教えろとか、何か隠しておるに違いないとか言うのでな、ならば職員の何名かを拙宅で働かせてみよ、と言ったら、早速、昨日から送り込んできよった、という訳でな。」

文治は、周りの給仕の婦人達を見回し、給仕服が統一されていない理由を理解した。

「それでな。我が職員達と話をしておったんだが、文治君が、この状況を見たら、どんな風になるかってな。そしたら、金丸も早苗も、鳩が豆鉄砲を喰らった様な風になるだろと予想しよった。他の職員も、そうだと言うので、だったら、試してみようということになった。そしたら、予想的中、という事で、皆、可笑しくなってしまったという訳だ。」

文治は、ここまで徹底した仕組みにまで構築してある實小路の行動力に感服した。聞いて学ぶよりも、実際に体験し学ぶ事で、より早く身に付けられるという事を実践できている。實小路と、その使用人達ならではの事なのであろう。そして、それを他の使用人達に体験させる事を提案できるまでになっているのである。

「實小路さん、職員の皆さん。素晴らしい事をなさっておいでです。こういった事ができる様になる迄には、随分とご苦労が有ったと思います。實小路さんの度量の大きさと職員の皆さんの対応力、そして、柔軟さに大変感心しました。」

文治の言葉に、實小路は胸を張ったが、使用人の中には、苦労を思い出してか、目を潤ませる者が居た。

それも束の間、夕食の給仕が始まった。實小路家の使用人達は、夫々の役割で、他家の使用人達の仕事に目を光らせ、他家の者の一つひとつの行動に対して、何を考え、どの様な行動をしようと判断したのかを聞き、不都合があった場合の対処にまで考えが至っているかを確認をした。不都合の対処方法については、意見を言わせたり、やり直しをさせたり、一つの行動に、複数人での意見交換があったりと、学びの機会となっていた。

そうした事が、同時に数か所で、調理場でもあって、夕食が長時間続く状況となった。他家の使用人達は、最初は教えを請う様な態度だったが、次第に議論するという雰囲気になって、實小路家の使用人も、自分達が気付いていなかった事がしてきされる場面も有り、一味違った賑やかさであった。

實小路は、酒を飲みながら、文治と話を始めた。

「どうだね、文治君。」

「はい、皆さん凄いですね。何についても目的を明確にして話をされています。先程、早苗さんが、私の好みについて、色々分析された内容を細かく説明されていましたが、私自身も気付いていない事も的確に言われましたので、驚くばかりです。私も勉強になります。」

「そうかね。同輩の職員を受け入れる事を決めたのは儂だが、何をするのかは、我が職員達に任せたのだよ。ここ一週間は、毎晩遅くまで、何やら策略を練っておった。そして、引き受けるに当たって、幾つか要求をしてきよってな。その一つが、昨夜から三日間は、こういった事が起きるから、覚悟しておけ、というものじゃ。多少、不便になるかも知れんぞ、という事。まあ、今日は、文治君が来るという事で、余計に、張り切っておる様じゃが。」

「そうでしたか。實小路さんには、ご報告する事も沢山ありますが、他家の方々が研修されるのが、明日迄ということで、大変興味があることですので、研修の内容を見させていただくことを優先させていただきたいのですが、如何でしょう。」

暫く思案して、實小路は金丸に文治の対応を指示した。

「文治さん、こちらこそ願ってもない事です。文治さんのご意見が頂けるのであれば、他家の方々にも伝わるものが違うと思います。」金丸は二つ返事で承諾した。

「文治君。君も苦労性だなあ。」實小路は、文治が首を突っ込む事を嫌っている訳でも無いのだが、余りにも親身になる事に呆れた。

「ところで、これからの事なのですが。」と、文治は實小路に切り出し、夏の洋行までにすべき事の情報提供を求めた。

指導者付きの給仕を受け、文治は實小路と、この先の予定を確認しながら、喧騒の中で夕食が過ぎていった。


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