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企業廻り2

汽車は名古屋に着き、吉永と文治は、鞄を手に降り立った。

「さて、文治君。どこから廻るかね。」

懐かしの名古屋駅を見回している文治に、吉永は訊いた。

「はい。先ず、権座親分の所に行こうと思っています。」

「ああ。君が随分と世話になった、人足紹介の所だな。」

「はい。1年程、顔を出していませんので、挨拶をしておこうと思います。

1年少々で、駅の周りに、色々なものができて、迷子になりそうです。」


駅前には、乗合いの車が停まっていて、その車に、文治は声を掛けた。

「権座組へ行ってもらえますか。」

運転手は、滅多に言われない行き先に、驚いた様に客を振り返った。そして、客を値踏みしようと覗き込んだ。

運転手は、更に驚いた顔をした。


「文治さんじゃないかな。・・・そうだ、文治さんだ。」

運転手は、慌てて車を降り、後ろに回って、扉を開けた。

「文治さん。御無沙汰です。松風では、世話になってました、鉄です。」

運転手は、大きな声で、そう言って、深々と頭を下げた。


客待ちをしていた乗合いの何台かから、数人の運転手が集まってきて、次々と文治の前に整列し、頭を下げた。

文治には、全員に見覚えが有ったが、全員の名前までは思い出せなかった。皆、権座組で紹介を受け、松風で働いていた者達である。

「皆さん、車の運転を覚えられたのですね。随分と立派な格好をされていたので、分りませんでした。」

運転手達は互いに見合って、笑みを浮かべた。

「皆さんの元気な顔を見る事ができて良かったです。積もる話も有るでしょうが、先を急ぎますので、申し訳ありませんが、権座組へお願いできますか。」


運転手達は、全員頷いて、先頭車の運転手が、改めて、文治と吉永を後席に案内した。

「文治さん。今日は親分に、どんな御用ですか。」

運転手は、車を走らせながら文治に話し掛けた。


「鉄さん。今日は近く迄来ましたので、権座さんへの挨拶だけです。特に用事はありません。」

「そうですか。その後、どちらへ行かれる予定ですか。いやあ、今日一日、文治さんの運転手を務められたらと思いましてね。」

「えっと、権座さんの所で、挨拶を済ませたら、東本願寺へ行く予定です。今年は、住職さんの交代が有った筈ですので、少し、御話しをしたいと思います。」


「文治君。その予定は聞いてないぞ。」

横に座る吉永が口を挟んだ。

「吉永さん。三河の西加茂へ行くことになっています。西加茂の村々では、村長を訪ねるよりも、寺を訪ねて紹介してもらった方が、話の通りが良い事が多いのです。

その為には、東本願寺は、この地域の顔となっていますので、紹介状を頂きたいと思っているのです。」


「ふうん、そうか。だが、西加茂は、大谷派とは限らんのではないか。」

「岡崎に近い地域ですから、先ず間違いないと思います。違っていても、それなりの効果は期待できます。」

「分かった。では、そうしよう。」


程無く、車は大きな店の前に到着した。

「文治さん。着きましたぜ。」

「えっ。鉄さん。ここは、違うのではないですか。」

「いや、ここです。・・・そうか、未だ、引っ越したばかりだから、文治さんは知らないんだ。

先週、引っ越しをしたんですよ。」


「へえ、そうなんですか。

では、取敢えず、ここで、お支払いをします。」

「あっ、今日一日なんで、最後で、ええですよ。」

「そうですか。じゃ、着替えの鞄を降ろしましょう。」

「何言っているんですか。今日一日なんで、載せたままで良いですぜ。」

「そうですかあ。でも、待ち時間に客が取れるのでは、ないのですか。権座さんに、お昼を頂くつもりですので。」


「文治君。未だ、会ってもいないのに、昼飯をおごってもらえるとは、限らないのではないのかね。

ここに引っ越して1週間なのだから、引っ越し前とは違っている可能性が高いだろう。」

「旦那。親分なら、必ず、文治さんと昼飯を一緒にされますぜ。」

運転手の鉄が、代わりに答えた。

「旦那だけなら、店先で、茶を出して、話だけで終わるでしょうが、文治さんは親分にとって、自分の息子だ。その息子が帰ってきたのだから、一晩でも、語り合いてえと思う程だ。

でも、この後、お寺さんへ行くって言うなら、昼飯だけでも一緒にと言う。

文治さんは、それに応えてあげようとしていらっしゃるんだ。出来た息子やねえ。」

鉄の言葉に、吉永は文治を見た。

文治は、笑みを浮かべ、頷いた。


店先は広く空いていて、車が何台も停められる様になっている。他の店では見られない、車を使う事を前提とした設定である。

そこに、2台の車が停まっていて、1台が文治達が乗ってきた車である。

店の前は、1町もの広い道が整備されているので、他の店は、その道に荷車を停めている。だが、権座組は、その広い道を遣わず、奥まった建物なのである。


吉永は、1町もの道の広さと、権座組が更に車を利用することを前提とした建物である事に驚いていた。

文治は、吉永を促すと、初めての店にもかかわらず、勝手知ったるかの様に、店に入っていった。

店の入り口は、大勢の人足が出入りできる様に間口が広い。


「お早うございます。権座さんは、いらっしゃいますか。」

文治は、敷居を跨ぎながら大きな声を出した。

その声に、店に居た全員が文治を見た。


「あっ、文治さん。」

最初に気付いて声を上げたのは、辰吉だった。

辰吉の声に、他の者も驚きの声を上げ、客の相手で手が離せない者以外は、店の者や一部の人足は、文治の周りに集まってきた。

辰吉は、一人、奥へ駈け込んで、権座を呼びにいった。


「どうしたんですか。久し振りです。」

「やっとか目。」

「どうしやあた、髭生やしゃあて。」

集まった10人程が、口々に喋った。

「ご無沙汰しています。尾張と三河の会社を訪問する予定です。今日は、東本願寺に行くのですが、その前に権座さんの御機嫌伺に来ました。」


奥から、背広を着た権座が現れた。

「おう、文さん。やっとか目。」

「あっ、権座さん。御無沙汰しています。」

文治は、深々と頭を下げた。

「何だ、水臭せえ。まあ、奥へ来てくれ。・・・あれっ、お連れかい。」

権座は、文治を取り囲む店の者や人足達に弾き出されて、立ちすくんでいる吉永を見つけて言った。


「はい。覚えていらっしゃるかも知れませんが、東京にお住いの吉永さんです。」

文治は、吉永を権座に紹介した。

「あっ、あの粟餅を送ってくれた人か。あんたが吉永さんか。文さんが、初めて来た時に、あんたの送ってくれた粟餅を土産に持ってきたんで、強烈に印象に残っているぜ。」

「えっ、ああ。粟餅を送ったりしてませんよ。文治君が来た時に、持って帰ってもらったものですね。

でも、そんなに沢山ではなかった様な気がするのですが。」

権座と吉永は、文治を見た。

文治は、店の者達と話をしていて、二人の会話は伝わっていない様である。


「おい、文さん。店先で話をされてたんじゃあ、商売の邪魔だ。奥で話をしよう。

お前等、仕事に戻れよ。」

権座は、吉永と文治を奥へ行く様に促し、配下の者達に指示をした。


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