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企業廻り1

「文治君。君は名古屋が長かったのだよね。」

吉永は、汽車の車窓から外を眺めたまま、文治に問い掛けた。

「ええ。でも、2年程です。」

「そうか。その前は、どこに居たのかね。」

「暫くは、美濃に居ました。半年程ですが。その前は、故郷です。美濃に住む迄は、一度も村を離れていません。」

「そうなのか。それなのに、何て博学なんだ。何か秘訣が有るのかね。」

「いいえ。何も有りません。ただ、實小路さんは、私が欲深いと言われています。」


吉永は、文治に向き直って、訊いた。

「欲深い、とは、どう言うことかね。」

「はい。知識欲が深いとか。何もかも納得がいく迄、尋ねて知ろうとするのだとか。」

「はは。言い得て妙だな。君を知る者ならば、誰もが同意するだろう。」

「まあ、否定はしません。ただ、貧しい者でも、学ぶ意欲が有る人々に、その機会を提供できる国々にするために、何か使える事が見つけられるのではないかと、その為の知識欲です。

名古屋では、その為の種蒔きをしてきました。この一年少々で、どこ迄、芽吹いているのかを確かめてみたいですね。」


「ああ、あの真宗大谷派の者達へ出した宿題のことか。聞いているぞ、早苗さんからな。」

「そうですか。それも、蒔いた種の一つですね。東京でも同じ事ができれば良かったのですが、寺子屋が多過ぎて、難しかったですね。」

「東京には、寺子屋が多い。それが寺への働き掛けに、どんな影響が有るのかね。」

「名古屋でも、寺子屋は有りましたが、貧しい子供達は通う事ができません。

寺子屋を運営されていない寺の方々の協力で、その子達に、書を作らせる様にしていました。その結果として、東本願寺の方々の結束に結び付いたのです。

ですが、東京では、もう既に、大きな寺の大半に、寺子屋が設けられていまして、寺の結束をお願いする事が難しくなっていました。」

「そうかあ、寺子屋を先に作らせるのは、失敗だったのか。それに、文治君の要求が、各宗派の本山に届いていたのが寺子屋を作らせる事が急がせたのかも知れない。同じ事が、東京で展開されては敵わないとした人達が先手を打ったのだろうな。」


「そうですか、吉永さんの仕掛けでしたか。でも、貧しい家庭の子達は、あまり見かけませんでしたね。」

「そりゃあ、そうだろう。名古屋では、先ず貧しい家の子に学ばせる事から始めたが、東京では、先ず、寺子屋を作る事から始めている。

貧しい家の子等は、家の手伝いに忙しいから、家の者が許さんのだろう。

まあ、寺の住職が、これから説教の中で、分らせていくから、少しずつは、貧しい子等も学ぶ様になるだろう。」

「そうなのですか。實小路さんは、日本国中の子供に学ばせる法を作ると言われましたので、それ迄の間、貧しい家の子等が、学ぶ機会を得られないのは、残念です。」

「文治君。その法が施行されたとしても、強制力が無ければ、貧しい家の者は、行かせないだろう。

それと、学ぶ者には、授ける者が必要だ。だが、全国の子供すべてに対して、授けてやる者として寺の住職に行わせる訳には参らん。

そうすると、授ける事を生業にする者が必要となる。生業とするのだから、給金が要る。その給金は、誰が出すのか。血税とするのか、学ぶ者が出すか、或いは、両者で分担するのかという事を考えねばならん。

更には、将来を担う子供達に教える事項は、読み書きだけでは足りぬだろう。そういった事も考えておかねばならん。

そして、何より、教える者が、そういった事を全て理解した上で、子供達に対峙しなくてはならん。その教える者達が、教えるに足りる技能を具備している事を評価する方法や、学んだ子供達が、どれ程、内容を身に付けたのかも評価せねばならん。

寺子屋とは、随分と違う事を考えなくてはならんのだよ。」


「吉永さん。随分と詳しいのですね。」

そう言われた吉永は、一旦、文治から、目を逸らし、それから、再び文治を見て、笑みを浮かべながら言った。

「文治君と話をすると、本音が出てしまうな。実は、實小路のオヤジに進言したのは、私なのだよ。

文治君が、何かにつけて、オヤジに言ってくれているから、全国の子供に学ぶ機会を与える様にしたいと言ってくれていた。だがら、オヤジは、私の案を採用してくれたのだよ。

ただな、自分の子を寺子屋に通わせている親が反対するのだよ。自分の使用人の子と我が子が同じ事を学ぶ事が許せないとか言って。

その親というのが、貴族院の者や、上院の者なのだよ。特に、その奥方が五月蝿いらしい。女親というのは、自分の子が他の子よりも優れていて欲しいという思いが、強烈らしいからな。」


「それで、どうするのですか。」

「我が儘な者を黙らせる最も有効な方法が有る。陛下に語って頂く。それで良いのだそうだ。

陛下は、民の為となると、かなり、しっかりと語られるそうだ。

配下の者達が、自分の利益を得る為の論戦をしていても、国を富ませる事を優先すると一喝されたそうだ。国民の為の道を説かれてな。

その正論さ故に、誰も反論できなかったという逸話がある。

文治君と似ているかも知れんな。」

「へえ、凄いですね。君主としての役割を認識して、それを実践されるのですから。」

「文治君が陛下に御目に掛かる機会が有れば、話が合うと思うよ。君は、物怖じしないで、話せるだろうからね。」


いつの間にか、文治は、鞄から紙とペンを取り出し、揺れる列車の中で、書き物を始めている。

「文治君。何を書いているのかね。」

「はい。先程の天皇陛下の逸話と、陛下が国民の事を最優先に考えておられる事を書き留めています。

陛下に、直接御目に掛かる事が無くても、實小路さんから、間接的にでも、陛下に進言できるのであれば、何かの機会に、同様の事が有るかも知れません。

その時に、進言して頂く内容も書き留めておこうと思います。」

「は、国民全員に学ぶ機会を与える法は、既に進言済みだぞ。」


文治は、吉永の言葉に笑みを浮かべて応えた。

「ええ、その事は、大変有難い事です。

今回、私は船旅で、香港、台湾、フィリピンを回りました。そこは、英仏が支配する世界で、一握りの者が、国民という弱者を家畜以下に扱っているのを見ました。

国民の為に行うべき事は、自国のみでは無い。他国にも、手を差し伸べるべき国民が居る事を進言したいと考えています。」

「陛下は、日本国の君主なのだから、日本国民への御配慮はされる。だが、そうした亜細亜の人々に迄、陛下が砕身して頂けるかは、分らないな。」


「そうでしょうか。そうかも知れませんが、例え、そうであっても、私は、虐げられている方々にも、学ぶ機会を与えられるべきだと考えています。

それに邪魔となる英仏であれば、排除する事から、彼等に学んでもらわなくてはならないのかも知れません。」

文治は、いつもの調子で語ったので、吉永は聞き逃すところだった。

「文治君。今、恐ろしい事を言ったな。彼等に戦争をさせるつもりなのか。」


「いえ、その様な事は、考えていません。武力というものを使えば、戦闘当事者よりも、その周りの人々が何十倍にも被害を受けます。

そして、その被害から立ち直る為に、恐らく何十年も、苦労しなくてはならないでしょう。」

「ほう。まるで、戦闘被害を見た様な・・・」

そこ迄言って、吉永は、横浜を思い出した。

「文治君。あれから、横浜へ行ったかい。」

「はい。帰国して3日後に。

半年以上経っていますが、裏手には、未だ戦闘の傷跡が残っています。焼けた店は、片付いて、更地になっていました。半年経っても、客足が戻らず、鶴見や横須賀に移った女郎達が少なくないという事です。

お世話になった女将さんは、お元気でしたが、2,3軒が頑張っても、賑わいは、簡単には戻ってこないと、嘆かれています。

あの時の女郎さん達が年季明けが早く、妾さんになった人や、女将さんになった方が多かったのは、吉報でした。」


「雨降って、地固まるという事かな。」

「いえ。未だ横浜は復旧もしていません。その先の、かつての賑わいを取り戻すには、かなりの努力が求められることでしょう。でも、そんな中で、廓だけでなく、軍用港の横須賀と違った商用の港を活かして、上手く商売をしようとする人が居たり、海の幸や山の幸を宣伝材料にしようとする人達が居ますので、昔とは違った賑わい方をする事になるかも知れません。」

「そうだな。人は、いつまでも暗い過去を考えている訳では無い。昨年の大捕物も、次第に忘れ去られていく。30年もすれば、あの事件を知る者は、殆ど居なくなるだろう。」

「そうでしょうね。でも、二度と、あんな争い事が起きない様にしたいものです。

人の命を踏み台にする者達は、自らが踏まれてみるべきです。

英仏は、自国を蹂躙されてみるべきなのです。」


「おい、文治君。凄い事を言うなあ、今日は。」

「あっ、済みません。横浜を思い出すと、興奮してしまいます。

私利私欲で、命を軽んじる者は、応分の見返りを受けるべきと口走ってしまいます。

実際には、二重三重の仕掛けが有って、根本には辿り着けない事は分かっている筈なのですが。」


「文治君。それでも、亜細亜の人々に手を差し伸べるつもりなのかい。」

「彼等の生活は、彼等のものです。少なくとも、彼等が、自らの状態が奴隷扱いされていると認識できる程は、学べる様になって欲しいと考えています。」

「そうか。まあ、私には、文治君の思いを成し遂げさせる様な力が無いので、何の意見もできんが、少なくとも邪魔はしない様にしよう。」


吉永は、目を閉じて列車の揺れに身を任せた。

文治は、自分で用意した手帳を取り出し、頁をめくり、そして、何かを書き込むという作業を続けた。


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