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帰京5

「先ず、諸君に報告しておく。露国の諜報員が監視しておる。

恐らく、早晩、英国、米国も続く事になるだろう。」

實小路は、洋行に同行した者達を含め、集まった面々を前に、開口一番の報告をした。


「早速か。昨夜、吉次が訪ねてきたのは、その報告だったか。儂は、既に休んでおったので、話せなかったし、伝言では、今日の報告で話される内容の事前報告だということだった。」

白井は、吉次が昨夜来た事を独り言した。

「露国と言えば」と、白井は、多羅尾の顔を見た。


「うん。露国の下流貴族達に、王政への不満感を増やす策略を行っておる。間も無く、革命を叫ぶ者達が蜂起するだろう。露国の統制は乱れてくる筈だ。」

白井が多羅尾に水を向けたので、多羅尾は、簡単に状況を話した。

「ほう。それは、どの様な事かね。後学の為に話してくれるかね。」

白井は、興味津々といった顔で訊いた。


「まあ、大した事は、しておらんよ。リストアニアの大使館に知り合いが居てな、その者が、以前に露国について話をしてくれた。

隣国の独国の活動内容として、露国の下流貴族に王や上流貴族の圧政を批判させる活動をする様に仕向けているという事だ。

露国がバルカン半島に向けての侵攻を仕掛けてくる事を嫌って、何か有れば、露国内に混乱を起こさせようとしておる。バルカンに向けての侵攻では、多くの金が掛かるので、搾取が増えている事を不満に思う者が少なくないのでな。

今回は、独国の露国に潜入している諜報員に、革命を起こさせる活動を開始させただけだよ。」

多羅尾は、簡単に話した。

「独国の諜報員に指示することなど、できるのかね。貴君は、独国を動かしたのか。」

白井は、驚いて声を大きくした。


多羅尾は、笑みを浮かべながら答えた。

「潜入している諜報員は、仕掛ける時を待っている。独国の諜報局は、指示をする判断に迷っている・

そこへ、一つの情報を入れた、リトアニアからな。

露国がバルカン侵攻の気配が感じられるとな。」

「何、日本の公館の情報など、独国が信用する訳があるまい。」

「はは。飯を喰ったのだよ。公館の職員と独国の職員でな。そして、昔話をした、露国がバルカンへ侵攻した時の話だ。

そして、一言。今は、あの時と雰囲気が似ていると思わないか。と、言わせた。」

「それで。」

「それだけだ。」

「それでは、何も変わらぬぞ。」

「それで十分だ。リトアニアの独国職員は、日本の情報も手に入れようとしておる。

少し、撒き餌をして、情報をくれてやって、本国への報告をさせる様に仕向ける。ついでに、日本の職員が露国のバルカン再侵攻の気配有りと言っていると本国へ報告させる。

諜報局は、諜報員へ指示をする機会を待っているのだから、連中には、露国が進行計画をしていると聞こえる。

後は、雪崩の如く、事は進むという訳だ。」

「そんなに上手く事が運ぶのか。」

「まあ、結果が表に出てくるのは、今日明日ではないので、暫く待ってみないと分からぬ。

ただ、露国本国で紛争が起きれば、我々を監視している者達は、職を失う事になるだろう。」

多羅尾は、笑みを浮かべたまま、そう言った。


「多羅尾。お前、何か掴んでいるのか。」

佐々が、割り込んで訊いた。

「まあな。独国の公館職員も、真面目に仕事をしておるという事だ。」

「ふむ。同じ事が、我が国でも画策されているかも知れぬ。その辺りは、我々も十分に、心しておかなくてはならんな。」

實小路は、白井の顔を見て言った。


「さて、次の話題といこう。」

實小路は、一つ咳払いをしてから、そう言った。

「これが、今回、洋行する者達である。

おお、そう言えば、多羅尾達には詳しく話していなかったな。」

實小路は、今回の訪米で見聞した内容を掻い摘んで話し、企業に技術者を派遣する様に頼んだ事を説明した。


「そうか。確かに、車にしろ、汽車にしろ、欧米から買っておる。航空機もそうだな。

それが、国内で生産できれば、外貨を稼ぐ事に必死にならずとも済む。

不均衡な貿易で、相手の言いなりというのは、癪に障るからな。

だが、米国企業が、日本人に無償で技術を提供してくれるのかね。相手にとっても旨味が無くては、技術提供はしてはくれんだろう。

いくら、貧しい者に恵んでやる文化が有ったとしても、上辺だけのことになってしまうのでは、ないのかね。」

多羅尾は、当然の事として、指摘した。


「まあ、貴君が言うのは、当然の事だな。

それだから、各技術に造詣の深い者を送り込んで、相手先企業の戦力になって貰える者を選んでもらった。3年程、戦力として働いてもらえば、企業の中の技術は、その者の身になる。

後は、特許料を値切って、我が国で生産できる体制を作る。特許の、その上を行くものが、生産できれば、逆に特許を手にする事も難しくは無いだろう。」

佐々は、米国で何度となく議論してきた結論を言った。


「特許については、我が国でも、その制度を正しく運用する機関を独立させる必要があるな。

今迄は、店の中で行われていた技術が、門外不出として明かされなかったものが、他で真似されて、商売が立ち行かなくる事が起きている。

まあ、その様な事は、少し工夫すれば思い付く様な事であったりするのだが、最初に思い付いて、実現させた者には、それなりの報果が有って良いという事だから、今後、特許申請は増えてくるだろう。

今の様な行政が片手間で処理するという事は、難しくなってくる。そして、国外との整合を取らなくてはならんしな。」

實小路は、米国の特許庁の職員が忙しく書類をかき回していた姿を思い出していた。

「實小路。我が国でも、来年の春から、特許庁を興すか。欧米の特許情報を集めておく部屋も手狭になってきておる。」

藤神も、また、特許の認可に必要な膨大な作業を目の当たりにしていたので、實小路に同意した。


「徳川の時代に、無駄にしてしまった時間を取り戻す為には、かなりの努力が必要だな。海外からの様々な技術を、もっと早く取り入れていれば、もっと早く他国に対応できる力を持てていた筈だ。」

白井は、米国で見た技術力の数々を思い出しながら言った。


「私は、米国で学んできた者達が、企業に戻った後の事を考えている。」

五陵は、白井の過去を惜しむ発言などは無視して、話し始めた。

「いくつかの企業は、それなりの規模なのだが、半数以上は、資本力が足りぬ。折角、学んできた者が、力を発揮しようとしても、資本力が無ければ、投資する事ができん。

我々個人が支援する事も不可能では無いが、日本国の為に、血税を充てる事を考えるべきかも知れんな。」


「かつての発電事業の様な事を考えておるのかね。」

姉尾が五陵の懸念を理解して、尋ねた。

それに対して、實小路が意見を述べる。

「あれは、少し違うな。電機は、これからの国の根幹なのだから、乱立する事業主を統制したに過ぎぬ。

だが、この事案は、国の根幹に育て上げる為の道程を考えておく事が求められる。行政府の積極的な事業育成計画が必要なのだよ。」


「實小路。難しい注文だな。我が国の官僚には事業計画をまともに立てられる者は居らぬ。

官僚に事業計画など立てさせたら、無駄金をドブに捨てる様なものなのだ。」

神崎は、何か思い当たる事でも有るのか、吐き捨てる様に言った。

「神崎。その為に文治君が居るのではないか。」

「ん。文治君が事業計画を立てるのか。」

「何を馬鹿な事を言っておる。文治君が事業計画を立てる者達と話をして、その者達に、先々迄見込んだ事業計画を立てさせるのだよ。

その中で、行政ができる事を、我々が、定めていくのだ。」

實小路の言葉に、その場の全員が納得した。唯一人、文治を除いて。


記録を残す事に徹していた文治は、手を止め顔を上げた。

「皆さん。私が事業計画を立てられる方々と、御話しする事は構いません。しかし、その方々と、御話しをさせて頂く算段をして頂く事が必要となりますので、ご足労ください。

それと、本日、米国に出発される方々に、目指す学習効果が得られたと判断する指標を示していません。技術研修をされる方々の自己判断という訳には参りませんので、帰国して事業計画に沿った展開ができる水準になったことは、事業計画を立てられる方々が行って頂く事も、併せて、御通達ください。」

珍しく、文治が要求を口にしたので、その場の全員は、かなり困難な対応を要求したのだと理解した。


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