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帰航

全員が揃ったので、高村は改めて帰国手順について説明をした。

「サンフランシスコまで、航空機で移動し、そこから船で、ハワイ経由で横須賀へ移動となります。今回は、軍船で、移動して頂きます。宜しいですか、くれぐれも、商船などと我が儘を言わないでください。」

「ああ、分った。だが、この時期は、台風が来るやも知れん。ハワイよりも、北回りで、アラスカ方面の方が良いかも知れんな。」

五陵は、電信作業をしているベンの背中を見ながら言った。


「いいえ、ハワイ経由です。途中、天候によっては、父島や八丈島で避難することにしますが、ハワイ経由を変更することはありません。」

高村は、今日に限って、強く主張している。

「分かった、分った。我々も、高村には無理をさせておる。今回は、高村の言う通りにしよう。」

實小路は、五陵の肩を叩いて結論を出した。

高村は、實小路の言葉に安心した様子だった。


「實小路殿。第一高等学校の教授の紹介で、何名かの派遣が決まった様です。ただ、着の身着のままという訳には参りませんので、来週出港という事で進んでいます。

それから、住友から、派遣前の調査として、4名を出すという情報です。短期での滞在ということで、既に、米国大使館から入国許可証が発行された旨の情報も有り、本日、出航するとの報告がありました。」

高村は、手元の紙を読み上げる様に話した。

「そうか。サンフランシスコの公館と連携して、来訪の便宜を図ってやってくれ。

高村、それから、他の職員諸君も、多忙の中、ご苦労だが、宜しく頼むぞ。」

實小路の言葉に、聞き耳を立てていた職員達は、軽く頷いた。


帰りの船は、順調に航海が進んだ。波が高い時もあったが、ハワイに寄港して以降は、台風の中に突入する事も無く、3週間の船旅となった。

船の中では、相変わらず、文治が色々な事に手を出そうとした。しかし、軍事機密が有るからと、大半は制限されていた。


乗務員60名は、変な所に拘る文治の性格に、気さくに話をする様になっていた。

貴族院の者達も、文治と同じ様に接していたので、本来ならば、客扱いの筈が、殆ど、遠慮無しの会話ができる程となった。


順調な航海だったので、日本人が話す、南回りで体験した航海での出来事が、船員達にとっては、興味深い話となっていた。

文治が微笑みながら、大変だった事を、普通に喋るのだが、それを聞いていた神崎が、身振り手振りで、大袈裟に言い直すという掛け合い漫才の様な話が多かった。

その掛け合いが、乗務員達に、大いに受けることになっていた。


「神崎。文治の話では、大鯨の被害者達を救助した事で、数日の遅れが出たという事を言うが、貴君は、どうだった。」

「大鯨の被害者を救助する時が、また、大変だったのだぞ。

真っ暗な海で、哨戒灯に映し出された海に浮かぶ色々な物。儂は、最初は、船室に居たのだが、周りが騒がしくなったので、出てみたら、かなり広い範囲に浮遊物が見て取れる。

監視人達が、人が浮いているのを見つけて、船長が救助の小舟を出す事を指示した。」

神崎が、そこまで話した時に、文治が合いの手を入れた。

「そうですね。小舟を出したことが無かったということで、小舟を降ろして、とも綱を解いてしまってから、誰も乗っていない事に気付いて、大慌てしてましたね。」

「おお、そうだな。波が無かったから、遠くまで流される前に乗り込めた。一旦、海に入って、泳いで乗り込んだが、後で、人喰い鮫がいる海域だと聞かされて、船員は青くなっていたな。」

ここで、船員達は、その間抜けさに、大いに笑った。

だが、今回だけは、いつもの通りに笑い続けるという事は無かった、


「でも、救命用の小舟を使う訓練というのは、しないものなのですかね。折角、どこの船にも装備してあるのですから、万が一の時に、使える様になっているのが当たり前と思っていたのですが。」

文治は、ポツリと感想を口にした。

船員達は、文治の独り言の様な発言に、答える者が居なかった。それどころか、大笑いしていた者達が、少しずつ食堂から出ていて、その後の神崎が語る内容は、聞く者が居なくなっていった。


その翌日、船は、急遽、ミッドウエー島にも停泊する計画変更となった。

「何故なのだ。特に天候が怪しい訳でも無いのに。」

實小路は、司令官のジョーンズに問い質した。

「・・・。文治さんの指摘を受けて、急遽、訓練をする事にしたんだ。」

「文治君の指摘とは何かね。儂は、何も聞いておらんぞ。」


「・・・。救命艇を降ろす訓練だよ。実は、救命艇を降ろす訓練をしたのは2年前で、それ以降、行った事が無い。船員の半数は、その訓練以降に乗船した者達なので、訓練を受けておらん。

2年前の訓練も、代表者が実施したものを見ておっただけだ。その代表者は、既に、他の隊に移動しておって、実際に訓練を経験した者が居ないのと同じなのだ。

昨日、貴君等が大鯨被害者達を救助した経験を聞いていた時に、救命艇を降ろす時に、訓練を受けていないので、とんでもない事が起きたとの話が出て、文治さんが、万が一の時に備えて、訓練をしているのが当たり前と指摘した。

我々の船員達が話し合った結果、訓練を受けている者が居ない事が判ったものだから、明日の万が一に備えるために、今日、ミッドウエーで訓練をさせて欲しいのだよ。」

司令官のジョーンズは、實小路の顔をまともに見る事が出来ないといった態度で、答えた。


實小路は、文治の一言が、彼等に自戒をさせた事を理解した。

「ジョーンズ。お主も、凄い判断力を持っておるな。

普通ならば、横須賀へ到着してからの訓練をするという判断をすると思うが、万が一の事態が、明日、起きるかも知れぬと、今日の訓練にするとは、大したものだ。

名司令官だな。」

「有難う、實小路。今日の一日は、航行速度で十分に取り戻す事ができる。大鯨が邪魔しなければだがな。」

ジョーンズは、冗談交じりに礼を言った、


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