ワシントン41
朝食席に、8人と明菜、高村が加わった10人で、打ち合わせが行われた。
文治が書き留めた約束や紹介は、昨晩だけで20件あり、帰国予定迄に訪問する計画は、訪問日時交渉窓口としての明菜を悩ませた。
「高村。本国に連絡をして、米国の技術を学ばせる人選をさせてくれ。
それから、訪問先への土産として、行政への働き掛けをした結果が欲しい。米国政府への交渉はリサを経て面会時間を確保してもらえば良いが、州政府との交渉をするためには、面会調整が必要だ。それも頼むぞ。」
實小路は、無理を承知で、高村に押し付けた。
7時から始まった打ち合わせは、オウルの迎えが来た10時迄の3時間行われたが、それでも足りない程となっていた。
迎えには、オウルが自ら来た。車3台での迎えである。
「オウル。申し訳ないが、藤神、姉尾、五陵は同行できん。他に予定が有ってな。」
今日、これからの時間さえも、予定を変え、残された期間に可能な限りの対応をするために3人が予定を入れたので、實小路はオウルに断りを入れた。
「そうか。それは残念。では、出発することにしようか。」
オウルは、文治さえ同行すれば文句は無い様で、余り残念そうな様子には見えなかった。
日本人5人を乗せた車は、ニューヨークに向かい、残った藤神達3人と明菜、高村は、行政府との調整の為、公館へと向かった。
そこから、日曜日迄は、全員が揃う事は無く、予定された訪問や面談が行われた。
日曜日は、朝から公館の会議室で、全員が持ち寄った報告書や資料が集められた。
毎日、高村に指示される日本への技術者派遣指示に対する日本からの回答状況が、先ず、報告された。
「三井、三菱、住友に声を掛けていますが、反応が遅いのが現状です。」
「図体が、でかいと鈍いな。そんな所よりも、高等学校の教授に紹介してもらった方が早いかも知れん。
高村、そちらに紹介してもらう様に指示をしてくれ。志を持つ者の方が、決断が早い筈だ。」
「州政府は、ニューヨーク州、ミシガン州、バージニア州の3つの州と連絡が取れました。」
「バージニア州か。白人の富裕層が、黒人を未だ奴隷として扱っている所だな。
だが、教育無料化に取り組んでいる事についてが、参考になるかも知れん。」
高村の報告に、藤神は、敢えて情報を口にした。
文治に対して、同行するかを自分で決めさせるためである。
「私は、どちらでも構いません。藤神さんが心配されている事については、理解しているつもりです。」
分jは、藤神が自分の方を向いて話したので、直ぐに藤神の意図を理解した。
「そうか。黒人達から巻き上げた金を使っての教育の無料化対応だから、気分が悪くなるだけだ。文治君には、ミシガン州へ行ってもらうことにしよう。」
「藤神。それならば、何故、バージニア州への訪問を打診したのだい。」
五陵は、得るものが無さそうな言い方をした藤神に尋ねた。
「まあ、反面教師という事だな。英国の優位意識が根強く残って州行政は、殆ど、上手く回っていない。もしかしたら、自分達にも、その様になってしまう意識が有るのではないかと、聞くだけだ。同感できる事が有ったら、危険な事だと気付けるかも知れんと思ってな。」
「ほう。だが、バージニアは初期の植民地の一つだ。独立に当たっても、大きな役割を果たしたと聞くぞ。
藤神。お主は、その事についても興味が有るのではないのか。」
藤神の回答に、白井が探りを入れた。
「はは。まあ、それも有る。
独立に対する資料ならば、ワシントンにも有るので、それを見たのだが、当事者の対応状況だとか、戦略などが明確ではない。なので、現地で確認をしてみたいとは思う。
だが、既に当時の戦略を立てた者は居ないだろう。それでも、資料が残っていれば、紐解いてみたいものだ。」
「そうか。それならば、儂も行く。」
白井は、戦略と聞いて、興味を持った。
「その後、過去の栄光に、しがみ付いた者が、時代の変貌に合わせられずに、失敗を繰り返す事になっているのだな。」
五陵は、慢心や時流が読めない事で、政策が直ぐに破綻すると結論付けた。
「まあ、それでも、地方行政が失敗しても、中央が失敗しなければ、住民は他の地方へ移るだけで済む。搾取対象の住民が居なくなれば、搾取する者も減って、財政が困窮するので、行政者を再選しなくなる。そして、行政が変わる。それだけの事だ。」
「そんな結果になるまで、気付かないものなのか。」
続けた五陵の発言に、神崎が疑問を口にする。
「まあ、間違い無いだろう。茹で蛙と同じだな。鍋底で火が点いている事に気付かず、ぬるま湯に漬かっていると、少しずつ熱くなって、自らが気付く前に茹で上がってしまう。
気付く頃には、組織が硬直して、一切動けないという話だ。」
實小路は、五陵の発言を引き継いで話をした。
「實小路。お主の言う、組織とは、細胞組織の事かね。それとも、行政の組織の事かね。」
姉尾が尋ねた。
「両方だよ。凝固してしまった、或いは、硬直化してしまった組織は、切り捨てるしか、本体が生き延びる方法が無い。
腐敗が進むと、本体をも侵すからな。」
「實小路。その事を我々が指摘してやろうと言うのか。」
姉尾は、文治を一瞥してから、尋ねた。その様な事をしようとすれば、文治を連れていった方が良いのではないかとの意図である。
「まさか。我々は、白人ではない。奴等は、我々に対して、教えてやるという態度で接する。その様な者には、何を言っても受け取る事は無い。
そうなると、奴等が話す事を細かく記録し、その者達の考え方を解析し、正しく判断出来ていた事と、誤った選択に至った原因や要因を認識することで、他山の石とする事を目的とするのだ。」
實小路は、文治が居なくても十分に引き出せる情報である事を説明した。
「そうだな。奴等は自分達が原因で政策が失敗したとは考えておらんから、そうした話は引き出し易いな。
儂は、そのついでに独立戦争時の細かな資料を見せてもらうつもりである。
實小路。その辺りの自由行動時間は、取れるよな。」
白井は、繰り返して自分の目的を主張した。
「ああ、構わん。そのための交渉は、ロックフェラーに口を利いてもらえば簡単だ。
米国での最初の油田は、バージニア州で本格稼働したのだから、石油王として、話が通じるだろう。」
「實小路。ロックフェラーに、そんなに借りを作って良いのか。見返りを求められるのではないか。」
神崎は、心配そうに言った。
「ああ、大丈夫だ。借りと認識されない様な根回しをしてもらう。なあ、明菜君。」
「えっ、お義父さん、それって、恵美子を出汁に使うという事なの。
でも、そんな簡単な事じゃないわよ。」
明菜は、心外であるといった顔をして、實小路を見た。
實小路は、首を横に振って否定した。
「違う、違う。ロックフェラーは正太郎を良く知っている様だから、正太郎に話を通させるという事だ。
次期大統領に推しているマッキンリーの対抗馬がバージニアに居る。ロックフェラーが、その者と面談したいと言えば、その者にとっては、大きな宣伝効果となるので、二つ返事で承諾するだろう。
その前の時期に、我々が面会を求めている事を承諾させる事は、ついでの話だから無条件に承諾する筈だ。
我々が面談して、その結果をロックフェラーに報告し、その内容がロックフェラーを落胆させるものだったら、ロックフェラーは会談を無用として面会を取り止める事になる。
ロックフェラーが、面会を取り止めた事が伝われば、マッキンリー側に有利な宣伝となる。
この内容を正太郎に伝えて、ロックフェラーを動かして欲しいのだよ。」
「お義父さん。ご自分で正ちゃんに話をされたら、どうなんですか。息子でしょう。」
明菜は、實小路の話は理解したが、父親から、直接話すべきと思った。
「いや。未だ、奴とは打ち解けておらんのだよ。まあ、この年寄りは、彼の行動方針に対して、奴の好きな様に判断すればよいと考えておるが、正太郎は、始めに反対した儂の事が、未だに許ゆせない様なのだ。
先の恵美子を連れての面談も、こちらに来る事が、全く不可能だったという訳では無いらしい。
恐らく、儂を嫌ったのだろうと考えておる。
・・・そんな事は、どうでも良い。明菜さん、頼んだぞ。」
それからは、誰が、どこを、いつ訪ねるのかの計画を始めた。




