ワシントン39
「日本の議員の皆さん。ようこそ。ロックフェラーです。」
食堂奥の部屋には、ロックフェラーの他に4名が座っていて、その後ろには3名が立っていた。
「今日は、ワシントンに来ていた知人4名に同席してもらう事にした。製鉄所を経営するカーネギー、ベル社のマーベル、エジソン社のフランクと二コラだ。」
日本人8人も實小路が紹介した。
「ベル社は、我が国でも大変有益な情報手段として電話を商用利用し始めている。米国に比べれば、僅かな量だがな。」
實小路は、ベル社と聞いて、興味が有ることを言葉にした。
酒が用意され、ロックフェラーは開宴の挨拶を始めた。
「今夜は、日本から議員の人達が来ているので、お近づきの印として宴を開かせてもらう。今後も、我々の商売が、日本に展開される事は間違いないので、顔つなぎという趣旨と考えてもらえると良い。
エジソンは、日本の炭という技術に出会って、電灯を商品化する事ができたという事から、日本という国に興味が有ると言っておった。本人は、来られないが、主任技術のフランクと二コラに来てもらった。
エジソンの紹介で、知り合ったベルと連絡を取ったら、副社長のマーベルがワシントンに来ておるということで、宴会に参加してもらった。
カーネギーは、古くからの知人である。
おっと、忘れる所だった。私の後ろに居るのは、息子のロックフェラー二世で、スタンダードオイルの社長をしておる。仕事に戻らなくてはならないので、今日は、顔見せだけとなる。まあ、時間が有れば、後から来るかも知れないが。
まあ、くつろいでくれたまえ。」
そう言って、盃を掲げた。
後ろに立っていた者達は、宴の始まりと共に部屋を出ていった。
フランクと二コラは、エジソンの代役とはいえ、横にロックフェラーやカーネギーという重鎮を置いて、居心地が悪そうだった。
ただ、黙って酒と肴を口に運んでいる。
「フランクさん、二コラさん。初めまして、文治と言います。」
文治は、酒を注ぎに二人の後ろに立って言った。
二人は、若い文治が声を掛けた事で、最初は驚いた顔をしたが、他の議員達とは違う事に気付いて、酒を受けた。
「お二人は、何をされている技術者なのですか。宜しければ、お話を伺えませんか。」
微笑しながら、問い掛ける文治に、仕事の内容を説明するのであれば気遣った話題を選ぶ必要も無いと、快諾した。
「俺は、今、電動の発動機を研究している。
石油で動く内燃機関は、蒸気機関に比べて小型にできて、自動車や自転車に載せられ便利になった。その石油は、何百年も前から有ったものを、ようやく使い始めている。
電気は、未だ市場に出て間もなく、初期の電灯時代から数十年しか経っていない。今は、電話などで利用されているが、電気には、もっと大きな可能性が有る。手始めに動力を軌道に乗せようとしている訳だ。」
二コラは、電動機について、人に説明する内容を話した。
「そう。二コラが考えた電動機を、如何に効率的に動かすかを俺が支援している。
自動車や自転車に載せようとすると、蓄電池で動かさなくてはならないが、蓄電池では電気の量が限られているので、今は無理だ。
電灯線が有る所でしか、電動機は動かせない。
だから、今は、工場の中で蒸気機関に変わる電動機にする事を研究している。」
フランクも二コラと同じ様に、普段の紹介をした。
「電気で動く発動機ですか。思いも因らなかった話です。
車には無理というのは、残念ですね。電線が街に張ってあれば、電気を取りながら走れるのでしょうけど。」
文治は、率直な感想を口にした。
「そうだな。電線をつないだままなら、車にも使う事ができるだろうが、電線を引きずって走る訳にもいかないからね。」
二コラは笑いながら、相槌を打った。
フランクは、手に持った匙を皿の上に置いて、腕組みをした。そして、真顔で、文治に向かって言った。
「文治さん。君の持っている紙とペンを貸してくれないか。」
文治の席には、いつもの様に紙とペンが置かれている。
文治は、少し驚いたが、席から数枚の紙とペンを持ってきてフランクに渡した。
「二コラ。裸の電線を街の上に張っておいて、そこから電気を得る事ができれば、発動機で車を動かす事ができる。電線の強度や接触方法は課題だが、可能性は高い。」
フランクは紙に何かの模式図を書いて、二コラに示した。
「フランク。確かに可能だと思うが、車の交差する場所で、電流を維持するのは、至難の業で、そちらの方が課題としては大きい。」
「・・・、だが、我々は、エジソン社なのだから、必ず解決する方法が見つけられる筈だ。」
「ふーむ。可能にする方法は有るだろうが、街中に電線を張るとすると、かなりの投資が必要となってくる。
その点では、トーマスに納得してもらう必要が有る。少なくとも、今、課題に挙げた事は、解決の目処が立った上での企画書作成が必要だな。」
「二コラ、有難う。」
フランクは、そう言うが早いか、紙にペンを走らせ始めた。
「あの、二コラさん。何の話をされていたのですか。」
文治は、二人の会話に付いていけずに尋ねた。
二コラは、酒を一口飲んで、後ろの文治に顔を向けた。
「文治さん。貴方が言った、車を電気で走らせるのは難しい、という発言に、フランクは出来ると言い始めたのです。
実は、鉄道では一部で私達の技術を使ってもらっていて、この技術を使って、電気の供給方法さえ、解決すれば解決できると言うのです。
エジソン社は、新しい技術を研究する事を妨げないので、可能性の有る事には、皆が試行するのです。
それで、フランクは電線を街に張って、そこから常に電気を供給できる様にすれば良いというのです。ただ、鉄道でさえも、電線に触れさせ続ける事に苦労しているのですから、課題が多いと話をしていたのです。」
「そうですか。街に電線を張るには、制限もあるでしょうが、米国は土地が広いので、郊外に街を広げやすいという点では、大きな事業の試行も可能ですよね。新しい町ならば、最初からの敷設も可能ですし。」
「文治さん。いくら何でも町を新しく作るというのは無理でしょう。でも、町を郊外につなげるという発想は、確かに有り得る事ですね。」
フランクが顔を上げて文治に応えた。
フランクが顔を上げたので、文治はフランクに向いた。
「色々、課題が有って面白そうですね。一つずつ課題を解決していくというのは、楽しいものですよね。
それが将来の人々に役立つという事が判っているのですから。
ところで、鉄道で、電動機関が使われていると言われましたが、私は電気で動く汽車を見た事が有りません。どこに行くと見られるのでしょうか。」
「そうか。日本では、未だ蒸気機関車だけなのか。
今、ニューヨークで地下鉄を電動化する計画が始まっている。未だ、商用提供はできていないが、ニューヨークへ行くと動いている列車が見られるかも知れない。
先日、鉄道会社に技術支援に行って、最終確認の立ち合いをしたところだかね。」
フランクは、自分達の技術が様々な所で活用され、信頼されている事を自慢した。
「そうですか。明日は、ニューヨークへ行く事になっていますので、見させてもらえる機会を得られると良いですね。有難うございます。
技術支援にニューヨークへ行ったと言われましたが、フランクさん達は、鉄道用の電動機を作っている訳ではないのですか。」
「ええ。鉄道の様に大きな力を求められる発動機は、当然、大きな発動機になります。我々にとって、作る事は可能ですが、作る場所と、その材料を置く場所が必要ですし、列車を作る所に届ける方法も考えなくてはなりません。
ですから、我が社の子会社を鉄道整備場の近くに作って、そこで生産しているのです。
まあ、生産量が少なくて、儲けが出ず、赤字となっているので、トーマスは、・・あ、社長は、列車会社からの買収話に悩んでいる様です。
私は、技術者として、開発を続けたいと思っているのですがね。」
「はあ、会社を売るのですか。会社を商品の様に売り買いするというのは、良く分かりません。どんな事になるのでしょうか。」
「えーっと、私も良く知らないのですが、・・・。」
文治の質問にフランクは口ごもった。
「文治さん。会社を売るというのは、社長や役員を売った先の者が任命するという事と、会社の資本の持ち主が変わるということですよ。」
フランクの横に座っていたカーネギーが口を出した。
「あゝ、経営者が変わるという事ですね。経営者によって事業の成果は左右されますからね。」
カーネギーの言葉に、文治は、簡単に答えた。
「そう、事業の戦略を立てるのは、経営者本人ではないが、戦略を立てる者を任命するのは経営者だからね。」
「はい。戦略を立てて指示を出す者が良く考えて指示を出し、経営者にも、配下の者にも信頼される者であれば、事業は上手く回りますね。」
「おっ、若いのに良く分かっているじゃないか。」
「えっ、そんな事は当然の事なのではないのですか。如何に信頼してもらえる状況にするのかという事が、昔から悩ましい事なのだと聞いています。時代によって求められる事が変わるので、昔の経験などというものは、通用しない場合が多いのだとか。」
「うんうん。随分と勉強しているな、君は。どうだ、我が社に来ないか。」
「えっ、あの・・・。」
文治が困った顔をして口ごもった。
「おい、アンドリュー。文治さんは、日本の議員だ。米国国民では無い。無茶を言うな。」
隣に座るロックフェラーが釘を刺した。
「何を言っておる。移民が市民権を得て、活躍する事は珍しく無い。かく言う儂も英国からの移民だ。元を正せば欧州からの移民ばかりだ。日本からの移民も少なくはないだろう。」
「そうじゃない。日本の議会を運営しているのだ。彼なら、我が国の重要な大臣を務めるのと同じ程の職位となるだろう。
それをアンドリューの手先として使うというのは無理な話だと言っているのだ。」
ロックフェラーはカーネギーの独りよがりをいさめた。
「そうか。それは仕方が無いな。まあ、儂は、暫くワシントンとニューヨークを往ったり来たりの予定だから、遊びに来てくれ。歓迎するぞ。」
カーネギーは未練が有る様な誘い方をした。




