ワシントン38
昼下がり、宿には、實小路、藤神、姉尾、佐々、白井が、食堂で珈琲を飲んでいた。
「そうか。給油が可能な所を、更に確保するという事を求めているのだな。蒸気機関ならば、燃えるものなら何でも良いのに、内燃機関は、そうした所が不便だな。」
實小路は、今迄、気にした事も無かった事に唸った。
「この事は、今後、日本でも考慮すべき事項であるな。我が国では、石油を産出できておらんので、米国よりも更に憂慮される。」
佐々は自国について考えていた。
「それは、船舶にも、航空機についても、同じ事になってくる。我が国でも船舶が内燃機関を使う事が多くなるであろうし、航空機も米国から調達することになる。
そうなってくると、石油の確保と必要な拠点へ精製品を配送する事を考えねばなるまい。」
5人は、課題に対して、各々思いを巡らせ、暫く黙り込んだ。
「では、ロックフェラーに訊いてみるか。」
藤神は、明晩の晩餐会で話題にする事を提案した。
「そうだな。どの様にすれば広大な土地の配送を計画する事ができるのか、という経験が我が国の参考になる。」
佐々は、日本各所に車を走らせる思いを馳せながら同意した。
「だが、未だ十分ではないと、カラルは言っているのだよな。」
白井は、ロックフェラーが展開してきただけでは足りていないという状況が、日本の展開でも生じるのではないかと懸念を示した。
「まあ、当然だろう。優先すべきは、石油が売れる所での商売だ。野生動物は石油を必要としておらんからな。」
藤神が、商売だからと念を押した。
「そうすると、我が国でも山奥への配送は後回しという事になってくるな。
山間部と都市部での差が大きくなってしまう。山間部から都市部への住民の移動が加速して、山間部は貧しくなる。
文治君が何か言いそうだ。」
實小路は、明日戻って来る文治が、何と言うか楽しみだと付け加えた。
「ところで、今日、高村が来た。奴は、正太郎の伝言を置いていった。
明日は、孫の入学式なのだが、ワシントンへ戻って来られぬというのだ。大統領選挙の関係で、フィラデルフィアから戻って来られぬということだ。
あいつが、どんな活動をして、どんな成果を出しているのか聞いてみたいと思っておったのだが、残念だ。」
實小路は、話題を変えた。
「正太郎君は、市民権を持っていないのに、大統領選挙に忙しいのは何故なのかね。」
佐々は、気になっていた事を尋ねた。
「我が国が、米国の動きに左右される事は知っておるな。」
「無論だ。だが、米国市民でもない日本人が、大統領選挙に何ができるというのだ。」
「直接は、何もできん。だが、大統領候補の支援者達に対しては、手を出す事ができる。」
「そう言う事か。」
佐々は、實小路の説明に、ようやく納得がいった。
「今日は、文治君が居ないから言うが、これから起きる欧州での戦争に、我が国が上手く立ち回れる様な伏線を張っておくのと同時に、我が国の軍備への協力も、とり付けておく事を、大統領候補に刷り込んでおくべきだな。」
白井は、自国の軍備を整える考えに変わりはないといった態度だった。
「白井。お主、銃器の工程を見てきたのだろう。そこで何を学んできたのだ。」
佐々は、白井の兵器好きを、からかう様に問い掛けた。
白井は、真顔になって、腕組みをした。
「戦力は、自国で開発する事が必要だ。その為の技術者育成が不可欠となる。
船舶は、或る程度の技術が有る。だが、航空機、自動車、その動力としての内燃機関、それらを支える鉄や石油技術、全てに於いて兵器を作るに欠かせない技術だ。」
白井が軍備を自国で生産する事に拘っている事を並べ立てた。
「そして、電気や通信についてもだろう。」
珍しく、姉尾が白井に続いて言った。
「儂は、米国が欧州に劣らず衛生に対する研究が進んでいる事が気になる。国家として研究機関を設けて、疾病に対する事は当然ながら、身体能力を引き出す事に迄、研究を進めているらしい。
明菜君に、研究機関を見学させてもらう様に打診してもらったのだが、許可を得られなかった。
それ程迄に他国へ情報を出したくない研究なのだと判断しておる。」
「軍事機密が含まれておるのかも知れんな。」
白井は、極秘内容が有るのは、軍事に関するものが少なくないとの考えになっている。
「今回、我々は、米国の技術を直接持ち帰る事は難しい。
文治君も、それなりに学ぼうとしているが、色々な事を一度に入手する事は不可能だ。
だが、人脈を作るという点では、それなりの成果は上げつつある。帰国後、目ぼしい所へ技術を学ぶ為の人員を託す事は難しくない程にな。
まあ、それは、文治君の人柄や、何にでも首を突っ込む性格が大いに役立っているのだが。
残り10日程の間に、更なる人脈を築く事に専念する事が求められる。」
實小路は、これから為すべき事を各員に考えさせる様な話し方をした。
「だが、文治君は、そんな事は、御構い無しに動くだろうな。」
藤神は、文治の性格を思い、文治の行動を予想した。
「それは、それで良い。文治君が、変に構える事など考えられぬ。今のままで十分なのだ。」
姉尾は、文治の顔を思い浮かべながら言った。
「よし。では、これから、どこへ人脈作りに行かなくてはならないかを検討しよう。
今日の明日では、訪問が断られてしまう事が少なくないからな。」
實小路が4人に提案を出させる様に指示をした。
「文治君、五陵、神崎。今晩、石油王のロックフェラーと食事をするから、そのつもりでな。」
3人が、遅い昼食を摂っている所へ、實小路が声を掛けた。
「えっ、また会食か。昨晩もカーク達に付き合って、酒をたらふく飲まされた。今夜は、軽めの食事が良かったのに。」
五陵が溜息混じりに文句を言った。
「まあ、そう言うな。明日は、オウルとニューヨークに行く事になっておるが、出発は10時頃の予定だから、朝は、寝かせてやる。」
「あー、そう。だが、石油王との会食なのだよな。恐らく、たっぷりと宿題を持ち帰る事になるだろう。
朝から会合を持つ事になるのではないのか。」
神崎は、今迄の事を思い返しながら、朝寝など不可能な事を見通して言った。
「はは。その時は、興国の為だ。諦めろ。」
實小路は神崎の予想が当たっている事を暗に認めた。
8人が揃って、今晩の会合に向けての打ち合わせと、昨日の情報共有を行った。
報告された内容や背景について、現地では理解したつもりだった事が、もう一歩踏み込んで訊かなければならなかった事が少なくない事が判明し、違う訪問者の組み合わせで再訪問する事も検討された。
「ロックフェラーは石油王だから、様々な会社に顔が有るから、ロックフェラーに紹介してもらうことにしよう。
我が国では、財力が有る三井や三菱が近代工業を始めているが、歩みが遅い。米国の支援を取り付ける必要がある。」
神崎は白井が言う軍備とは別に、興工業の重要性の点から提案をした。




