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ワシントン35

机の上には、工場の図面が広げられたままとなっている。

その周りに、全員が座って、午前中の続きの話をすることにした。

その前にと、文治は、ザジが語った記録を取り出し、全ての内容を読み上げた。


「こうして聞いてみると、理由が有って続けてきた作業を無暗に変えてしまったという事が多いな。それと、ザジ殿が、理由を説明できない部分は、昔から解決されていない問題が、やり方を変えても良くなっていないという事だな。」

神崎は、腕組みをして、紙煙草を咥えたままで言った。


「俺は、文治さんが理由を訊いてくれたから、思い出しながら話をしたが、全てを皆に話したという記憶が無い。知っている者も少ないだろうな。」

神崎の感想に、ザジは振り返った。

「儂も今回初めて知った事が多いな。」

ダニエルも感慨深げに述べた。


「何故、やらなくてはならんのかを、正しく伝えるのか。面倒な作業だな。」

ザジは、自分に役割が来ることを予感して、暗に拒否する意味で言った。

だが、ダニエルは、ザジの意図を知ってか知らずか、ザジを正面に見て言った。

「ザジ。一日中、チェスをするよりも、現場で教えてやる方が楽しい筈だ。頼んだぞ。」

言われたザジは、予想的中で、諦め顔で肩をすくめた。


「文治さん。その紙を貰えないか。先程の報告は、とても良く分かる。」

ダニエルは、文治に依頼した。

「はい。良いのですが、日本語混じりです。お二人共に、日本語は読めませんよね。」

ザジとダニエルは、顔を見合わせて、頷いた。


「ちょっと、見せてもらえるかな。」

ダニエルは、立ち上がって文治の席に来て、紙を覗き込んだ。

そして、溜息をついた。

「文治さん。日本語が混じっていると言うよりも、日本語に英語が混じっていると言った方が良いかも知れんな。

これでは、我々には、使えん。残念だ。」

ダニエルは、文治の書き留めた紙を使う事を諦めた。

「ダニエルさん。何なら、英語に書き直したものを用意しましょうか。30分程で、できます。」

文治は、想定していなかった自分の文書の価値を認識しながら提案した。


「いや、それには及ばん。文治さん、申し訳無いが、もう一度、読み上げて貰えるかな。記録をさせるので。」

ダニエルは、そう言いながら立ち上がって、事務所の扉を開けて、声を掛けた。


暫くして、一人の青年が、紙とペンを持って入ってきた。

「彼は、グレゴリーといって、工場技術の班長を任せている。

グレッグ、今から文治さんが読み上げる内容を記録してくれ。工程の問題を片端から話して貰える。良いな。」

グレゴリーは、そう言われて戸惑った様子だったが、机に紙を置いて、記録する準備を始めた。


文治は、グレゴリーが準備を終えた事を確認して、ザジが指摘した問題と、その原因について読み上げ始めた。

先ずは、発酵工程についてである。

問題点と、その原因となる変更点、変更によって発生した要因を読み上げた。

グレゴリーは、文治が読み上げる速度に追いつくように、書き殴る様に書いた。


「次は、乾燥工程です。」

と、文治が読み上げた所で、グレゴリーの手が止まった。

「今の話は本当ですか。」

グレゴリーは、文治の倍の声の大きさで訊いて、文治の話を遮った。


「ああ、本当だ。」

ザジは、普段の声の調子で答えた。

熟練のザジが、淡々と工程したので、グレゴリーは、「済みません。」と一言口にして、紙に向かった。


工程の問題だけならば、グレゴリーは知っているが、原因が明確になっているとは理解していなかった。

文治が読み上げる工程の問題と、その原因や作業の目的を書き留めながら、グレゴリーは知らず知らず、唇を噛んで、自分が行うべき仕事が次々と浮かんでくるのを感じていた。


目的は分かっているが、原因が不明という問題の所で、グレゴリーは手を止めた。

「何故、原因が分からないんだい。」

グレゴリーは、そう言って顔を上げた。

文治は、グレゴリーに質問を投げられた形になった。だが、文治は、答えを持っている訳では無い。


「グレッグ、それを文治さんに訊くんじゃない。」

ダニエルは、困った顔の文治を見て、グレゴリーに釘を刺した。


「勉強不足で申し訳ありません。煙草の紙巻工程は、類似の工程を見た事が有りませんでしたので、原因推定への足掛かりを提供させて貰えなかったのです。」

文治は、自分の力不足を口にした。

「あ、いや。文治さん、済まねえ。俺が、何も思い付かなかったから、格好悪い事になっちまったな。」

ザジは、文治の仕事では無いのに、文治が責任を感じている事に恐縮した。


「グレッグ。原因を捉えて、対策するのが、お前の使命だぞ。その為に、働いているのだぞ。」

出入口の方から声がした。

ジュリアスが立っている。

「文治さん、だったな。午前中は失礼しました。

途中からしか聞いていませんが、細かな分析をして頂いて、それを全て公開してもらって、私の判断に多くの間違いが有った事が判ります。

私の判断は、アントニオが細かく報告してくれた内容での判断だったのですが、奴の報告を鵜呑みにしていた事が間違いでした。

伯父が雇った工場に精通している者ということだったので、信頼をしていたのです。

今日、ザジの話を聞いて、アントニオを問いただしたところ、詳細を確認する事無く、奴の思い付きで提案をしてきていたという事が判りました。

クランベルやマックには、大変申し訳ない事をしてしまって、私の未熟さが恥ずかしい。」


ダニエルもザジも唖然ととなった。


「ジュリアスさん。自らの間違いに気付いたのでしたら、今から間違いを直せば良いのです。

過去を取り戻す事はできませんが、未来は、今からの努力で良い方向へ向かわせることができます。

お聞きの様に、ザジさんが、様々な切っ掛けを提供頂きました。この内容は、会社としての財産です。ご活用されるのが良いと思います。」

文治は、静まり返った会議室の中で静かに言った。


「最も気を悪くした文治さんに、そう言ってもらえると、大変有難い。

私は社長の甥で、皆が煙たがって、本当の話をしてくれる者が居なくて、誰もがイエスしか言わなかったのです。

今日、初めてダニエルが私に文句を言ったのです。班長が文句を言っていると。

それが切っ掛けで、アントニオ以外の者と話をしてきました。ナンシーやカーニャが色々教えてくれて、自分の愚かさに気付かされました。」

再び、皆が黙った。


「グレゴリーさん。続きをしますよ。」

誰も何も言わないので、文治は、読み上げを続けると宣言した。

グレゴリーは、慌てて、ペンにインクを付けて紙に向かった。


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