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ワシントン34

「少し、ザジさんとお話できますか。ザジさんは、誇りを持って今迄、就業されてきたのですから、今を打開する糸口を提供して頂けるかも知れません。」

文治の提案に、ダニエルは、他に案も無いので、応じるしかなかった。


「じゃあ、ザジを呼んできます。」

ダニエルは、文治の提案に応えようと、ザジの職場である出荷場へ向かおうとした。

「ダニエルさん。待ってください。取敢えず、全ての工程を見させてもらえませんか。

と、言いますのは、色々な話をザジさんにして頂くのですが、話を伺うに当たって、工程を知らなくては、誤解する可能性が有りますので。」


ダニエルは、文治の求めに応じて、工程を見て回った。葉脈除去、乾燥、刻み、紙巻、箱詰め等の工程である。

各工程には、熟練の者達が居て、文治達は、その者達に工程の重要点や難しさを訊いた。

ダニエルが一緒に回ったので、彼等の対応は、丁寧だった。


最後に、出荷場の事務所に入っていった。

ザジは、事務所の片隅に座って、紙巻煙草を火も点けずに咥え、一人でチェス盤に向かっていた。

「ザジ。ちょっと、いいかな。」

ダニエルは、ザジに声を掛けた。


「ああ、ダニエル。先の件か。ジュリアスが何か言ったか。」

「いや。ジュリアスの事など、構わん。それより、話をしたいのだ。時間は有るか。」

「うん。先手がチェックメイトしてきたので、丁度、切りが付いたところだ。」

ザジは、そう言って、紙巻煙草に火を点けた。

「それは、好都合だ。じゃあ、そこの机の所で話ができるな。」

出荷管理用の伝票が入った箱が占拠している机を指して、ダニエルが言った。


ザジは事務の若い男に箱を移動させ、商人団3人、日本人3人、ダニエル、ザジの8人が座れる席を用意した。

「それで、用件は何だい。」

ザジは、灰皿を引き寄せ、切り出した。


「あー、それなんだが、こちらの文治さんが話をしたいと言われるんだ。」

ダニエルの言葉に、ザジは文治を見て、頷いた。

「その青年は、話が分かる。青年が話したいと言うのなら、構わんよ。

それで。青年。何の話がしたいのだね。」


文治は、微笑んで、話し始めた。

「ザジさん。長年、お勤めという事で、今と昔を比べてのお話を伺いたいのです。

特に、昔よりも今が悪くなっているという事柄についてです。そう、先程の小箱から大箱となった事の様に。」


ザジは、最初は躊躇した。先程は、ジュリアスが居たので、文句を言いたくて口走ってしまったが、話が分かる青年相手とは言え、社外の者に自社の恥を語っても良いのかと迷ったのである。

だが、ダニエルが、「本音で」と言ったので、ザジは少しずつ話し始めた。

長年、働いてきただけの事があって、昔の事を良く覚えていて、過去に失敗したり、問題になった対応として、決めてきた方法が幾つも有る。だが、最近は、手間が掛かるからと、止めてしまった事が原因で、昔の失敗が、再び、繰り返されていると各工程の問題点を語った。

文治は、ザジの語る内容に不明な点が有れば、直ぐに説明を求めた。

文治の質問は、的を射ていたので、ザジは、仕事仲間に語る様に詳しく話し、2人の話は1時間以上続いた。

文治は、ザジの話を書き留めていて、その紙は、10枚以上となった。


「文治さん。昼休み時間になった。一緒に食堂で昼食を食べましょう。」

ダニエルは、二人の会話を遮った。


8人は、揃って食堂へ移動した。食堂は、50席もない程の広さで、かなり混んでいた。

昼休みに入ってから少し遅れて着いたので、食べ終わった者達は、三々五々、食器を下げていくので、8人が揃って座る食卓は確保できた。


昼食は、パンと塩味の肉、葉物野菜、チーズ一切れが献立だった。

五陵は、鞄から瓶を取り出して、肉に垂らして食べ始めた。

「なんだ、五陵。持ってきたのか。儂にも使わせろよ。」

神崎が、目ざとく、それを見つけ、言うより早く五陵の手から瓶を取り上げた。

「こら、神崎。未だ終わってはおらん。」

五陵は、半分笑いながら文句を言った。


「何と。あのタレですか。私にも回してください。」

オウルも、二人の動きを見て気付いた様だった。


オウル、ヨハン、カークと瓶が回り、文治に回った所で、文治は不思議そうな顔をしたダニエルとザジに向かって、調味料である事を説明し、二人の皿にタレを落とした。

「こりゃあ凄い。肉の味が別物に変わっている。」

ザジは感嘆の声を上げた。

「何ですか、これは。どこで売っているのですか。やはり、日本ですか。」

ダニエルは、五陵を見て尋ねた。


「いや。これは、文治君が作ったのです。」

五陵は、文治を指して言った。

ザジも、ダニエルも文治を見て、文治の発言を待った。


「もうすぐ、ニューヨークで売り出すぞ。」

オウルが、ほくそ笑んで言った。

文治からではなく、オウルが答えたので、ダニエルとザジは忙しく文治とオウルを見て、どうなっているのか分からないといった顔をした。


文治は、微笑んだだけで、オウルが、かいつまんで調味料の話をした。

そして、オウルの知り合いとの交渉が済み、ニーラのタレが、1/2オンスで発売することが決まった事を告げた。


「この調味料は、発酵による旨味です。」

文治は、一言だけ付け加えた。

ダニエルもザジも発酵という単語が、ここでも出てきた事で、文治の煙草の話が更に裏打ちされる事を感じた。


オウルは、ニーラの商売に力を入れている事がうかがえ、売り出しについて熱く語った。

「デルモニコを知っているか。ニューヨークで古くからやっている店だ。そこに、このタレを持ち込んだ。

最初は、相手にしてくれなかったんだが、そこで働いている料理人が気に入ってくれてたんだ。

彼は、近々、独立するつもりというので、このタレを店でも販売する事を前提に、店を出す協力する話を進めた。

彼の名は、・・確か、フォアマンだったな。

店は、カリフォルニアで知り合ったルガーという者が出店するので、その店を彼に託すという事になっておる。

2か月もすれば、店が完成するので、距離は少々あるが、是非、行ってやってくれ。料理人の腕は確かだ。」

「そうか。2か月後か。待ち遠しいな。」

ザジはオウルの話に応えて言った。


「日本では、発酵というものを、そんなに沢山利用しているのかね。」

ダニエルは、発酵について興味を持った様だった。

「ダニエルさん。発酵というのは、特に珍しいものではありません。ウイスキーやワイン、酢も発酵で出来ているのです。

アルコールを飲みませんか。」

文治は、ダニエルが発酵を難しく考えている様子なので、日常を思い出させる様に言った。

「あっ、そういう事か。麦酒は美味い飲み物だ。煙草の葉も、同じ様に旨味に変わっていくのだな。」

ダニエルは、変な理解を示した。

文治は、煙草をやらないので、答える事ができなかった。

五陵も神崎も、文治の様な茶葉や他の発酵についての知識が無かったので、肯定も否定もしなかった。


ダニエルもザジも、文治の説明に納得し、文治を更に信頼できる者として見る様になった。


昼食を終え、8人は出荷場では無く、事務所の会議室へ戻った。


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