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ワシントン30

五陵と神崎は、さっさと朝食を済ませたが、文治は、ゆっくりと朝食を楽しんでいた。

もう少し、パンを食べようと給仕を呼んだ時に、受付の者が文治を呼びに来た。

「文治様、お迎えの方が来られています。」

文治は、次のパンを諦め、牛乳と紅茶を飲み干し、チップを置いて、小走りで玄関に向かった。


既に、五陵と神崎は、迎えの男と話しをしていた。男の後ろ姿には、見覚えがある。

「ガイルさん。どうしたんですか。」

文治は、男に声を掛けた。船旅を一緒にした下働きの男達の一人である。


「文治さん。」

ガイルは文治の声に、文治に駆け寄り、文治を抱き締めた。

文治は、無防備だったので、ガイルの力任せの抱擁に抗う事ができず、目を白黒させた。


「く、苦しい。」

文治の呻き声に、ガイルは気付き、手を緩めた。

文治は、荒く息をして、椅子の背もたれに手をついた。もう少しで、朝食を戻しそうだった。


文治は、息を整えてから、改めてガイルに訊いた。

「ガイルさん。どうしたのですか。」

「おう、文治君。今日はガイルがボルチモア迄、送ってくれるらしい。」

神崎が代わりに答えた。


「えっ。」

文治は、一旦、神崎を見てから、ガイルに視線を戻した。

「ガイルさん。今日は、どうしたんですか。」

「・・・、私が迎えに来る事が、普通では無いという意味ですね。お話します。ただ、時間が有りませんので、車の中で、お話します。」

ガイルは、文治が普通では無いと、感じている疑問に答えた。


ボルチモアに向かう車の中で、ガイルは語った。

船乗りの下働きだった自分が、運転手として迎えに来ている理由である。

文治との船旅で色々な事を学んで、ガイルは故郷のボストンへ帰る決心をした。帰る前に、文治に礼を言わずには居られなかった。

カークに連絡を取り、相談をしたところ、今日の予定を知った。運転経験もあるので、ボルチモア迄の短い時間だが、運転手として、最後に文治に礼をしたいと考えた。


「最初は、ニーラやラジムが、文治さんと話をして、どんどん変わっていくことが羨ましかった。自分にもできるだろうかと悩んでいたんです。

あの嵐の入江に避難した時に、ラジムもニーラも居なくて、俺一人で片付けをしている時に、文治さんが手伝ってくれて、話をしましたよね。客が俺の為に手伝ってくれるなんて、思ってもみなかった。

文治さんの手際が良くて、直ぐに片付いて、なのに俺の仕事ぶりを褒めてくれた。

あの時は、必死だったから、有難いとは感じていたのですが、何も言えなくて、後から涙が出て・・・。

済みません。思い出すと、また泣けてきて。

その後、ニーラやラジムとワシントンへ着いたらどうするかを話をしました。


パナマで、文治さんが、現地の虐げられた人達と話をした内容を聞きました。最初は、意味が分からなかったのです。今迄、考えた事も無い話でしたから。

俺よりも貧しい、いや、比べ物にならない程酷い仕打ちを受けている奴等が居るんだから、自由な俺は、何をするべきなのかと、考えたのです。」

ガイルは、一人で話し続けていたが、ここで黙った。


「ガイルさん。ボストンに戻って、何をされるつもりですか。」

文治は、ガイルの決心を聞いて、尋ねた。

「そうだな。俺には、文治さんの様な知恵が無い。でも、文治さんが言っている様に、貧しい子供達に学びの機会を持ってもらいたい。

俺にできる事といったら、教会でハープを吹く程度だが、ハープを子供達に教えてやるっていうのも、学びの機会じゃないのかと思う。

ボストンには、昔の友人で、ギターやトランペットが上手い奴も居る。彼等と子供達へ楽器を教える事でも始めようかと思ってます。」


「そうですか。でも、ガイルさん。あまり無茶はしないでくださいね。」

「えっ、無茶というのは、何ですか。」

「ドナルドさんが、水死体で発見されました。かなり無理をされたのではないかと思います。

実は、ガイルさんと同じ様に、嵐を避けての夜に、ドナルドさんと話をしまして、内情を聞きました。

これから、ガイルさんが、実際に、どの様に行動を起こされるかは分かりませんが、無茶をして事件に巻き込まれてしまわない様になさってくださいね。」

ガイルは、ドナルドが亡くなったと聞いて、大きく目を見開いた。そして、唇を噛んだ。


「・・・文治さん、有難う。何だか考えを見透かされている様で怖いが、十分に気を付けるよ。今日は、文治さんに会えて良かった。

本当に、礼だけのつもりだったのに、また、学ばせてもらった。」

ボルチモアのホテルが見え、車を玄関に着けて、ガイルは、文治に挨拶をした。


ホテルの入り口では、カークが待っていて、オウル、ヨハンも一緒だった。

「じゃあ、文治さん。俺は、これからフィラデルフィアへ行って、船に乗せてもらう手続きをするんで。また、会いましょう。」

ガイルは、文治に握手を求め、そして、通りに向かって歩いていった。


「あいつも変な奴だ。」

ホテルの入り口で、カークは文治の横に立って、呟いた。

文治がカークを見たので、カークは頭を掻いて愛想笑いをした。

「昨日、突然やってきて、今日の迎えを交代してくれと言うんですよ。金は要らないからって。

サムの息子を迎えに行かせようとしてたのですが、かなり強引でしてね。」


「カークさん。サムさんを雇っているのですか。」

文治は、驚いて訊いた。

「いや。サムは雇っていない。サムの息子を雇っているんだ。とは言うものの、私が雇っている訳でも無いし、雇ったのは、金曜日からだがね。

金曜日の朝に、サムが息子を連れてきて、雇って欲しいと紹介してきたんだ。何でも、高校を卒業したのだが、雇ってもらえる所が見つからないということでね。

私の会社は、カリフォルニアだから、無理だと言ったんだが、煙草工場の話をしていたのを聞いていて、そこに紹介してくれと。

そこに、ダニエルが居たので、・・あ、ダニエルというのは、煙草会社の工場長なのだが、彼が、サムの息子を雇ってくれると言ったものだから、まあ、雇ったという訳だ。

車の運転ができるという事で、迎えに行かそうとしていた訳です。」

「そうだったんですか。ところで、何故、ホテルに居るのですか。」

文治は、煙草工場に直接行くものだと思っていた。


ホテルの待合室に座って、カークが話を始めた。

「済みません。説明していませんでした。煙草工場長のダニエルからの依頼で、ここで生産した葉巻とハバナの葉巻を比べて欲しいということです。このホテルには、ハバナの葉巻が揃っているので、手に入りやすいということです。」

「そういうことか。では、味わわせてもらおう。」

神崎が嬉しそうに言った。


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