ワシントン29
藤神、白井、文治は、日曜日の午後にワシントンへ戻ってきた。
夕食は、8人が揃って、食卓を囲んだ。全員が日本人ということで、久し振りの日本語での夕食である。
上陸してから、僅か数日であったが、かなり様々な情報が共有された。
特に、藤神がもたらした、欧州での戦争については、日本国としての対応について、各自の思いや、英仏露国に対して、日本で行われている諜報活動への対応が話題に発展した。
白井と佐々は、強行すべしとの意見だった。対して、藤神や姉尾は慎重であった。
しかし、全員が一致していたのは、この機会を逃さず国益につなげるべきという事である。
實小路は、6人の意見整理に終始し、文治は議事の記録を行った。
「まだ、最終の判断をするには、同行に関する情報が足りぬな。」
實小路は、欧州戦争に対する討議について、切りを付ける様に言った。
「實小路。日本からの報告は来ているのか。今日も高村が来ておった様だが。」
「いや。未だ届いてはおらん。」
神崎の問い掛けに、實小路は渋い顔で答えた。
「高村が来たのは、ドナルドの調査結果の第一報だ。」
藤神が、簡単な高村の報告を受けていた。
「高村の報告では、ドナルドというのは自称で、本名は違う。市警は、それで、手間取っているという事だ。
木曜に、アナコスティア川に浮いていた遺体は、一体だけだったので、高村は市警の検死ファイルを見る事ができたらしい。
死因は、銃弾が心臓に命中したことによる出血死という事だ。」
「ドナルドさんは、カーライルという名前です。」
文治の発言に、全員が文治を見た。
「両親は、独国の出身で、今回のアジアへの船で、香港へ残る予定だったと言われてました。でも、私達が一緒に旅する事になって、もう一度、やり直す決意を持たれたそうです。」
「文治君。何故、そんな事を知っているのかね。」
「はい。嵐で退避していた時に、少し話をしましたので。」
實小路の問いに、文治は答えた。
「さて、明日の予定だが・・」
實小路が、切り出した時に、可愛い声がした。
「お爺ちゃん。こんばんわ。」
恵美子が、明菜と共に入ってきた。
「おう、恵美子ちゃん。」
實小路は、表情を崩し、しゃがんで恵美子を抱え込んだ。
直ぐに、藤神も来て、實小路の次に恵美子を抱き上げた。
「皆さん、こんばんわ。少し遅くなったけど、日本からの報告が届いたので、持ってきました。
日本語って、結構面倒ね。同音異義語が多くて、漢字にするのに手間が掛かるんだもの。
最初の方は、漢字で書いてあるけど、その後は、片仮名のままだから。」
明菜は、紙の束を鞄から出して、食卓の上に置いた。
「おう、御苦労様。」
姉尾は、一番に報告書を手に取った。
読み終えた頁は、隣に座る文治に渡し、次は、神崎、白井、佐々と渡っていった。
文治は、途中、気になる点を書き留めた。
藤神は、給仕を呼んで、明菜と恵美子の席を用意させ、注文をした。
「明菜。今日、恵美子ちゃんを連れてきたのは、何故かね。」
藤神は、明菜の対応を尋ねた。
「今日はね、メイリーンが休みなの。あ、お手伝いさんの事ね。それで、連れてきたの。」
「代わりの人は、居なかったのかね。」
「この前、試したんだけど、恵美子はメイリーンじゃなきゃ駄目なの。それに、今年から学校なんで、入学の手続きも有って、火曜日には来なけりゃならないんだから、1日早く来たという訳。」
「そうか。もう、学校へ行く年か。」
「本当は、来年なんだけど、校長に相談したら、受け入れてくれるって事になって、今年の入学にしちゃった。」
「えっ、そんな事が出来るのか。」
「特別よ。恵美子の今の状況から、入学しても問題無しって判断されたの。
正ちゃんも、私も、どんどん忙しくなるでしょ。それに輪を掛けて、お父さん達が来てるから。」
「お手伝いさんに関しては、何が問題なのかね。」
「話す事が大人の様な内容なので、お手伝いさんが嫌がって、相手ができないの。メイリーン以外はね。」
實小路は、藤神と明菜の会話に耳を傾けながらも、恵美子の相手をしている。
特段に駄々をこねる訳でも無く、出された食事を上手にフォークとナイフで食べている。
明菜は、手掴みで、鶏をむしって口に運んでいる。
行儀に関しては、親子で逆転していて、何となく校長が認めた事が分かる気がする。
恵美子が、食事に夢中になったので、日本からの報告書を読んだ。
数週間の間で、際立った変化は無い。
国会が閉幕し、予定した法案は、予定通り処理されている。
諜報部員達については、隠語で表されているが、吉次達が偽の情報を流して、美味く踊らせている。
露国の南下策は、欧州の混乱対応に注力している為に、滞っている事が窺えた。
今の所、直ぐに対処する内容は見当たらないと言える。
「さて、明日の予定だ。
カークの要求に沿って、煙草畑に行く。儂と文治君、そして、神崎が同行する。他は、どうする。」
五陵が口火を切った。
「ふむ。儂は、孫と一日を過ごす。」
實小路は、微笑んで言った。
「儂もだ。」
藤神も、それに同意した。
「実はな。ケロッグから連絡が有ったのだよ。」
姉尾が言った。
五陵は、姉尾を羨ましそうに見た。
「ケロッグで話をした際に、他にも議員団の者がワシントンに来ておると言ったら、是非、会ってみたいというのだ。」
姉尾は、皆を見回した。
「フォードも、同じ様な事を言っていた。」
佐々が応える様に言った。
「ただ、フォードからの誘いは無いがな。」
「佐々と白井は、空いておるだろう。一緒に昼飯を喰おう。」
姉尾は、そう言って、佐々と白井の顔を見た。
「また、うるさい航空機に乗るのか。あまり、好きでは無いな。」
佐々は、航空機に乗る事を嫌がった。
「佐々、ケロッグ達はワシントンにやって来る。我々は車での移動だ。」
苦笑しながら、姉尾は佐々に告げた。
「なんだ。じゃあ行く。すれ違ったカラルと、話をしてみたい。」
佐々は、フォードの工場で大声で喚いていたカラルの姿を思い出しながら答えた。
「白井。お主はどうだ。」
「俺は、構わん。別に煙草に、それほど興味が有る訳では無いしな。」




