ワシントン28
議員達を乗せた2台の車は、議事堂を離れ、北へ向かった。
高村が言っていた時間が掛かるという言葉に反して、1時間半程で食堂に到着した。
「高村。1時間半で着いたぞ。そんなに掛かってはおらん。」
「はい。運転手が上手いのと、そんなに混んでいない時期でしたので、この時間で着きました。
以前、公館の職員に連れてきてもらった時には、2時間半程でした。済みません。」
神崎は、高村の脅し文句を気にしていて、それに反しての時間だったので、意見を言った。
高村は、かなり恐縮していた。
「まあ、飯にしよう。」
實小路は、神崎と高村の間に入って、食堂に行く様に促した。
高村が、食堂の入口で、予約の確認をしていると、待ちくたびれたかの様に、ヨハンが出てきた。
「やあ、實小路。待っていたぞ、こっちだ。」
高村が受付の者と、やり取りしている間に、ヨハンに連れられて實小路達は中に入っていく。
最後の五陵が、高村の肩を叩いて言った。
「高村、行くぞ。」
高村は、気付いて、受付の者に手を上げて五陵に付いていった。
「高村。運転手2人の昼食は、どうするんだ。」
追い付いてきた高村に姉尾が訊いた。
「この食堂の入口脇に運転手控室が在りまして、そこで食事が摂れる様になっています。」
高村と5人は、ヨハンに連れられて、川辺に設けられた屋外の食卓に着いた。
そこには、船で一緒だった商人団の2名が座っていた。
「やあ。どうだ、米国を楽しんでおるかね。」
中央に座ったオウルが声を掛けた。
「オウル。今日は、食事に招いてくれて有難う。」
實小路は、一応、社交辞令としての挨拶を口にした。
「何を水臭い事を言っておる、實小路。何週間も苦労を共にした仲だ、遠慮せずにやってくれ。
・・・おっと、貴君は初見だな。宜しく頼む、オウルだ。こっちがカーク、案内してきたのがヨハンだ。」
オウルは、高村に向かって自己紹介をした。
「初めまして。高村です。日本の公館に勤めています。
ヨハンさんとは、電話で話をさせてもらいました。お招き有難うございます。」
直ぐに酒が運ばれてきて、肴にはチーズと焼いた牛肉の薄切りが提供された。
「オウル殿。済みませんが、酒は控えます。私は、この後、5人の案内を続けなくてはなりませんので。」
高村は、料理が配り終わる前に、失礼を詫びた。
「何だ。この後も予定が有るのか。それならば、麦酒にするか。」
ヨハンが高村に提案をした。
「いえ、本当に無しでお願いします。
こちらの5人は、日本の議員ですので、何かの間違いが有ってはなりません。私は、飲まないという事でお願いします。」
高村の発言に、商人団の者達も、5人の議員達も顔を見合わせた。
「あの船旅以上の危険が有るのか。」
カークは、今にも笑い出しそうな顔で言った。
「はあ。」
高村は何の事なのか、理解できず、生返事を返した。
オウルは、ついに笑い出した。
「まあ、高村殿が、そこ迄言うのだ。高村殿には、水を出そう。」
ヨハンも笑いながら、給仕に水を持ってこさせる指示をした。
「今日は、文治さんが居ないから、實小路の横は、高村殿だな。」
オウルは、そう言って、末席に座る高村を實小路の横の席に移動する様に指定をした。
「いえ、とんでもない。私は、ここで結構です。」
高村は、付き添いの自分が会話の中心席に座る事を嫌がった。
「高村。今日の酒の肴は、お前だ。さあ、早く移れ。」
佐々は、商人団が面白がって、高村を弄ぶのに参加する様に言った。
他の議員達も笑っているので、高村は仕方なく席を移動した。
「實小路。文治さんとは違った面白い者を連れてきたな。話が弾みそうだ。」
オウルは、表情を崩したまま言った。
「おいおい、高村は役人なのだから、真面目が当たり前だ。あまり虐めるなよ。」
實小路は、一応、注意をする様な発言をした。
それからは、日本からの航海について、高村に説明してやるという形を取りながら、思い出話に華が咲いた。
高村は、一々驚き、感心した。
話しの中には、必ず文治が登場する。高村は、会った事の無い文治に対する思いが、どんどん強くなっていった。
「ところで、今日は、ドナルドが居ないな。仕事か。」
姉尾の言葉に、商人団3人は黙ってしまった。
暫く沈黙の後、オウルが口を開いた。
「ドナルドは、もう居ない。」
「はあん。喧嘩でもしたか。」
佐々は、ドナルドだけ、3人とは違う雰囲気が有ると感じていたので、遂に仲違いとなったかと、探りを入れた。
「いや、木曜日の朝、アナコスティア川の岸で浮いているのが見つかった。」
オウルの言葉に、今度は、議員5人と高村が絶句した。
「その後、ドナルドの家族と連絡を取ろうとしたのだが、彼が言っていた郷里の話が出鱈目で、商売も言っていた事が嘘だと分かった。
金回りは、悪くは無かったし、実際に取引を行っている所を何度も見てきた。あれは、何だったのか全く分からん。」
オウルは、吐き捨てる様に言った。
「思い返せば、ドナルドが我々に加わったのは、今回の日本行が決まって、荷を積み込み始めた頃だったな。」
カークは、静かに言った。
「知らぬ間に、マカデミアの袋が荷に入っていて、誰の荷なのかと騒いでいたら、奴が現れた。」
「それに、干し肉も入っていたな。」
ヨハンは、酔いが回り始めた口調になっていた。
「積み込み許可証には、既に記載されておったのだから、奴は、もっと前から居たのかも知れん。」
カークは、沈んだ顔で思い出していた。
「いや。あの許可証は、変だった。許可申請は、俺が一覧を作って、港湾事務所に出した筈だ。
マカダミアも干し肉も、俺はタイプしていない。」
オウルは、今更ながら、変だった事を口にした。
「だが、申請は直ぐに許可されたのだから、タイプし直している時間は無かったぞ。」
ヨハンは、オウルが勘違いしているのではないかといった口調となっている。
「まあ、あんな奴の事は忘れて、飯を喰うぞ。湿っぽい話なんかしていたら、飯が不味くなる。」
オウルは、話を振り払う様に大きく手を振り、場の雰囲気を取り戻そうとした。
それでも、話は、航海についての話題となっていた。
商人団3人は、すっかり出来上がって、甲高い声を上げ、訳の分からない事を言っては、大笑いした。
昼食なので、1時間半程度と考えていた高村は、2時間半を超える頃には、図書館へ寄る予定を諦めた。
給仕が来て、ヨハンに昼の営業時間の終了を告げたので、3時間程で宴を終わる事になった。
店を出る時に、カークは真面目な顔で言った。
「来週の火曜日には、文治さんに来てもらう約束をしている。次は、土壇場での延期はしない様にな。」
「カーク。大丈夫だ。では、諸君。また来週。」
オウルは、両手を振りながら言った。




