ワシントン27
「米国の車の量には驚く。東京の車の量など、殆ど田舎町だな。国力の差を感じずには居られん。」
實小路は、日本と米国を見比べての感想を口にした。
「何を言っておる。日本を出る前から分かっていた事だろう。」
神崎は、實小路の言葉に、今更という反応をした。
「頭では分かっておったが、いざ、目の前に、その状況を突き付けられると、焦りを感ずる。」
「姉尾。お主はどうだ。欧州との比較も含めての感ずるものも有るだろう。」
神崎は、隣に居る姉尾に水を向けた。
「そうだな。欧州は、所狭しと元からの家々が建っておって、そこに無理に新技術を注ぎ込んだ状況だった。
米国は、兎に角広い。郊外に広げておいて、古いものは壊して建て直す事が行われている。だから、活気が続くのだろう。
手狭という悩みとは無縁だ。」
「ケロッグ社を見てきたが、農業も広大な土地を耕しておる。その土地は、我が国の北海道よりも平坦で、肥えておる。
所謂、大地の恵みを存分に活かしておるといった状況だ。」
姉尾に続いて、五陵も語った。
「広大な土地を如何に活かしていくのかという事を念頭に、米国の経済政策は考えられておるという事だな。」
實小路は、話を締めた。
話を締めたのは、リサが辺りを見回して、急いでいる様子だったからである。
「リサ。急いでおるのだな。出ようか。」
リサの横に居た佐々が促した。
「有難うございます。思ったより早く補佐の人達が集まり始めましたので、焦ってしまいました。」
リサは、5人を連れて議会室を出た。
「次は、展示室に行きます。歴代の大統領に関する品々や米国の歴史に関する資料等を展示してあります。」
リサは、5人が付いてきている事を確認しながら、展示室へと向かった。
展示室は、一般の人々も案内人と共に入る事が前提で作られていて、多くの人々が、案内人の説明に耳を傾けていた。
「リサ。今日は確かに観光として、我々は来ているのだが、一般客の様な解説は無用で願えるかな。」
神崎は、リサに釘を刺した。大統領に関する情報は、米国の政策を学ぶ中で、十分に得ている。したがって、記念となる品々を説明されても、嬉しさが無い。
「それよりも、この展示室を設けてある意味が知りたい。一般市民を議事堂の中に入れる事で、騒乱が起きてしまう危険が有ると思うのだが、どうかね。」
神崎の質問に、リサは、諭す様な口調で答えた。
「あら、議員さんが、そんな事を言うなんて、意外ですね。
議会は市民の代表者達が集まって、討議する場でしょ。その代表者が居る場所には、市民が代表者に会いに来て、要望・要求をする事になっているわよね。それなので、議事堂に市民が入れるのは、当然という事になるでしょ。
それならば、市民に、自分が政治に参画しているという感覚を印象付ける事も議会としての施策となります。
その印象付けの一つとして、この展示室という話です。」
「はは。神崎、お前は未だ、爵位で上に立っているという意識が抜けておらんな。」
佐々が神崎の肩を叩いて、嘲笑する様に言った。
「文治君が居たら、もう一ひねりの発言が有ったかも知れんな。」
實小路は、神崎と佐々の間に入って、二人の肩に手を置いて言った。
5人は、リサの手前、そう言ったが、それ以上の目的が有る事を考えていた。
リサは、5人を案内し、各委員会の部屋を見て回り、国務省が使っている会議室で休憩することにした。
「如何ですか。」
リサが感想を求めた。
「うん。凄く手入れが行き届いていて、天井や壁の装飾も綺麗だ。日本の殺風景な建物とは随分違うな。」
神崎は、建物の状態に感心している。
「だが、これを日本の議事堂に取り入れることは考えられないな。」
五陵が、神崎の言葉に続いて意見を述べた。
「恐らく文化が違うからだろうが、日本の議事堂は議事をする場で、政治の象徴という訳では無い。我が国の政治の中心は天皇陛下に在るからな。」
「五陵。米国での中心は大統領なのだから、大統領官邸が中心なのだ。当然、その中心の建物の大統領官邸は、ホワイトハウスという別の建物となっている。」
「皇居と議事堂が別であるのと同じという訳だな。
日本では、皇位は限られるが、米国では市民ならば、政を為す意思と選挙で戦える財力が有れば、大統領を目指すことができる。
政を為す手腕を示す機会として、議会が有るという訳だな。」
五陵は、佐々の指摘に、分っていると言わんばかりに続けて話した。
「もう一つ有る。我が国では、立法府の代表権を内閣に与える方式を採っておる。まあ、国王の在る英国の真似だがな。
天皇陛下に於かれては、実際に立法をされる権限をお持ちで、全ては陛下の勅滋にて発布される。
陛下は臣民の生活を第一に考えての法を定める事を我々議員に求められ、それに従って内閣は動いておる。
他方、米国に於いては、大統領が独自の法案を作って、議会が承認するという方法も許されておる。大統領としての信頼を得るために、大統領官邸も開かれておる。
全ては、市民に対する信頼を印象付ける為の道具という訳だ。」
姉尾は、佐々に続いて、米国議会を語った。
リサは、自分の発言が引き金になって、色々な事が語られたのだが、今迄、意識してこなかった事項が分析されていて、興味深く聞くことができた。
この日本の議員達が、これ程迄に米国を把握しているとは考えてもみなかった。
先日対応した文治が、この議員達と対等に話ができる者だと気付いて、文治が何者なのかと、興味が益々深くなっていった。
会議室には、珈琲と焼き菓子が用意してあって、リサは自分の分だけ珈琲を注いで、何個かの焼き菓子を持って席に戻ってきた。
「あっ、そうか。気付かずに御免なさい。あそこの珈琲と焼き菓子は、勝手にと、置いてあるの。食べますか。」
リサは、ようやく気付いて言った。
「ああ。構わんよ。どれ・・」
實小路は、隅に置かれた珈琲を茶碗に注ぎ、焼き菓子を持って戻ってきた。
他の4人も同様に珈琲と焼き菓子を取った。
「リサ。手洗いでの話だが。」
五陵は、焼き菓子を珈琲で流し込みながら切り出した。
「五陵。お前は、また、リサを笑わそうとしているのか。」
佐々は、不愉快そうな顔で言った。
「いや。佐々、お前の話ではない。
リサ。君が明菜と親しいという話をしておった。その時、何か言い掛けておったと思うが、あれは何だったのかね。」
5人は、リサの顔を見た。
「あゝ、そうでしたね。」
リサは、そう言ってから、暫く、独り微笑んで目を閉じ、そして、「そうね。」と呟いてから、五陵を見て話し始めた。
「初めてお目に掛かった時にも話しましたけど、私は、實小路家にお世話になっています早苗の妹です。
実は、姉から月に一度程度、手紙のやり取りを続けていますの。明菜さんも同じ様に姉からの手紙を受け取っています。
だから、文治さんの事は共通の話題なの。文治さんは、暫く日本を離れているでしょ。今週、私達の所に文治さんが来てくれたから、今度は、こちらから文治さんの状況をお知らせしようと話したのです。」
「そうか。だが、先日は、明菜がリサを見知らぬ様に振舞っていたぞ。」
神崎は、上陸して初日の夕食の事を覚えていた。
「そうね。会ったのは今週が初めて。いつもは、電話だけだもの。」
「はあ。電話なんぞで、そんなに意思疎通ができるのかね。」
佐々は、考えられないといった風に訊いた。
リサは、佐々が言う事が分からないといった顔になった。
「手紙では、一言が返ってくるのに一日掛かるけど、電話なら、その場でしょ。普通に話をしているのと変わらないじゃないの。」
「リサ。普通に話しているというと、どれ位の時間、話をしているのかね。」
「そうねえ。そんなに長くはないわね。まあ、30分位かな。」
5人の男達は、顔を見合わせた。
「30分も話をしていたら、受話器を持つ手が疲れるだろう。」
姉尾が呆れて言った。
「そうかな。そうかも。この前、2時間話してた時は、次の日に腕が重かったから。」
「2時間もか。」
姉尾が、呆れて二の句が継げなかった。
「そう。流石に、電話の使い過ぎと注意されたけどね。」
「一体、何を話す事が有るのかね。2時間も話をしていたら、補佐官としての仕事が止まってしまうだろう。」
佐々は、リサが仕事中に私用の電話をしている事に、呆れて言った。
「えっ、補佐の業務が止まるって・・。あっ、電話をしてるのは、自宅からなんだ。まあ、自宅の電話は国務省が設置してくれて、費用も国務省持ちだから、叱られても仕方が無いけどね。」
佐々は、リサの悪びれない態度に舌を巻いた。
「リサ、その電話は緊急呼び出しの為に設けられておるのではないのか。話し中では、呼び出す事もできん。」
今度は、神崎が指摘した。
「うん。でもね、明菜は日本の国務省の職員でしょ。情報を共有するというのは、殆ど仕事をしているのと同じ。公私の区分は分かっているつもりよ。」
リサの言葉に神崎も黙った。
「ははは。佐々、神崎。文治君の手紙をリサも読んでいるのだ。文治君を相手に論破できんのと同じだな。」
實小路は、二人の肩を叩いて言った。
「そう言う事か。早苗からの手紙の下りで気付くべきだった。」
五陵は苦笑気味に言った。
その後、ホワイトハウスの話や議事堂周りに建つ政府関連の施設、更に、その周りの政府役人達の住宅等について話が及んだ。
色々な話をしていると、直ぐに時間が過ぎていく。
リサに促されて、腰を上げ、5人は玄関へ向かった。
玄関では、高村が懐中時計と睨めっこしながら待っていた。
「お待ちしていました。国立図書館に寄っている時間が無くなってしまいましたので、先に昼食をする食堂へ向かいます。
食後、戻ってきてから図書館へ向かう事にします。さあ、車に乗ってください。」
額に皺を寄せて急がせる高村に「分かった、分った」と實小路は手を振って答えた。
リサは、笑顔で、そんな様子を見ながら、手を振って挨拶をした。




