ワシントン26
議事堂に向かう車の中は、静かだった。時折、高村がヴィンセントに指示をする程度で、他の者は何も語らなかった。
ヴィンセントもザビエルも、議事堂へは20分程の道のりだったので、文治との違いを感じる間も無かった。
運転手が、国務省の者なので守衛の対応も簡単で、高村が一緒だったので、車は正面玄関に横付けされた。
玄関では、リサが待っていた。
「ようこそ。合衆国議事堂へ。今日は、国務省のお客様という事で、案内させてもらいますね。」
今日は、文治が居ないので、どんな案内になるのか、リサは楽しみだった。
木曜日のチャーリー長官との面談では、文治が居たので、色々な内容を話す機会を得たが、今日は文治が居ないのである。
チャーリーは、その後、何故本音を語ってしまったのか、自分でも不思議だと漏らしていた。
恐らく、文治が居たからなのであろうと、リサは考えていた。もちろん、藤神の雰囲気が緩いが頼もしそうで、柔和である事も、要因ではあっただろう。
文治が、航海での出来事を語った際に、要点は突いているのだが、他人事の様であり、船乗りには当たり前の事として語られない内容も話を分かり易くする為に話し、変に引き込まれる話し方が、チャーリーを惑わせたのだと考えていた。
文治との話は、何故か和んでしまうのである。
「リサ。今日は、英語が良いか、それとも日本語にするかね。」
先ず、實小路がリサに問い掛けた。
「んーと、英語でお願いします。日本語で何と表現するのかを忘れてしまった事が少なくないので。」
「そうか。では、英語で話す事にしよう。先ず、便所は、どこかね。朝食で水分を摂り過ぎた様だ。」
リサは、クスリと笑って、案内をした。
五陵以外は、全員手洗いに入っていった。
「リサ。君は明菜と親しいのかね。」
待っているリサに、五陵が尋ねた。
「そうね。彼女は日本の国務省、私は米国の国務省。かなり情報交換をしているわね。でも、それ以上に・・・」
と、言い掛けた所で、神崎が大笑いをしながら、出てきた。
「おい、五陵。佐々の奴がな・・」
「おい、神崎。黙っていろよ。恥ずかしい。」
神崎の後ろから、佐々が続いて出てきて、神崎の腕を掴んで言った。
「良いではないか。ふんどしと手拭きを間違えて持ってきた事位。誰だって有る。」
そう言って、神崎は、また、笑った。
リサは、目を丸くして、暫く考えてから、火が点いた様に笑い出した。
リサは、壁に片手を付けて30秒ほども笑い続けた。
手洗いから出てきた實小路も、姉尾も、リサの笑いが止まらない事に当惑した。
ようやく、笑いが収まったリサは、目に涙を浮かべながら、「御免なさい。」と言った。
「久し振りに大笑いしちゃいました。フフ。」
未だ、顔は笑ったままである。
「米国人は、手拭きを持ち歩かない人が多いんですよ。胸ポケットに入れている人を、たまに見ますけど、それを使う人なんて、見た事もありません。日本人は、清潔好きなのですよね。」
そう言って、また笑った。
「何かね、手拭きというのは。」
姉尾が尋ねた。
「まあ、そんな事よりも、便所の前で時間を使うのは勿体無い。案内をしてもらおう。」
實小路が、話が長引きそうと判断して、皆を促した。
「あっ、そうだった。議会が始まる前に、議事室を見せておこうと思っていたの。議会の準備が始まる迄に、後30分しか無いわ。急ぎましょう。」
リサは、先程迄の表情を崩していた状況と一変し、真面目な顔で言った。
「上院も下院も、基本的には同じなので、下院を案内します。」
リサは、少し早めの歩きで先導しながら、言った。
ところが、何も反応が無い。
振り返ってみると、5~6m後ろで、立ち止まって何かを話している。
リサが、にらんでいる事に気付くと、小走りでやって来た。
「もう。ちゃんと、付いてきてください。他は、後で、ゆっくり見てもらえます。」
「やあ、済まん。色々な所に施されている模様や絵画に、思わず感心してしまったのだ。」
神崎が、歩きながら言い訳をした。
程無く、議会会場入り口に着いて、リサは5人を導き入れた。
「どうぞ、こちらです。」
「大きさは別にして、大して日本と変わらんな。かなり、余裕が有るのだから、議会が開催されている最中に、我々が見学しておっても邪魔にはならんだろう。」
神崎は、リサが急いでいる理由が分からなかった。
「米国の会議では、補佐員を数名連れて座ります。一人が数名連れですので、殆ど満員状態となるのです。
私達が見学している余裕は、あまりありません。ですから、急いでいるのです。」
リサは、急いでいる理由を述べた。
「そうなのかね。議員だったら、議会に臨むに当たって、議案について、事前に勉強しておくべきだろう。
全く、公僕として有るまじき対応だな。」
五陵は、補佐員が何の為に居るのかを聞かずに言った。
「五陵。理由が有っての補佐員同席だろう。仮にも地域の代表として来ているのだから、全く無知という訳でもあるまい。」
實小路は、五陵の軽蔑した様な発言に釘を刺した。
「そうですね。毎回、何百もの法案が提出されてきますので、議員は全てに対して把握できている訳では無い状態で、議会に臨まざるを得ないそうです。
補佐員が手分けして法案を整理して把握し、必要に応じて、法案の内容だとか、課題だとかを議会の中で伝えるらしいのです。
議員本人は、主だったものは目を通して、本当に議論となると予想される案件を事前に検討する様です。」
リサは、解説とも、議員擁護とも取れる言い方をした。
「何百もの法案が、毎年提出されるのか。一人一法案以上だな。」
リサの言葉に、神崎は驚いた。
「まあ、大半は大した内容では無かろう。
下院の者達は、各地域から選出された者なのだから、自分の地域に有利となる事を提案するのではないかな。
それと、黒人の扱いについても、色々と出ているだろう。人権擁護や逆に弾圧するといった事だろう。
それらの法案全てが独自の法案という訳でもあるまい。」
實小路は、推定した内容を口にした。
實小路は、日本を出る前に通した法案を作る為に苦労した事を思い出していた。
そして、同時に起きた文治の誘拐、その後明確となった、米英仏露の諜報者達。その暗躍に対抗するために働いてくれている吉次や真鍋は上手く動けているのだろうか。
今更ながら、自分だけでも日本に残っておくべきだったのかも知れない。
多羅尾は、全てを引き受けてくれたが、手を焼ているのではないだろうか。
「どうした、實小路。難しい顔をして。」
姉尾が声を掛けてきた。
「いや、今頃、日本はどうなっているのかと思ってな。」
「そろそろ、日本からの状況報告が届くと言っていたのは、お前だろう、實小路。違うか。」
「うん。明菜に電信を送ってもらったからな。」
實小路は、目の前を見る状態に戻った。




