18日目、すなおに。
今日も寒気がしない。
息を切らしながらゴールへ向かう。
丁寧に四っつに折りたたまれた地図をもう一度開く。
丁寧な直線と記しがつけられている。
どうやらこの赤い丸が今目指しているところらしい。
まるでこのことを予想していたかのような用意周到さ。
ほんとに、感謝してもしつくせない。
5分だろうか。
あっという間の道のりの答えが目の前にある。
門があって結構立派な家だ。
インターホンに人差し指を置いたらきっと出てきてくれる。
でも、なんて伝えよう。
うまく伝えられる自信がない。
こういうときに友人なら……。
ガチャ
そんなことを考えているうちに誰かが扉をあけた。
とっさに塀に隠れる。
逃げているようで本当に情けない。
少し顔を出してのぞいてみる。
目が合った。
「あ、の、のぞみさん。」
決心せざるを得ない状況で身体を全て見せる。
のぞきみさんは急いで扉の方へ戻り勢いよく閉めた。
伝えたいことがあるのに。
もう心が砕けそうだ。
インターホンに手を伸ばす。
あと5cm、というところで勇気が出ない。
ガチャ
扉をぶっ放しながら近づいてくる。
『ごめん!入って!』
~*~*~*~*~*~*~
なるほど。
これが平均的な女子の部屋なのか。
どっかのお嬢様の家はやはり異常なのか。
いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
のぞきみさんはなんだかモジモジしている。
ちゃんと伝えなきゃ、自分の思いを。
「あ、のさ。」
チラリとこちらをみてまた視線を下に向ける。
自分もつられて下を見る。
このままじゃいけない。
「元気だった?」
こんなことを聞きに来たんじゃない。
落ち着け、落ち着け。
キュキュキュ
『元気だったよ。』
「そっか。」
また二人モジモジしてる。
とても、もどかしい。
ムズムズする。
ホワイトボードの文字を消して何かを書く。
けどそれをすぐに見せてくれない。
なんて書いたんだろう。
いや、自分から。
変わる。
「あのさ」
『あのさ、』
ホワイトボードと言葉が混じる。
っ、と言葉を詰まらせ言葉を続けた。
「ごめん、自分から言わせて。」
強気で。
のぞきみさんは頷く。
「のぞみさんがいないと寂しい。」
「なんで最近いなかったのかはよくわからない。」
「けど、寂しかった。」
「なんか、うん。」
うまく伝えられない、けど素直な気持ち。
ちゃんと伝わっている、はず。
のぞみさんは小さく頷きながら話を聞いてくれた。
そしてホワイトボードに記す。
『私も寂しかった。』
『って言っても自分が会いにいかなかったんだけどね。』
『本当はいつも通り行きたかった。』
『けど怖かった』
『またあの日のように人に嫌われるのが。』
「あの日……?」
ホワイトボードを持つ手が震えている。
もしかしたら聞かない方がよかったことなのかもしれない。
迂闊に質問をしてしまったことに後悔する。
このままスルーしてくれと心の中で願う。
『私の夢、アナウンサーだったの。』
えっ、と声を漏らして驚いた。
喋らないのぞきみさんが、アナウンサー。
のぞきみさんの声が聞いたことがある。
綺麗な透き通った声。
何故その声でもっと話してくれないのだろう。
どこまで踏み入っていいのか分からず、質問ができない。
『小学校の頃、放送部だったの。』
『給食のときもワクワクしながら放送してた。』
『けどいつからだったかな。』
『クラスの皆があの声キモくね、聞きたくないって。』
『なんでそういうことを言い出したのかはわからない。』
『ただ、本当に突然でどうしていいのか分からなかった。』
のぞきみさんの目がじんわりと赤に染まっていく。
そうだったんだ。
兎だったんだ。
1人で抱え込んで、寂しい思いをして。
鼻のすする音が聞こえる。
目線を自分の手元に落とした。
何か、伝えたいこと。
「大丈夫だよ。」
のぞきみさんの目を見つめる。
これが、伝えたい思い。
「自分が付いてるよ。」
周りからなんと言われようとも、自分が付いてる。
これが自分なりの答え。
正しいかは分からない。
ただ、今伝えないと後悔する。
のぞきみさんは驚いた表情で目を少しピクリとさせる。
それから大粒の涙をこぼす。
手でそれを拭い、大きく深呼吸を一つ。
そして、
マスクを外して
満面の笑顔で
こう言ったんだ。
「ありがとう。」
そうなんだ。
やっと気づいた。
この胸のモヤモヤ。
簡単なことだったんだ。
のぞきみさんが好きだったんだ。
今日も寒気がする。
しばらく見とれていた。
するとのぞきみさんは続けてこう言った。
「そういえばさっき玄関で立場逆転してたよね?」
あ、確かに。
「って、え、うん。」
頭が付いて行かなかった。