七
「よく言った、駿河」
そのとき、僕の絶叫に呼応する声がひとつ。
凛とした響きを持つ声音は、僕の名を呼ぶときに仄かな優しさを帯びた気もした。
嘘だ、なんでこの人がここにいるの。
俄かに信じ難さを感じ、自分の幻聴ではないかと思いながら、ホールの入り口に目を向ける。そこにいたのは、気高きこの学園の先導者。僕が一番、会いたかった人。
「九藤……!?」
生徒会長九藤隆雪は、何物にも囚われない風格を纏ってそこに立っていた。
「九藤様っ!?な、なんでここにっ……!?」
白石が動揺を露わに、手にしていた金属バットを取り落とす。当然だろう、後ろ暗いことを最も見られてなくない人に見られてしまったのだから。
だが、九藤はその隙を逃したりしない。
「今だ委員長!行け!」
九藤の合図を瞬時に理解した委員長は弾かれたようにステージへ駆け上がり、烏谷に体当たりを食らわせた。よろめく烏谷から、僕を引き剥がす。
「おい駿河っ、怪我はねえか!?」
「……っ、はい、問題ありません」
そうこうしている間にも、ホールの入り口からは続々と風紀委員の面々が入ってくる。彼らは抵抗するF組連中をあっという間に鎮圧した。
残るは、ステージの片隅で様子を伺う烏谷と、顔面蒼白で狼狽する白石のみだ。
こちらにゆっくりと歩み寄ってきた九藤は、白石を正面からじっと見据えた。
「く、九藤様……違うんです!僕じゃなくてっ、烏谷たちが勝手に!」
震えながら弁解する白石。烏谷が「結局は俺らになすりつけるのかよ」とつまらなそうに呟くのが聞こえた。
尚も弁解を続ける白石に、九藤は告げた。
「見損なった」
と、それだけ言って踵を返す。白石はこの世の終わりみたいな顔をして、その場に座り込んでしまった。
見損なった。それは僕に向けられた言葉ではないのに、こっちまで背筋が凍った。あの言葉は僕や白石のような、九藤を敬い慕うことを重んずる人間にとって、死刑宣告のようなものなのだ。
そんなことをぼんやりと考えていると、九藤がいつの間にか目の前にいた。ゆっくりと目を合わせる。交差する視線。深い色を湛えた九藤の瞳孔。
僕が睡眠薬を入れたことを、怒っているのかもしれない。
こんな無茶をして周囲に多大な迷惑をかけたことを、怒っているのかもしれない。
怒られるのは、嫌だ。だから僕は言い逃げした。
「ーー誰よりも好きです、九藤。僕と付き合ってください」
もう何百回目かわからない告白と、初めての交際の申し込み。
九藤の手を握り微笑んだところで、僕の視界は今頃になって歪み霞む。頭部を打ったのだから当然だ。
できれば色よい返事をもらえたらいいな、なんて思いながら、僕は意識を手放した。