五
九藤の親衛隊を取りまとめる隊長、白石。
女の子と見紛うような愛らしさで、はにかみながら笑う彼の姿はまるで天使のようだった。
長身で王子様のようだと言われる、どう頑張っても可愛いとは形容されない僕にとっては届かない存在。
誰にも言ったことはないけれど、本当は白石が羨ましくて羨ましくて、そして妬ましかった。
僕は九藤が好き。大好き。愛してる。
でも、僕なんかより白石が九藤の隣に立っている方が、よっぽど様になる。
だから僕は、九藤に愛しているとは言えるけど、付き合ってほしいとか、そういった類のことは言えない。
例えば、僕が白石を助けに向かわなかったら、どうなるだろう。
きっと白石は烏谷に手酷く扱われ、傷ついて鬱ぎ込む。……そうなっちゃえばいいのに。
ああ、駄目だ駄目。これ以上考えたらいけない。こんな汚いことを考えたら九藤に嫌われてしまう。
僕はこの身に代えても助けなければならない。あの可愛い親衛隊隊長を。
***
扉を開けた途端、眩いライティングに僕の瞳孔が反応する。
なんとか瞬きを繰り返して目を凝らすと、ホール内の最奥、ステージにことの発端、要因の男が立っていた。
大きく息を吸い込み、僕は叫ぶ。
「烏谷、そこまでです!白石隊長を解放しなさい!」
その声にホールの中にいた烏谷派閥のF組面々は僕に気がついたようで、警戒を露わにする。烏谷本人も例外ではない。彼はその軽薄そうな笑みを僕に向けた。
「あれ、副会長のカナメちゃんじゃん」
いつも遠目に見るか資料で見るかしかなかった校内随一の問題児、烏谷。
名前の通りカラスのような風貌の奴で、自分は捕食者であると言わんばかりの満面の笑みに、少したじろいてしまう。
しかしその怯えは、表情からは一切排せねばならない。こちらの動揺を悟られれば不利な状況が更に不利になることは間違いない。
だから僕は、勝利を確信した笑みを無理矢理貼りつける。
「んだてめえ、副会長ぉ?お呼びじゃねえんだよ!」
「烏谷さんの伝言聞いてねえのか?」
「つーか、単身で乗り込んでくるとか舐めすぎだろ、副会長サン?」
F組連中は威圧感を漂わせながら僕を取り囲もうとする。しかし、それを制したのは他ならぬ烏谷だった。
「待てよお前ら。そんな警戒すんなって、たかが副会長ちゃんだろ?」
たかが、副会長。あんまりな言い草にこめかみが痙攣しかけるが、なんとか思い留まる。ここで逆上して、こいつら全員を相手にしようとすればが悪いのは、理解している。
烏谷は依然、ステージから動く気配がない。僕は座席の間を縫って、ゆっくりと烏谷の方へと向かう。
「それにしてもおかしいよなあ。俺は確か、カナメちゃんじゃなくて会長サマの方を呼び出したんだけどな?」
「貴方如きで九藤の手を煩わせるわけにはいきません」
「くはっ、言うねえカナメちゃん」
眉を顰める。その呼び方は気に入らない。
「でもいいのかねえ、そんなことして。会長が来ないとなると、白石くんがどうなっても文句はつけられないよ?」
とうとう僕はステージの上に辿り着く。烏谷と真正面から対峙した。黒々とした目は直視していると吸い込まれそうになって足が竦む。
目を合わせるだけでわかる。こいつは頭の悪い不良の頭ではない。とても狡猾で、計算高い。少しでも油断すれば喉元に噛みつかれる。
冷や汗が滲む背筋に気づかないふりをして、僕は答えた。
「そのことで貴方に相談があって来ました、烏谷」
「おいっ、駿河っ!」
僕の台詞に半ば被せるように、遠くから名を呼ぶ声が聞こえた。風紀委員長が追いついてきたらしい。
思いの外早く追いつかれてしまった。篠井隊長の保護でもっと手間取るかと思ったのに。でも、来てしまったものは仕方がない。僕は構わずに続けた。
「白石隊長は人質なのでしょう?九藤にどんな要求があるのかは知りませんが、人質なら誰でもいいはずです。僕と白石隊長を交換しなさい」
「駿河っ!?ふざけんじゃねえ!」
委員長が向こうで息を飲み、こちらに駆け寄ろうとしているのがわかる。だが、立ちはだかるのはF組の面々。いくら委員長が強くても多勢に無勢では厳しいだろう。
好都合だ。委員長がここに辿り着けば、なんとしてでも僕を止めにかかるだろうから。
僕は副会長として、一般生徒の安全を第一に確保する。
……嘘。それは建前で、九藤に失望されたくないから、九藤の親衛隊の隊長である白石を保護する。きっとここで人質に取られているのが他の誰かだったら、僕は自分の身を差し出したりしていない。
そういう利己的な人間なんだよ、僕は。
烏谷は僕の提案にきょとんとして、それから挑発的ににやにやと笑った。
「ふうん?だってよ、どうするの白石くん?」
「……え」
僕に向けてそう尋ねる烏谷の意図が一瞬わからなかった。僕?いや、僕じゃなくてーー僕の真後ろ。
「駿河、後ろだっ!」
委員長の叫びを聞くと同時に、頭部に衝撃。勢いよく頭を殴られた。
飛びそうな意識をなんとか踏み止まらせ、ふらつきながら振り返る。そこにいたのは、可愛らしく微笑みながらも、手に金属バットを握る男子生徒。
「こんにちは、副会長様」
「……しら、いし、隊長……」