四
講堂の前まで辿り着くと、そこには人溜まりができていた。
人集りを掻き分けた先には、蹲り震えている小柄な少年と、彼を支える顔面蒼白の生徒たちがいる。
「おいお前ら、何があった?」
怒鳴り散らしたい衝動を抑えているような声音で委員長が問う。
顔を上げた少年は口を動かしてはいるものの、がたがたと震えていてなかなか言葉が出てこない。彼の周りにいた者たちが、「講堂にいたところをF組の烏谷に襲われて逃げてきた」と代弁する。
すると突然、俯いていた少年が僕をじっと凝視した。かと思えばみるみるうちに顔をくしゃりと歪め、僕に飛びついてきた。
「すっ、駿河副会長様っ!」
戸惑いながらも少年を受け止めると、彼は大粒の涙をぼろぼろと流し始めた。
「どうしたんです?ほら、泣かないで」
「ご、ごめんなざっ……ごめんなざい!」
「ああ、駄目です。無理をしないで、落ち着いて」
あまりにもしゃくりあげて泣くものだから呼吸すら落ち着かない彼の背中を優しくさする。
彼は僕の制服を皺ができるくらいぎゅっと握り締め、途切れ途切れの声で言う。
「ほんとに、ごめんなざいっ……!おれ、烏谷がこわくて、にげましたっ!襲われそうになっでっ、そこを会長ざまの親衛隊長が庇ってぐれたのに、おれ、見捨ててきちゃって……!」
「九藤の……?」
脳裏に浮かんだのは、可憐で可愛らしい容貌をした九藤の親衛隊の隊長、白石。あんな嗜虐心を誘うような見た目のあの人が、気性の荒い烏谷一派の中に放り込まれていたらーー。
容易につく悲惨な未来に冷や汗が伝う。
九藤は、もしも自分の親衛隊の者が傷ついついたらどう思うだろう?
僕の頭の中を駆け巡ったのは、『白石がどうなるか』ではなくて、『九藤がどう思うか』であった。
もし白石が傷つくような事態になったら、きっと九藤は僕に失望する。僕はそれに、耐えられない。
「委員長、中に乗り込みましょう」
だから、何があっても彼を救い出す。
僕の提案に委員長は険しい表情を浮かべた。
「その細い身体でか?」
「止めても無意味です」
「わかってる。いいだろう、俺について来い。だが約束しろ、俺から絶対に離れんな」
委員長の条件に頷き、泣き崩れる彼を周囲の生徒に預けて、僕等は講堂の中に進入していった。
照明が落とされているようで、入ってすぐのロビーは薄暗い。ところどころに荒らされている形跡すらある。
途中、殴りきってきた見張りらしきF組の生徒数人を、委員長は軽々いなして見せた。
そうして着々と奥に進み講堂のホールを目指していたときだった。
「……誰か来る」
先頭を行く委員長が小さく囁き警戒する。よく目を凝らしているとーーそこにいたのは、負傷したらしい足を庇いながら歩くひとりの生徒。
「……っ!貴方はっ、」
間違いようもなく、僕の親衛隊の隊長であった。
彼は僕の姿を見るなり、その華奢な体躯に似合わないような恐ろしい声で怒鳴った。
「駿河様!何故ここに来たのですかっ!?」
物凄い勢いで責め立てられたせいで、一瞬だけ自分が悪いような気がしてしまったが、僕も負けじと怒鳴り返す。
「それはこっちの台詞です!貴方こそこんな危険なところに留まるだなんて!」
「俺もそれには同意だ。駿河の親衛隊隊長……確か、篠井だったな。何故ひとりでこんなところにいる?隙を見て抜け出すこともできたはずだ」
僕と委員長、双方から諌められ、篠井隊長は俯き拳を握りしめた。
「…………ですか」
「……なんです?」
「仕方ないじゃないですかッ!あんたたちの行動が遅いから、僕はここに留まって打開策を探してんですよ、風紀委員長!」
怒りに打ち震える隊長の次の言葉を聞いた瞬間ーー僕の思考はカッと熱を帯びる。
「今にも白石が烏谷に犯されそうだっていうのにっ、風紀はいつまで経っても助けに来ないっ!僕がどうにかしなきゃいけないって思うのが普通じゃないかっ!」
白石が。九藤の親衛隊隊長が、犯される?
そんなことーー絶対に許されない。
「ごめんなさい、委員長!」
絶対に離れないという約束を守れなくて、ごめんなさい。
「待て駿河!」
委員長の制止の手が伸びてきたが、僕はそれを振り切って奥へ奥へと走り出した。
ありがとう、篠井隊長。ここから先は僕が行くから、安心して。
心の中で隊長に呟き、ホールめがけて全力疾走した。幸い見張りは委員長がのした奴らで全てのようで、邪魔は入らなかった。
とうとう見えてきたホールへ繋がる扉。息を切らせながら、半ば体当たりするようにその扉を開け放ったーー。