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副会長の恋愛迷走日誌  作者: 回めぐる
副会長の恋愛迷走日誌
4/22

『睡眠薬効いたみたい。かいちょーはぐっすり寝てるよ』

「そうですか、ありがとうございます。会計も自分の仕事に戻ってください」

『あーうん、別にこのくらい構わないんだけどさあ……いいの?こんなことしちゃってさ』

「いいんですよ、九藤は働き過ぎです。適度な休息は必要でしょう?」

『ふくかいちょーも大概ワーカーホリックだけどね……』


 僕は会計のぼやきを聞こえないふりをして通話を切った。


「さて、僕も見回りを始めますか」


 学園祭ということであちこちが騒がしい後者の廊下を眺めながらぽつりと呟く。

 この見回りは危険防止のためだとかなんとかで、本来二人一組で行うものである。僕のペアは九藤だ。

 しかし九藤は僕の策略により、睡眠薬入りホットミルクで夢の中。僕は一人で行動することになる。

 ばれたら風紀委員長に怒られそうだなあと思わなくもないが、まあ仕方がない。僕の世界は九藤を中心に回っているのだから。

 風紀委員長に見つかりませんように、と心の中で祈りながら、僕はクラス巡回を始めた。



 ***



 見つかってしまった。


「常々思っていたが、お前は本当に馬鹿野郎だな!」


 そして怒られた。

 一人で行動する僕を見つけて手近な喫茶店をやっているクラスに連れ込んだ風紀委員長は、コーヒーを頼みながら僕を怒鳴った。

 しかし僕も負けじと反論する。


「失礼ですね。馬鹿は馬鹿でも僕は親バカならぬ九藤バカです」

「馬鹿言うんじゃねえ!お前のまたいな奴は九藤廃っつーんだよ!」


 九藤廃。結構いい響きだ、気に入った。

 そんな僕を風紀委員長は呆れを通り越して可哀想なものを見るような目で見た。


「駿河。お前な、なんのために二人一組で見回りをすることになったか覚えてんのか?」

「危険防止です」

「そうだ。このホモの巣窟でお前ら生徒会みたいな美形共がふらふらしてみろ。ぺろっと食われるぞ」

「なんと!それでは九藤の貞操が危ない!確かに必要ですね、二人一組制度」

「……お前、自分が生徒会副会長っていう自覚あるのか?」


 委員長の視線が可哀想なものを見る目から残念なものを見る目に変わった。何故。


「それで、お前これからどうするつもりだ?」

「そりゃあもちろん、九藤抜きで見回りを続けますが」


 九藤は寝ているし。

 委員長は額に手をやって溜息をつき、観念したとばかりに頷いた。


「しゃーねえな。俺がついてやるよ」

「え、ほんとですか?いやー嬉しですねありがとうございます」

「お前、九藤以外に迷惑かけることは躊躇なしなのな……」

「いえ、それほどでも。なんせ、僕の世界は九藤を中心に回ってますから」

「言っとくけど褒めてねえからな?」



 ***



「つっかれたぁ〜……」


 生徒会室のドアを開けるなり俺は自分の机、会計席に倒れこんだ。

 学園祭一日目ももう後半戦、時刻は二時過ぎ。風紀委員会の副委員長とペアを組んで見回りをしていた俺もつい先程、やっと仕事から解放された。

 もうフリーなのだから遊びに繰り出してもいいのだけれど、俺は生徒会役員で、しかも下半身の緩さに定評がある。校内をほっつき歩いたりすれば、


『遊佐様ぁ!今日もかっこいいですっ!』

『会計様、抱いてー!』


 とまあ、こんな様子で休まるものも休まらない。

 そんなわけで、生徒会役員に避難してきた次第である。

 机に伏せっていた顔を上げると、ふと副会長の席が目に入った。

 今朝、会長を除く俺たち生徒会役員に忠告した副会長の姿が脳裏に浮かぶ。


『九藤の仕事は全部僕が引き受ける、異論は絶対に認めない。わかりましたか?』


 九藤会長が仕事疲れしている。それはもちろん、わかってる。俺や庶務の花見、書記の狗飼に比べると相当な量の書類を捌いているうえ、見事に生徒を統率していた。

 けれど、それを言ったら駿河副会長の労働量も相当なものだ。会長と同等の仕事をこなしているし、表立った役割はないものの、いつも会長のサポートに回っていて抜かりがない。

 副会長だって、疲れているはずなのに。

 考え始めれば止まらず、頭の中を埋め尽くすのは会長と副会長のことばかり。

 俺は耐えきれなくなって席を立ち、仮眠室をこっそり覗いた。恐る恐る忍び込み、会長の顔を窺ってみる。

 睡眠薬によって眠りに誘われた会長は、今朝に俺が仮眠室に運んだときと変わらず、未だベッドで寝息を立てている。寝ているにも関わらず、眉間の皺は健在だ。


「……ふくかいちょー、大丈夫かな」


 頼りになることは確かだが、なんせ副会長は一般生徒に儚げな王子と評されるくらいの人である。いい加減そろそろ過労で倒れるんじゃなかろうか。

 ああ、もしもそれが現実になってしまったそのときは、


「かいちょーが支えてあげなくちゃいけないんじゃないの?」


 昏々と眠り続けるその人からの返事は、当たり前だが、なかった。



 ***



 時刻は三時ちょうど。学園祭一日目も終盤に近い。


「ーーというのが、僕と九藤の馴れ初めですかね」


 僕こと駿河要は、風紀委員長と共に校庭の仮設ベンチで小休憩を取りながら、九藤と僕のラブメモリーズについて語っていた。

 もっとも、まだラブになるまで至っていないのだが、そこは予定ということで。


「さて、次は中等部三年愛の修学旅行編について語りましょうか」

「おいちょっと待て俺はいつまでこの惚気を聞かされるんだ」

「あれはフランス、パリ市内観光のときのことでした……」

「お前ら、それで付き合ってないのホント不思議だわ……」


 遠い目でツッコむことをやめた委員長は、どうやらだいぶ僕の扱いに慣れてきたらしい。

 そこで僕は、改めて意外な事実に気づいた。


「そういえば僕、委員長がこんなに話しやすい人だとは思ってませんでした」


 風紀委員長である彼は、一応風紀委員を束ねる立場であるからか服装はきっちりしているし素行にもなんの問題もないのだが、話し方が粗雑というか、そういうところに、僕は無意識に近寄り難さを感じていた。

 しかし、話してみればフレンドリーで、会話をしていて波長が合うように思える。

 すると委員長は、おもむろに僕の頭をぐりぐりと撫で回した。


「な、なんですか」

「それはこっちの台詞だっつの。副会長が会長にご執心ってのは校内でも有名な話だけどな、まさかお前がこんなに頭オカシイ奴だとは思ってなかったわ」

「どういう意味ですかそれ」

「意外と仲良くやれそうだなってことだよ」


 そう言ってニッと笑う委員長の表情は、年相応に少年らしい。

 ……確かに、僕も委員長とは仲良くなれそうな気がしなくもない。

 久方ぶりな友情の芽生えに密かに感動を覚えかけていたまさにそのときーー事件は転がり込んできた。


「ああ!こんなところにいたんですか委員長!?」


 息を切らせ顔面蒼白で走ってきたのは、ひとりの生徒。恐らく風紀委員だ。

 瞬間、委員長の纏う雰囲気が一変する。緊張で張り詰めた凛々しい表情。

 ……あ、こういうところは九藤にそっくりだ。


「何があった」


 低い声で尋ねられ、風紀委員の生徒は肩で息をしながら声を絞り出す。


「こっ、講堂がに組の問題児等が乗り込んできてっ、一般生徒が人質にっ!」

「Fだと……!?くそがっ、また烏谷からすたに共か!」


 苛立った委員長が吐き捨てた名には僕も聞き覚えがあった。

 問題児が集まるF組と言っても、派手にやらかすのは一部に過ぎない。その一部をまとめ上げ頂点に君臨しているのが烏谷という生徒だ。

 ああ、なんてタイミングの悪い。折角九藤に休んでもらい、学園祭も滞りなく進んでいたというのに。

 しかし、不幸中の幸いというべきか、九藤が眠っていてくれてよかった。もしも九藤が起きていてこのことを耳に入れれば、自ら収束に向かってしまうだろう。


「それで、あいつらの要求はなんだ!?」

「会長を呼び出せって……!」

「九藤か……よし。おい駿河、今九藤は何処にーー」

「行かせませんよ」

「……は?」


 ピシャリと断言した僕に委員長は虚をつかれた顔をして、一瞬にして厳しいものへと変わった。


「おい駿河、ふざけんのも大概にしろや。暴れた烏谷は一般生徒に危害を加えるかもわかんねえんだぞ。てめえがいくら九藤を気遣いたいからって、そんな滅茶苦茶な尺度が通用すると思ってんのか?」

 

 脅すような口ぶりで、風紀委員の子はびくりと震えた。

 だけど僕は怖くない。九藤が過労で倒れてしまう方がよっぽど怖い。


「ふざけてなんかいませんよ。僕が代わりに行けばいい話です。僕は“副”会長ですから」

「てめえが行ってなんになる」

「九藤の代わりに場を収めます。それに、いくらここで口論したって無駄ですよ。九藤は絶対に来ません」

「なんだと?」

「来ないんですよ。だって今頃、夢の中ですから。睡眠薬はよく効いてると思いますよ」

 

 にっこりと笑って答えれば、委員長は舌打ちまじりに「策士が」と呟いた。

 その通り、僕は策士だ。九藤に健やかに会長の役目を執行してもらうための、生徒会の参謀。


「おい園田ァ!」

「ははは、はい!」

「会長は来ねえ、駿河を講堂に連れて行く!本部への伝達はできてるな!?」

「はひっ!もちろんっす!」

「よし!ならてめえは頭数揃えて後から来い!」

「了解しましたぁっ!」


 飛び上がる勢いで走り去っていく風紀委員くん改めて園田くん。

 僕はそれを横目に、自分も講堂に向かって走り出していた。


 九藤はいつだって立派に会長の役目を果たしていた。

 僕はそんな九藤の姿を後ろから見つめながら、ずっと思ってた。九藤の役に立ちたい、九藤に必要とされる人間になりたいって。

 ねえ九藤。これから僕がいかに役に立つ人間かを証明してみせるよ。

 証明できたら、九藤は僕を傍に置いてくれる?


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