ニ
「これより第××回、青藍学園蒼穹祭文化の部を始めます」
ステージの上で全校生徒に開会宣言をする九藤の背中は、やはり凛々しくて見惚れてしまう。
二徹を思わせない威厳だ。本当は眠くて眠くて仕方ないだろうに。それでも九藤は、それを全校生徒には全く悟らせずに最後まで振る舞うのだろう。
これだから九藤には敵わない、好きだなあ。
この開会式が終わったら、九藤を思いっきり休ませてあげよう。
「ちょっとふくかいちょー?」
仮眠室の準備はできている。あとは九藤の好きな蜂蜜入りホットミルクを用意するだけだ。甘い物が好きだなんて、ああ格好良くて可愛いとか最強だ。
「ふくかいちょー、するがふくかちょーっ」
「……ああ、貴方ですか会計。なんです?今は集会中ですよ」
こそこそと耳元で囁いてくる会計を諌める。しかし会計は、「それはこっちの台詞だよっ」と僕を睨んだ。
「ふくかいちょーってば、何にやけてんのっ?」
「……え、にやけてる?」
しまった、顔に出ていたらしい。
「すみません、九藤のことを考えていたら、つい」
「どんだけかいちょーラブなのさ……」
会計は目線は前を向いたまま、小さく溜息を零した。
ああそうだ、会計にも言っておかなければ。
「会計、これが終わったら九藤を休ませます。ですから、くれぐれも問題は起こさないように」
「は?何言ってんの、休ませる?」
「そうですよ。まさか会計、貴方はかれこれ二日は寝ていない九藤をこれ以上働かせる気ですか」
「いや、そりゃあ大変かなって思うけどさあ、かいちょーだって見回り当番があるじゃん」
「ちょっとお、駿河先輩も遊佐先輩もいつまでこそこそ話してるんですかぁ」
そこで、反対隣にいた庶務から注意を受けてしまう。
「ああ、すみません。とにかく会計、それから書記も庶務も、お願いしますね?」
九藤に迷惑をかけるようなことだけは絶対にしないように、ね?
そう含みを持たせた目で皆を一瞥する。
会長の分の仕事?そんなもの、僕が全て消化してやるに決まってるだろう。
***
会計の遊佐が発したその言葉に、俺こと九藤雪隆は思わず訊き返した。
「休めだあ?」
不機嫌さを露わにした俺の声に、遊佐はびくりと身体を震わせた。
「そ、そう。ふくかいちょーからの伝言で、今日の見回り当番の時間は仮眠を取って、休憩になる午後からは一緒に出し物回りましょう、愛してますよ、って」
「あんの馬鹿……!」
何が愛してますよ、だ。俺が仮眠を取ったら誰が代わりに見回りをするというのだ。風紀も手一杯の状態だというのに。
俺はあいつ、駿河要が用意していったマグカップの中身を睨みつけた。
気に入らない。
好きだの愛してるだの言っておきながら、いつも肝心なところで俺に頼らないあいつが気に入らない。
あのときから、同じ部屋になって初めて話したときから何も変わってない。
『家事?そんなの僕がやっておきますから、構わないでください』
『貴方に料理なんてさせませんよ。ゆっくりしててくれればいいんです』
駿河はいつもそう、俺に何も求めない。
色恋に関してだってそうだ、あいつはスキスキ言うくせに、付き合ってほしいとか愛してほしいとか、そういう希望は一切口にしない。そもそも、本当に俺を好きなのかも疑わしい。
「……ちっ、くそっ!」
苛々をぶつけるようにホットミルクを飲み干した。蜂蜜入りのそれは俺の好みに作られていて、とことん駿河に甘やかされている自分が嫌になる。
「とにかくっ、あいつの指示は受け付けねえ。自分の持ち回りくらい自分で、こな、す…………」
突然、ぐらりと頭が傾いた。
おかしい。瞼が、重い……眠い。
くそ、謀りやがったな、あいつーー。
「ごめんね、かいちょー」
最後に俺の目に映ったのは、申し訳なさそうにマグカップを持つ遊佐の姿だった。