七
数少ない中等部からの途中編入生の中で、俺が深く関わった人物は、主にふたり。
一人目は言うまでもない、我らが会長、九藤雪隆会長だ。俺が生徒会入りした頃から既に会長職に就いていた彼は、駿河要副会長と共に、俺たち役員を先導して、現在の生徒会を構築していった。
そして二人目。……こっちも、きみがよく知ってる人物だと思うよ。
えー?わからない?ならヒントね。それは、今俺の目の前にいる人。
そう。きみだよ鳴滝、なるたっちゃん。
「こりゃまた、俺のルームメイトはやたらと美人さんだな」
270号室の扉を開けると、中にいた黒縁眼鏡のルームメイトは人好きのする笑顔でそんな冗談を言ってのけた。
活発そうで清涼な雰囲気といい、爽やかな印象の短い黒髪といい、学園の生徒とは少し違う存在感を持つ彼は、入学式で左胸に付けていた造花と名札を外して俺にひらひらと見せる。
『一年A組 鳴滝禅』。同じクラスだ。
「俺、鳴滝禅。中等部からの外部生なんだ」
「鳴滝くん、よろしくねぇ。渾名はなるたっちゃんかな?」
迅といるときの飾らない自分や、実家にいるときの大人しく優等生な自分とも違う、学校用の『愛想のいい自分』の顔を貼り付けてへらりと笑う。擬態には慣れていた。
しかし、鳴滝は苦笑を浮かべるだけだった。俺に笑いかけられたことに舞い上がりアイドル扱いするこの学園の生徒たちとは違う。かといって軽い口調を胡散くさがり遠まきにする一部のアンチともまた違う、新鮮な反応だった。
「おいおい、なんだよその明らかな他所向きスマイルは」
「えー?どこら辺が他所向きなのさ?」
「全部だよ。これから一年間は同じ部屋で寝食を共にすんだからさ、もっと方の力抜けって。お互い仲良くやっていきたいじゃん」
確かにそれは正論だろう。
裏表を全く感じさせない無邪気な笑みにすっかり毒気を抜かれてしまった俺は、ぽかんと小さく口を開けて突っ立ってしまった。
そんな俺の肩を、鳴滝はぽんと軽く叩いて「お前かわいーやつだな」と笑った。
『かわいーなァ……ほんと、食っちゃいたい』
「っ、ぁ」
唐突に迅の声と指の感触が生々しくフラッシュバックして、言葉に詰まった。
やばい。ここで思い出すのはダメだ。顔が熱くなりそう。
慌てて頭を振り、気を取り直して鳴滝と向かい合う。迅と一瞬でも被って見えたからだろうか、俺の鳴滝に対する警戒心はすっかり薄れ、擬態の皮は剥がれていた。
「ん、もしかして可愛いは地雷だったか?」
「い、いや……そんなことないよ。ーー俺は遊佐飛羽。好きに呼んでいいよ。よろしく、鳴滝」
「ゆさ、遊佐な。うん、よろしく。玄関で立ち話もなんだしさ、中入ろうよ」
鳴滝の提案に承諾し、部屋に入る。綺麗に片付いたリビングには、共用のソファーとテーブル、それからテレビが整然と置いてあった。まだ入寮して間もないからか、人の住んでいる気配の感じない部屋だ。
部屋の中央にあるソファーに二人で腰掛ける。鳴滝は外の自販機で買ったらしい紙パックのコーヒー牛乳を投げて寄越してくれた。ありがたくそれを頂き、喉を潤す。
甘ったるくて芳ばしい、コーヒー牛乳の味。
「もしよかったらでいいんだけど、質問していいか?」
鳴滝の問いに頷くと、
「遊佐ってなんでそんな痛いキャラ作りしてるんだ?」
「ぶっ!?げほっ、ごほっ!」
直球すぎる質問に思わず蒸せる。ドストレートにも程があるだろう。何より、鳴滝は今なんと言った?
「い、痛いだって……!?」
「だってそうだろ。お前、クラスでもやっほー☆とか、よろしくねぇ〜!とか気が抜けるような喋り方してんの?ぶっちゃけ馬鹿っぽいっつうか……痛いよ?」
「よ、余計なお世話だよっ!いいんだよ、今までこれでやってきたんだから」
「今更キャラ変できねえってこと?」
「違う。違くて。俺ほんとは愛想の良くないから、常に笑ってるようにって心がけてるの」
「笑ってなきゃいけないのか?」
「だって心象が悪かったら、今後の遊佐家と他の家の友好関係にも支障をきたすから」
「へえ……金持ちの家ってそんなこと考えてんのか」
俺、一般家庭出身だからな……と呟く鳴滝。金持ちの家の子が全員そのようなことを気にしているというわけでもないと思うけれど。例えば迅は、家が潰れても自分で稼ぐから問題ない、くらい言いそうだ。
「そういやさっきステージで喋ってた会長さんも中等部からの一般家庭出身だって聞いたな」
「会長?」
思わずそのワードにぴくりと反応していた。
「ああ。何、もしかして遊佐も生徒会ファンクラブ入ってんの?」
「ファンクラブ……?」
一瞬、疑問符が浮かんだがすぐに合点がいった。鳴滝が言っているのはファンクラブではなく、
「親衛隊のことだね」
「あー、そう。それそれ」
「親衛隊はファンクラブともちょっと違う気がするけど……」
なんせ、やっていることが過激すぎる。親衛対象を敬い慕い……まではいいが、崇め奉るまでやってしまえば、もうそれはファンクラブというよりは宗教団体に近いものになってしまう。
更に「抱いてー!」「抱かせてー!」なんて恥を知らない台詞を公然の場で叫んで回るのだから、たちが悪い。
そういえば俺も、入学早々先輩から親衛隊設立申請をされていたんだった。
俺にもあの騒々しいファンがつくと考えると頭が痛い。せめて節度ある隊長に親衛隊を統率して欲しいが、あのいかにもミーハーそうな先輩にはどう考えてもそれは望めないだろう。
「親衛隊ってどんなことするんだ?」
「どんなこと、かぁ……」
呼び出し。リンチ。いじめ。強姦。主にそういうことを計画的に遂行する集団だよ!
なんて言ったらあまりにもなので、親衛隊のいいところを必死に探してみる。
「うーん……親衛対象の学園生活の安全を守ったり、サポートをしたりする…….みたいな?」
なんだか曖昧でぼんやりとした言葉しか出てこなかった。それも仕方がないだろう、だって俺の中に親衛隊に対するいいイメージなど欠片もないのだから。
鳴滝は濁りまくった俺の返答にも特に突っ込んでくることなく、「へえ」と相槌を打った。
一見、それほど興味のなさそうな相槌。だけどなんだろう、不穏な気配がひしひしと肌につく。
ーーこの後しばらくしてから、俺の嫌な予感は見事に的中し、鳴滝は「親衛隊に入ろうと思う!」と騒ぎ始めることになる。
全くもう、あのときは俺、ほんとびっくりしたよ。いかにもノンケですって雰囲気のなるたっちゃんがいきなり親衛隊に入るとか言い出すんだから!
まあ、結局既存の親衛隊には入らないで俺の親衛隊、遊佐飛羽生徒会会計親衛隊を立ち上げてその隊長になって、今に至るわけだけど。
鳴滝が俺の親衛隊長やってくれて本当に良かったなって、俺、改めて思うんだ。
この学園の中で、俺が隊長を務めてほしいって思う相手は、鳴滝しかいないよ。
鳴滝は絶対、俺を裏切らない。だから鳴滝にはなんでも話せる。今こうして昔のことを話してるのだって、鳴滝が初めてなんだよ?
……本当だったら、『当時の俺』もこうして鳴滝に全部を打ち明けて相談しているべきだったのかもしれないね。
でも、あの頃の俺にはそれができなかった。鳴滝を信頼してなかったわけじゃないよ。ただね、あのことは口にすることすら嫌っだったんだ。口にすれば、事実を再確認して現実に叩きつけられてしまうと思ったから。
でも今はちゃんと言うよ、鳴滝。
あの日、俺が長い間封印して幾重にも鍵をかけて胸の奥底に沈ませていた思い出を今日こそは開けてみるからさ。
だから鳴滝、今更だけど聞いてほしいんだ。
あの日ーー中学二年の夏。烏谷迅との決別のきっかけを。
番外なのに副会長の話より長くなりそうな……笑
この話が終わったらまた副会長視点に戻って王道転入生の登場編をやりたいです。
飛羽ちゃんが意外とシリアスなので副会長の能天気なラブコールが懐かしい笑




