六
やがて時は流れ、俺と迅は中学生になっていた。
「相変わらず品の良さそうな制服のお坊ちゃんだな、飛羽は」
現在も通っているこの学園の中等部の制服に身を包んだ俺を見て、迅はケラケラと笑った。
そう言った迅が着ているのは、至って普通の公立高校の制服だ。迅は家の方針がどうとかで、小学生の頃から一般家庭の子と変わらない学校に通っていた。
烏谷迅と出会ってから、このとき既に三年が経過していた。
俺と迅との関係性は、実に不思議な形で成形されていた。
互いの家によく入り浸ってだらだらと無為に時間を過ごす。これは友人の形態のひとつと言えよう。
だが、俺と迅は普通の友人とは言い難い、妙なものであった。
一言で表すならば、俺と彼は対等ではなかった。対等でない友人など友人とは言えないと言うのなら俺と迅は友人ではないし、そういう形もまた存在し得ると言うのなら俺と迅は友人なのだろう。そんなアンバランスな中に立っている、綱渡り。
「迅も相変わらず性根の悪さが滲み出てるような顔してるよ」
「はっ、飛羽も言うようになったねぇ」
「そりゃあ、あんたみたいな口の悪い奴と四六時中いればね」
「そう言いながらも飛羽ちゃんは俺と一緒にいたいんだよなぁ?」
ニヤニヤと笑いながら肩に手を回してくる迅。
父の傀儡人形だった俺は、迅によって救い出され、もういない。
だがこのときの俺もまた、迅の人形であった。さしずめ、お気に入りのペットか玩具といったところだっただろう。
わかってはいたが、俺はその現状に満足していた。そう思えるくらいには、迅の隣は心地良かったのだ。
黙りこくった俺の沈黙を肯定をとったのか、迅は機嫌良さげでご満悦といった表情だ。
「あー、やっぱり飛羽は可愛いな。男なのがつくづく残念だ」
「可愛いって何?」
「そのままの意味。うちのクラスのビッチ女どもなんかとは比べ物にならないくらい可愛い」
それは男を形容する言葉ではないだろう。
むっとして俺より少し背の高い人を睨み上げた瞬間、ぐいと首元に圧迫感を感じた。真新しい制服のきっちりと締められたネクタイを掴んで引き寄せ、俺の襟元を乱す迅。
「かわいーなァ…ほんと、食っちゃいたい」
「……っ、おい」
本気なのか冗談なのか定かではないが、獰猛な目つきで思わせぶりなことを言うのはやめてほしい。どう反応していいかわからなくなってしまう。
強い力で無理矢理押し退ければ、迅は意外にもすぐに離してくれた。
「ああ、もう。お前の冗談はたちが悪いんだよ」
ーー本当に、たちが悪い男だ。
中学生とは思えないような色香に塗れた迅の表情が見たくなくて、何気なく顔を背けた。
鬱陶しいくらいに速まる鼓動に苛立ちを感じる。やめろ。やめておけ。こいつは碌な男じゃないってことくらいわかってるだろ。もう三年も一緒にいるんだから。子供のくせに狡猾で計算高くて、将来何人の女を泣かすことか。
だからこんな奴に惹かれるのは、やめとけよ。
自分にそう言い聞かせることで精一杯だった。
「……じゃあ俺、入学式行くから」
「ああ、頑張れよ。出来れば俺も見に行きたかったんだけどな、飛羽の入学式」
「馬鹿、お前もこれから入学式じゃん」
呆れながらも、そんな会話を擽ったく感じている自分がいて、我ながらどうしようもないなと心の中で笑った。
***
入学式だからといって、この金持ちエスカレーター式学園では、大して顔ぶれも変わらない。中等部からの持ち上がり組がほとんどで、外部生は一割程だ。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。青藍学園中等部、生徒会会長の九藤です」
例えば、ステージの上でそつなく挨拶をこなしているあの先輩は確かその一割の中のひとりだった筈だ。一昨年の初等部では見かけなかった。
ああ、そういえば俺も生徒会入りしないかと勧誘されていたんだった。勧誘とは言っても、近いうちに行われる生徒会選挙という名の人気投票で役員は選出されるのだが、俺の容姿と成績なら生徒会入りはほぼ確定であると、勧誘に来た先輩に言われた。
そんなにやる気、わかないけど。
「この青藍学園に入学してきたその誰もが、ご両親やご家族の方々から、将来の社会を担い、牽引していくことを期待されている素晴らしい生徒の皆さんだと思います」
壇上で話す会長さんは、入学式のテンプレとも言える美辞麗句を澄まし顔で読み上げる。よくもまあ、あんな大袈裟な小っ恥ずかしいことを顔色ひとつ変えずに話せるもんだ。
興味が失せ、生欠伸が出かけたまさにそのとき、ステージの上から「ですが、」という鋭い声。思わず欠伸が引っ込んだ。
「どれだけ期待されていようと、自分が一生徒で、まだ中学生であることを忘れないでいてください。この学園の生徒の傾向として、一般的な中学生より自立していたり、大人びていたりすることがあるようですが、幾ら頭が良くてもあなた方はまだ、庇護されるべき子供です」
壇上を見上げ、今の今まで毛ほども興味のなかった会長さんの顔を凝視した。入学式という、大人へ一歩成長するための行事で「お前たちはまだ子供だ」と宣言する大胆不敵な奴の顔を拝んでみたかった。
物怖じすることなく新入生に堂々と語りかける会長さんはーー途轍もなく、かっこいい。
ふと、月影のバルコニーで悪戯に笑う幼い迅の姿が、脳裏を掠めた。
「だから皆さん、何かに迷ったり壁にぶつかったりしたときは、先生方を頼ってください。先輩になんでも相談してください。そして、沢山失敗してください。使い古された言葉ですが、教室は間違うところだと誰かが言ったように、青藍学園は皆さんが失敗し、その分成長するための場所です」
父の顔色を伺ってばかりで雁字搦めだった俺。父の命令は絶対。失敗は許されない。
でも、迅は違った。俺が失敗しても、「飛羽ちゃんは馬鹿だなー?」なんて茶化しながらも、笑って隣にいてくれた。迅には、気を許せる。あいつの傍は居心地がいい。
「皆さんが年相応に笑い、学び、成長できる有意義な学園生活を送れるよう、私たち生徒会は精一杯努力させていただきます」
誰かが唐突に拍手を送った。会長さんが一礼したわけでもないし、挨拶はまだ途中だ。だというのにこのタイミングで拍手を送ったのは、あまりにも感極まってしまったからなのだろう。
その誰かに吊られて、ひとり、またひとりと拍手は次第に広がっていき、最終的に行動全体にまで響き渡るスタンディングオベーションとなった。
これには流石の会長さんも、苦笑の表情を浮かべている。
俺もそんな会長さんに拍手を送りつつも、心の片隅で小さく思った。
もしもの話だ。
もしも、近日行われる生徒会選挙で上位に入ったとしたら、迷わず生徒会入りを希望しよう。
あんな凄い先輩が会長をしている生徒会だ。素晴らしいものに違いない。
何より、そんな生徒会に入れば、俺もきっと変われると思った。
そうすれば、迅と対等な友人になれるはずだ。
俺は迅に誇れるような人間になりたい。
俺の掌はいつの間にか、強く手を鳴らしていたせいで真っ赤に腫れてしまっていた。
九藤と駿河は中等部でも生徒会をやっていました。
ちなみに九藤の前の中学部会長は、任期終了前に九藤に会長の座を譲っています。「俺外部受験するからあとよろしくね!」っていうノリで隆雪くんが中一の夏には既に会長チェンジ。
ちなみに高等部では、既に九藤の敏腕ぶりは広まっていたため、入学式して初めての生徒会選挙で堂々と会長の座を掻っ攫っていきました。
流石生徒会長キャラ、チートな隆雪くん。




