表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
副会長の恋愛迷走日誌  作者: 回めぐる
会計の恋愛逃走日誌
16/22

 それは、まだ俺たちが小学生だった頃の話だ。

 父は某家が主催するパーティー会場に俺を連れて行った。なんのパーティーだったかはあやふやで覚えていないが、かなり盛大なものであったことは薄ぼんやりと記憶している。

 少し離れたところで、親と思わしき男性に連れられて挨拶をしている少年を示して、父は俺に命じた。


「新しい取引先のご子息だ。仲良くしなさい」


 父に仲良くしなさいと言われたので、俺の中でひとつの事実がインプットされた。

 あの子は俺と親友になる、ということ。

 まるで父の人形のような従順っぷりだが、当時の俺には傀儡の自覚が全くなかった。そのように刷り込まれ、遊佐家の利益のために行動するよう教育されていた。

 ーーそして、その傀儡から解き放ってくれたのが、彼だった。

 父はあの子とあの子の親の元に俺を連れ立って近づいた。


「こんばんは、烏谷さんーー」


 その後父たちは、どうでもいい決まり文句をお互いに口にしあって、やれ今日の夜会は素晴らしいだのなんだのと、子供にはつまらない話をつらつらと並べていた。

 ふと、親の横に控えていた彼と目が合った。

 瞬間、俺はその黒々とした双眸に吸い込まれた。


 その眼差しに名前をつけるなら、意志の眼だ。


 何ものにも囚われない、自由な意志。その眼はじっと俺を見つめ、やがて微かに曇った。

 感情の機微に敏感な子供だった俺には、わかった。そのとき彼は、俺に同情したのだ。家に、親に、飼い慣らされ首輪をつけられ、それを当然のように受け容れている俺に。

 自由な彼と、束縛されている俺。その圧倒的な差に呆然としていると、彼はにこりと笑いかけてきて、俺の手を握った。

 そしてこっそりと囁く。


「こんな話、暇だよね。一緒に抜け出しちゃおうよ」


 そう言うがいなや、俺の手を掴んで歩き出す。

 人気のない二階のバルコニーまで一気に小走り。月明かりに照らされたバルコニーは薄暗く、人の話し声も遠くしか聞こえない。

 静謐な空気の中、彼は振り返った。

 切り揃えられた黒い髪。綺麗に整った愛らしい顔の少年。

 彼は綺麗な顔に似合わない悪戯っぽい顔で、にやりと笑った。


「俺ね、ジンっていうの。烏谷迅。よろしくね」


 差し伸べられた白い手。

 烏谷。父の新しい取引相手。仲良くしなくちゃいけない子。


「迅くんって呼んでもいい?僕、遊佐飛羽。飛羽って呼んでよ」


 笑顔でその手を握り返そうとしたのだが、それは叶わなかった。

 手が触れる前に、彼が手を引っ込めたから。


「とばね、ね。随分と綺麗なお人形さんだ」

「…………え」

「俺も部屋に飾っておきたいくらいだね。そしたら毎日お人形遊びして可愛がってあげるんだけど」


 馬鹿にされてるというのはわかったが、不思議と怒りは湧いてこなかった。事実だったから反論できなかったということもある。

 そんなことより、俺よりきみの方が綺麗な顔してるよ。そんな見当違いな言葉が脳裏を過ぎったほどだ。

 浮世離れした美しさを持つ、人間じゃないみたいな彼。


「そんな、僕は別に……」


 だからこそ、俺はぽろりと零してしまった。


「……俺、あんたと親友にならなきゃいけない」


 しまった。それは言っちゃいけないことだ。それなのに、どうしよう。止まらない。


「前に親友になった奴は、あいつの家がいきなり傾いて会社が潰れたら、いつの間にか親友じゃなくなってた」

「ふーん。お前、意外と薄情なんだ」

「別に、好きで親友やってたわけじゃないし。父さんがあの子が親友って言った奴が親友になるだけ」


 ちらりと彼を見やる。俺より少し背の高い彼を上目遣いに見上げれば、彼は品定めする目で見つめ返してきた。


「こんな俺でもいいって言うなら、打算で仲良くしてよ。お互いの家のためにも、さ」


 そう言い放ってから、ふとしっくりこないことに気がついた。


「…………違う。やっぱ今の嘘」


 溢れ出る感情の渦。

 この黒い意志の眼に吸い込まれた。蜜を求める蝶のように誘い込まれた。離れたくない。

 彼の最も近くに居て、彼のことを知ってみたい。


「俺も……俺もあんたみたいに自由になってみたい。誰かの目を気にしないで喋りたい。あんたみたいに、なりたい」


 憧れてしまったんだ、彼に。


「あんたと友達になりたいよ、迅……!」

「よっし、よく言った」


 トン、と彼の手が俺の胸をノックした。触れた手はじんわりと暖かい。


「なら俺んとこに来いよ、飛羽!」


 月下の元で、生命力に溢れた太陽の彼が微笑むこと。その、なんと美しいことか。


「親父さんがお前を人形として可愛がってるときより、もっと俺が可愛がってやるから!友達として、生きた生身の飛羽を、俺は大切にする!」


 ドクン。ドクンドクンドクンーー。

 どうしよう。こんなに胸が熱くなって、嬉しいのに泣きそうになるなんて、初めてだ。


「迅っ!」


 今度こそ握り締めた迅の手は、真っ白い色に似合わず温かく僅かに湿っていた。

 これが、俺が初めて烏谷迅と出会った夜のこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ