第一話 親友の恋のはなし
俺の友達に、顔よし、家柄よし、頭よし。ついでに性格もよし。と三拍子も四拍子も揃ったやつがいる。
そいつは、曾祖母か誰かがフランス人だかイギリス人だとかで、その顔立ちはそろらへんの俳優やモデルよりもずっと美しく、また東大の理Ⅲをストレートで出ている。そのくせ容姿がいいことも、仕事が出来ることもちっとも鼻にかけたことがない。それがまた憎い。
俺みたいな、一般人が必至こいて勉強して辿り着く高みに、息をするように簡単にのぼってしまうやつ。けどどこか憎めない、愛嬌のある友人。それが俺の親友、逸見圭だった。
そんな、なんでも揃った友人に悩みがある。
そう言われて俺は半ば嬉々として相談に出かけた。親友が心配だというよりも、完璧な友人の初めての相談内容に興味があったという方が大きい。
呼ばれた先は会社の近くのカフェ。嫌味のない洒落た感じが逸見らしくて勘に触るが、いつものことである。注釈すると、逸見の嫌味のない言動はむかつくが、それは嫉妬というもので、逸見自体は好きである。じゃなきゃ親友なんて言わない。
さて、話は逸れたが、友人の悩みというのは、実は最近気になるひとがいるということだった。
所謂恋の話だ。
そう、なんでも持っている友人が落とせない女などいるのだ。こんなに面白いことはない。俺はその意中の相手について聞き出そうとした。
「で。誰が気になるんだよ」
「……ああ。それが……」
「それが?」
「…それなんだが」
逸見にしては歯切れが悪い。
「早く言えよ。帰るぞ」
「い、言う。実は、吉野……」
そう言って俺の目をまっすぐ見つめる。相変わらずむかつくほどイケメンである。
「吉野……」
「まさか俺か?俺は男はお断りだ。悪いが他を当たれ」
「な訳はないだろう。お前……の前の彼女の、茂知野さん」
「は?絵美?」
俺が彼女の名前を出すと、若干むっとしたような顔をして(おもしれえ)俺を見た。
「そう。茂知野さん。……茂知野さんのことが気になるんだ。別れても一応吉野の元彼女だし、言っておこうと思って」
茂知野絵美。確かに彼女は俺の元彼女だった。
大学二年のときからだから、結構長い付き合いになる。
同じ会社に入ったのは、お互いが好きあっていたなんてロマンチックなものじゃなくて、絵美のめんどくさがりの性格のためだった。あまりなりたい職業もなかったらしい絵美は適当に俺の応募している会社に一緒にエントリーを出して、結果同じ会社に受かった。それだけだった。
その後入社してからほどなくして、俺が別に好きなやつが出来て別れた。けれど別れてからも、絵美とは友人として付き合いがある。好きなやつが出来たから別れてほしいとか勝手言った俺に対して何も言わずにいいよと言ってくれた出来た人間である。…いや。あいつの場合、ただ執着というものがないからかもしれないが。
まあ何にせよ、別れてからもいい友人として付き合えるのは絵美のおかげだ。俺への未練がなさそうなとこからもしかしてこいつ別れるので揉めるのがめんどくさかっただけかも知れないと思ったときもあったが、それでも絵美が一度だけ「私はなんとなく吉野のお嫁さんになるのかなって思ってた」と言われたときは罪悪感が沸いた。
と俺と絵美の関係はそれくらいにして、絵美は、男の俺が言うのもなんだが、すごくずぼらな女だった。あいつの家の所帯臭さは母親を通り越して祖母並みだし、めんどくさがりな性格は治るところか年々悪化していっている。
見た目はおっとりした可愛い系女子だが、その下に着けてる下着の適当さ加減とか、たまったものじゃない。正直、服を脱がして萎えた経験も一度や二度じゃない。
正直、見た目だけで絵美を好きだと言うなら、止めてやった方が友人のためだと思ったが、友人は俺の話をにこやかに聞いていた。
正直想像以上だぞ。ぜったい引く!萎える!と散々説得したが、話を聞くような友人ではなかった。
だから結局、俺は逸見の恋に協力することになった。
逸見と話をした帰り道、俺は絵美に連絡を取ってみることにした。別れてからもときどき話をするから、割と連絡は気軽にとれる。
「えっと…『久しぶり。突然なんだが、お前俺の親友の逸見のことどう思う?』っと…」
これだけ直球な球を投げても、色恋の神経が死んでいる絵美にはきっと何も伝わらないだろう。逆に少しでも察してくれるような返答があれば、少しは脈ありなんだが…いや、百歩譲って『逸見さんって恰好いいよね』とか、そういう内容でもいい。何かあいつに対して好意的な回答が聞ければ。
そう思いながらしばらく待っていると、相変わらずの絵文字もない。色気のない内容のメールが返ってきた。
『逸見さん?ごめん。本当に申し訳ないんだけど、だれだっけそれ』
ある意味予想通りすぎて面白くなったが、これからの俺の心的苦労を考えると、早くも先ほど約束した内容を反故にしたいという気持ちが強くなって胃が痛くなった。