恋花火
夏祭りとか、
花火大会とかって嫌い。
なんでこんなうるさいのか、
よくわからない。
結局友達ともはぐれるし、最悪。
手には、食べ終わった綿あめの棒と、
友達が、やりたい!って言うから
付き合ってやった青と紫のヨーヨー。
もうすぐ花火があがる時間なんだって。人々が河川敷に集まっていく。
肩車をされている小さな女の子の
赤い帯が金魚の尻尾みたく揺れてる。
色とりどりの浴衣がゆらゆら揺れてる。蝶みたい。
全ての音が混ざって聞こえる。
夏の空気を纏わりつかせて。
ああ、うるさいな。
帰ろう。ここに居ても仕方ないし。
そう思って、彼らに背をむけた。
ぐい、と腕が引っ張られた。
「な」
に。
「どこ行くの」
友達かと思ったのに、違った。
君だった。
ちょっと犬と散歩に行ってくる、
みたいな気楽な格好の君。
ほっといたら闇に紛れて消えそうな、
夜っぽい雰囲気の君は、
今日はなんだか、俗世にいるのが
疲れた妖精みたいにみえた。
暗闇がちょうどよく
薄いカーテンの役割をして、
ただでさえ前髪が長くて
伺いづらい君の表情が、
今日はもっと見えづらい。
「花火始まるけど」
君が言う。
「わたし、見ないの。」
「君も、うるさいのがきらいな人?」
「そう」
「じゃ、これとかどう?」
そういって彼が手に持っていたのは
糸の束みたいなもの。
すぐにピンときた。
「線香花火?」
「わるくないでしょ?」
「むしろ最高」
「ね」
彼は口元だけをふっと緩めると、
そのままわたしの腕を
ひっぱって歩く、歩く。
まるでなにかから逃げるみたいに
早足な君に、着いていくのが精一杯だ。
祭りの喧騒が遠ざかる。
世界から離脱する感覚。
今わたしをここに繋ぎとめているのは
たったひとつ、君の手だけ。
なんて頼りないことなんだろう。
なんてドキドキすることなんだろう。
思っていても言わない。
「言葉」にするのは
壁を作るのと同じこと。
背中を見つめて、ひたすら歩く。
ねえ、君、今どんな顔、してるの。
街の公園はすっかり
ひと気がなくなっていた。
大きな動物の骨格標本みたいな
滑り台がすやすやと眠ってる。
じっとりと熱せられた夏の夜風は
重たすぎて、ぶらんこだって
揺らせやしない。
「いい場所だね。すごく」
祭りの音が、幻聴みたいに聞こえる。
心地いいBGM。
これくらいの距離感が
ちょうどいいんだ、祭りっていうのは。
砂場の囲いにふたり、
頭を寄せ合ってしゃがみこんで
線香花火に火をつけた。
「どっちが長いかな」
子どもみたいにはしゃいだ君の声。
ジジ…と線香花火がかすかに
音を立てる。ゆらゆらと炎の雫の
表面が波打つ。
息を殺してじっと待つ。
震えるな、私の手。震えるなって。
ぱち、と先に弾けたのは君の方。
「あ。きた」
続けてわたしの線香花火も弾け出す。
触発されたみたいに、
呼応してるみたいに
ぱちぱち、ぱちぱち。
ふたつの線香花火が本番の美しさを魅せはじめると、魔法みたいにふぁあと手元が明るくなった。
「いいね、とっても」
そういう君の声は、
本物の甘さで満ちていた。
どきりとして、上目遣いに
君の顔を盗み見たけど、
相変わらず前髪が邪魔をしてる。
うつむいているから、なおさら…。
「ね、すごいね」
君は、そう言ってふと、顔を上げた。
前髪の奥のうっとりとねむたそうな
君の目がわたしをとらえてる。
はっとする。何か、言わなくちゃ…。
…ドン
遠くで鳴った打ち上げ花火の音に
身体がびくつく。
わたしの線香花火は落ちて、ジ
ュッと音を立てて消えた。
「あ」
わたしの線香花火が先に落ちたとか、
そういうのはどうでもよくて。
というか、あんまり考えてなくて。
ドッドッと心臓が
波打っているのがわかる。
頭の奥があつい。
夏のせいじゃなくて、
もっと別の何か。
「う…打ち上げ花火の音に
びっくりしちゃって」
「打ち上げ花火?」
「そう、今上がって…」
「上がってないよ」
君が不思議そうに言う。
「え?」
「上がってない、よ」
はは、と君が笑った。
君がことんと首を傾げると、
前髪がじゃっかん右側に寄った。
やさしくゆるんだ目。
なんだか、わけもなく
ずっと見ていたいと思ってしまう。
あまったるい夏の夜風が
ふわりと吹いてまたその目を、
わたしが大好きなその目を
隠してしまった。
「空耳?」
「かもしれないわ」
…そんなはずない。
と、自分ではわかっている。
ドンと打ち上がった、
あれは確かに花火だった。
あなたのせいで打ち上がった、
わたしだけが見上げることのできる、
世界で一番美しい花火…。