セイギノミカタ キュウリさん
冬の童話2014参加作品です。
「はぁぁぁ」
キュウリさんは大きなため息をつきました。
「なんで、うちはキュウリに生まれたんやろ」
隣でテカテカ光っていたナスビ君が首を傾げます。
「どうしたのぉ? 大きなため息ついてぇ」
のんびり屋のナスビ君は、いつものんびりしゃべります。
「うちな、この前知ってしもてん。キュウリっちゅーんは、栄養がちぃーともないんやて。ほとんど水で、キュウリ食べるんは水飲むのんと変わりないんやて」
「え~。そうなの? 栄養が無いって言われるのはショックだよね~」
ナスビ君は気の毒そうに言います。
キュウリさん同様、ほとんどが水分で栄養は大して無いと言われてきたナスビ君ですが、皮にアントシアニンという色素が含まれていて、抗酸化作用があると分かったので、最近のナスビ君は割と余裕なんです。
「ショックもショック、大ショックや。アカン。うちはもうアカンわ」
キュウリさんが再び大きなため息をついたところに、トマトさんが話に割り込んできました。ヘタのカールが気になるらしく、しきりに指で伸ばしています。
「栄養がない野菜って気の毒だもんね。存在意義ってゆーんだっけ? あれが限りなくミニマムだもん」
伸ばしたヘタのカールは、甲斐なくまたクルンと丸まりました。
キュウリさんは、いやな奴が話に入ってきたと眉間にしわを寄せます。
昔は、サラダで食べるか丸かじりするくらいだったトマトさんですが、最近では料理のレパートリーが増えて、生食はもちろん、煮物、炒め物にまで使われるようになりました。しかも、改良されて栄養素の濃さもグンと増したので、トマトさんは、それが自慢で仕方がないんです。
おおかた、その自慢話でもしようと話に入ってきたんでしょう。
あんな色をしていますが、トマトさんは緑黄色野菜です。βカロチンが豊富で、ビタミンEや抗酸化作用のあるリコピンも含まれているとかで、鼻高々なんです。
もっとも、トマトにあるのは花であって、鼻ではないですけどね。
「ヨーロッパではね、トマトが赤くなると医者が青くなるって、ことわざがあるくらいなんだもん。とっても体にいいんだもん。最近では、特にリコピンが注目されてるんだもん。老化防止とか、抗ガン作用とか、動脈硬化も防ぐ作用があるらしいんだもん」
トマトさんは胸を張ります。キュウリさんは小さくため息をつきました。
なぁにが、ヨーロッパではね、や。あんた茨城生まれやろ。
トマトさんのほっぺにはペッタリと『茨城産』とシールが貼ってあります。
リコピンかて、デコピンしたくなるようなヘンテコな名前やん。
もちろん、そんなこと口に出しては言いませんよ? そんなこと言おうものなら倍返し……どころか、十倍くらいは返ってきますからね。なのに、トマトさんは、キュウリさんの顔を見て目をギュッ細めました。
「あんた、今、私の産地シール見たもん?」
「見てへんよ」
「いいや、見たもん! ヨーロッパなんて、あんたに何も関係ないじゃんって顔に書いてあるもん!」
「そんなん書いてへんよ! だけど産地シールなんか見んかて、トマトの産地ゆーたら、この辺なら茨城産がほとんどやんか」
「そーいうの偏見っていうんだもん。元々私たちトマトは、南米のアンデス高原が原産なんだもんっ。外国から来たんだもんっ」
原産を言えば、キュウリさんだって、インド北部、ヒマラヤ山麓の原産です。大陸は違うけれど、外国から来たのは同じです。だけど、そんなことを言い争ったって仕方がありません。
へぇ、すごいんやね、と聞き流し、大人の対応をしたつもりのキュウリさんなのですが、トマトさんはしつこく絡んできました。
「そう言うあんたは、どこ産なんだもん?」
絡むのはパスタあたりにしときや、と言いたかったのですが、キュウリさんは、それもグッと呑み込みました。狭い野菜庫の中で、これ以上居心地を悪くしたくなかったんです。
「うちは地元の千葉県産やで?」
「訳わかんないもん。だったら、そのヘンテコな関西弁はなんなんだもん?」
「うるさいなぁ。うちが何弁しゃべろうと、あんたには関係ないやんか」
なんでトマトさんは、いつもうちと同じ棚に入れられるのやろうか。たまにはもの静かなダイコンさんや、シャイなニンジンさんの隣に置いてくれはってもいいのにと、キュウリさんは思います。彼らは大抵、下の棚に入れられるんです。彼らは根菜、キュウリさん達は実もの野菜なので、分けられてるんです。透明な棚の下をのぞき込んで、キュウリさんがため息をついた時でした、なんだか少し気取った声が聞こえてきました。ズッキーニさんです。
ズッキーニさんは、最近見かけるようになった新顔野菜さんです。見かけはキュウリさんによく似ていますが、実はカボチャさんの仲間です。
「アタシ知ってるわよ。キュウリさんって、本当に栄養がなくて、世界一栄養のない野菜で、ギネスブックにも登録されているんですってね」
ズッキーニさんが意地悪そうに笑います。
キュウリさんは少し困ったように眉を下げました。
「違うよ。それ、誤解やから……」
確かにキュウリさんはギネスブックに登録されていますが、世界一カロリーの低い果実と認定されただけです。
ズッキーニさんがキュウリさんに意地悪なのには理由がありました。ズッキーニさんは新しい野菜なのでキュウリさんに比べると知名度が低いです。
――ズッキーニ? あぁ、あのキュウリに似てるけどキュウリじゃないやつね~。
なぁんて言ったことありませんか? ズッキーニさんは、それがすごく気に入らないのです。
カリウム、ビタミンC、βカロチンやビタミンB群を豊富に含んでいることを自負しているズッキーニさんにとって、キュウリさんに似てると言われることは、とてもしゃくに障ることなのらしいです。
でも、そんなのキュウリさんのせいじゃないですもんね。キュウリさんは昔っからこんな姿だったんですから。
野菜仲間との会話に疲れ果てたキュウリさんは、さっさと料理してもらうことにしました。どんなに栄養がある野菜だろうが、食べてもらわないことには、その価値を発揮できません。
キュウリさんは冷蔵庫の野菜庫で食べてよオーラを放ちます。
ビビビビビー
「栄養なんか無くていい。君が必要なんや、君なしには生きられへん、てゆーてくれる王子様が現れますよぉに~」
願いがかなって野菜庫から取り出されたキュウリさんは、明るい陽射しに目を細めました。水で洗われて、薄く輪切りにされました。
ごっつ美味しくなれますように~
キュウリさんは神様にお祈りします。
ボウルの中には、既に琥珀色の調味液が入っていました。酢と醤油と砂糖が入っているようです。キュウリさんが入ると、遅れてカツオブシさんが礼儀正しく入ってきました。
「キュウリ殿か、よろしくでござる」
「よ、よろしくお願いしますっ」
キュウリさんは、慌ててピョコリと頭を下げました。野菜仲間との会話と違って緊張します。
「拙者が入ったからには、味わい深くコク深く、キュウリ殿の良さを引き出してごらんに入れるでござるよ」
カツオブシさんはにっこり微笑みました。とても親切で頼もしい人みたいです。
「良かった。親切な人みたいやわ」
キュウリさんもにっこり微笑みました。
カツオブシさんと調味液に浸かっているうちに、キュウリさんはだんだん体がほぐれてきました。調味液のさっぱりした味や、カツオブシさんのダシが体の中にぐんぐん入ってきて、しんなりしてきました。
「そろそろ食べ頃やで!」
キュウリさんは美味しくなった自分に大満足です。かわいらしい小鉢に盛られて、キュウリさんは意気揚々と食卓を目指します。
窓の外は蝉時雨。絶好のタイミングです。
キュウリさんの数少ない得意技の中に、体を冷ますという技があるのです。キュウリさんは、こんな暑い日にはうってつけの野菜なんですよ。
ところが、キュウリさんが食卓にトンと乗せられた途端、王子様の稚い声が聞こえました。
「いらない。何も食べたくないんだ」
なんと言うことでしょう! せっかく美味しくなったというのに……。
キュウリさんは愕然とします。
「熱が出た後だもの、食欲がないのは分かるけど、何か食べないと体に悪いわ。キュウリなら、さっぱりしているから食べられるんじゃない?」
王子様のお母さんが勧めます。
せや、熱があるのならなおさらや。うちを食べてみて!
キュウリさんは、食べてよオーラを放ちます。
ビビビビビー
お母さんに言われたし、キュウリからはなんだかよく分からないオーラが出てるしで、王子様は、仕方なくキュウリを口に入れました。
パリパリ パリパリ
そうそう、忘れちゃならないこの歯ごたえ。
キュウリの歯ごたえは実に小気味よくて、食欲でますよね。
「あれ? これは食べられそう」
王子様は弱々しく呟きました。お母さんもほっとしたように微笑みます。
少し熱を持った口の中で、キュウリさんは、雷に打たれたようにハッと気づきました。
「そうか、そうなんや。うちは弱っている人、弱い者の味方なんや! つまり、正義の味方なんやわぁぁぁ!」
キュウリさんはそう叫びながら喉を下っていきました。
キュウリさんの成分が効いたのか、食べた後の王子様は、少し楽になった様子で眠っています。
おなかの中で消化液に浸かりながら、キュウリさんは呟きます。
「最近の科学の進歩はめざましいんやから、そのうち、未知の栄養素を見つけてくれるかもしれへんよね」
一緒に消化液に浸かっていたカツオブシさんは、大きく頷きました。
「キュウリ殿には、脂質分解酵素であるホスホリパーゼという酵素が見つかったと聞いたことがござるよ?」
「ほんま? ホスホリパーゼ? 何やよう分からへんけど、ごっつ効きそうな名前やね」
目をキラキラさせながらクルクル回って喜ぶキュウリさんに、アスコルビナーゼという、ビタミンCを破壊する酵素も見つかったことは内緒にしておこうとカツオブシさんは苦笑します。
ブシの情けというやつですね。
「では、そろそろお別れでござる。互いにいい仕事をしましょうぞ。さらば!」
タンパク質が多いカツオブシさんは、先に消化されて行きました。
「さいなら、カツオブシさん。あーあ、行ってしもた。寂しなったなぁ。でも、最後に必殺技も教えてもろたことやし、消化される前に練習しとこかな」
キュウリさんはクルクル回って決めポーズをすると、
「ホスホリパーゼ!」 と叫びました。
決まったね、キュウリさん。
主人公が関西弁なのは、ほんの出来心です。当方、関西人ではない為、変な言い回しがあるかもしれません。その場合は…
ごめんなさいですーっε=ε=┏(;´>ω<`)┛にげっ