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アクロバット・サンタ

この世界には存在自体が世間に知れ渡っていない数多の秘密結社と呼ぶべきものが存在する

それらは、その存在を隠すことに失敗して、表向きに露呈してしまい、糾弾される場合も多い。

しかしながら努力を重ねてそれを『概念』にすることで、秘密結社の存在をある程度誤魔化すことに成功した機関もある

簡単に言えば、「当たり前にした」と言う事だ

都市伝説だったり、物語にしたと言う事



秘密結社、秘密機関

『サンタ』もそんな物の一つに数えられる

クリスマス。偉い子供たちの枕元、靴下の中やツリーの下にプレゼントを置いていく赤い服のおじさん

……。

ここまでを踏まえてわかると思うが。出所の無い噂ではない。事実

実際に、恵まれない子供たちに一年に一回ほしい物を与える存在が居る

それこそが秘密組織『サンタ』

サンタは決して一人じゃない

それは組織的に、多くのエージェントを駆使して子供たちに夢を配る集団だ


そしてこれは、そんな秘密組織『サンタ』のエージェントたちの物語




↑前書き



神の誕生日を間近にして街は煌めき、賑わいを見せていく

そんな街の中、サンタ服の客引きを避けて人混みの中を突き進む男が居る

黒いコートで、灰色のマフラーを首に巻いて、鞄を片手に歩く男が向かう先は、煌めくクリスマスツリー

「愛子!」

「ん?ああ。遅かったじゃないのよ」

「待たせて悪いな……少し、お得意様と交渉するのに手こずってな」

「あらら。大変ね」

男の名前は赤松あかまつ聖也せいや

工業高校で木材加工と金属加工。その一長一短の関係性に魅せられ、その二つを併せ持つ建築の道へ進むことを決意

建築部のある大学。それも都市建設などの大規模なものではなく、一般の住宅を建築するための知識を学べる大学に進学。卒業と同時に一級建築士の資格をとり、同時に電気工事技術者も取得。建設業の会社に就職し、毎日ドラフターやCADと向き合ってる

そんな彼が話しかけた女性。その名前はひいらぎ愛子あいこ

保育士でありながら、小学校の教員免許も持つ子供が好きな女性だ

愛子と聖也はいわゆる幼馴染みで、幼少期からの腐れ縁だ

「夢を届ける仕事が、楽もできないからな」

聖也はそう苦笑いして、煌めくクリスマスツリーを見上げる

世界中で光り輝くイルミネーションが、お祝いの喧騒と神聖さを伝える

光とは、人間が求めるものだったりする

部屋のなかでは窓の外を眺めるし、暗い部屋はそのままでは過ごさない

建築の仕事をしている聖也には、その自然光や人工灯など、あらゆる光の大切さがわかる

「さて……そんじゃいきますか?」

「そうね」

二人は互いに視線を交わらせて、頷きあってから、歩き出す

その足が向かう先は、クリスマスツリーの飾られている駅ビルから歩いた先

ICカードで駅の改札を二人で抜けて、階段からホームに降りて、ちょうど来ていた電車に乗り込む

その掲示には隣の駅名が書かれているが、彼らの行く先はその向こう

『ドアが閉まります。御荷物御体お引きください』

左右を確認した駅員が車掌に見えるように手をあげてライトの色を変えて、電車のドアが閉まる

モーター音と共に車輪が回り、レールの上を音をたてて動き始める

「今年も、もうクリスマスか」

「そうね。毎年やってくるわ」

二人は電車のシートに座り、会話を交わす

神の誕生を祝う。そんな世界の事を


やがて電車は速度を落とし、車掌がスピーカー越しに連絡を入れる

『間もなく、終点、東車庫前。終点の東車庫前です。この電車は東車庫前に着きますと車庫に向かいますので、ご注意下さい』

明るい駅が見えてきて、電車はブレーキをかける

少しずつ速度を落とし、長い制動距離を持って停車、一斉にドアが開く

『終点。東車庫前です。お忘れ物、落とし物ありませんように、ご注意下さい』

車両にいた全ての人間が降りる。が、聖也と愛子はその場に座って会話をしたままだ

「お客様。終点ですよ」

「……ん?ああ……ありがとうございます……」

寝ていて終点に気づかなかった男性が、中に人がいないか確認しに来た車掌に声をかけられて目をさます

車掌はそのまま近くにいた聖也たちにも声をかける

「お客様。終点です」

「このレールには先がある」

「……四号車へどうぞ。メリークリスマス」

聖也は車掌に向かって十字をきりながら言霊を呟き、車掌も十字をきり、アドバイスをする

「ありがとさん。メリークリスマス」

聖也と愛子は立ち上がり、去っていく車掌を追うように隣の車両へと移動する

そこには何十人か人が乗ったままで、遮光のカーテンで外からは見れないように閉ざされている

「前方よし」

「後方よし」

車内の点検をしていた車掌二人が共にそれぞれの報告を終え、トランシーバーを取り出す

「車内民間人を外に出しました。消灯と施錠お願いします」

『ドアが閉まります』

空気の抜けるような音と共にドアが閉まり、電車の電灯が消された

そして、薄暗い空間で、車掌の二人が帽子を外す

「聖夜を駆ける聖人君子の皆様、今宵はお集まり頂きましてありがとうございます。間もなくグランドツリーへ向かいますので、お待ちください」

「星空の煌めきを以て、幼い天使に夢と幸福を」

「「「幼い天使に夢と幸福を」」」

静かにしていた乗客たちが言葉を合わせて復唱する


彼らは聖人の誕生日に子供たちに夢を配る存在

その組織の名を、『サンタ』と言う

その活動内容は世界に知られる。だが、その存在が事実であることを知る人間は少ない

秘密結社だ

聖也も愛子もサンタのエージェントである

彼らの目的は、サンタ伝説の継承と貧しい子供たちに夢を与えること

サンタは世界をまたにかける巨大な組織であり、その目的に共感した日本人が集まっているのがここ、サンタ東京支部

正確には日本でも全国各地、あらゆるところにサンタのエージェントが集まる『ツリー』と呼ばれる施設があるのだが、その日本のツリーを統率するのが、グランドツリーと呼ばれる東京支部だ

『間もなく発車します。暗くて危険なので走行中の席の移動はお控えください』

車掌の言葉がスピーカーから聞こえ、電車はゆっくりと動き出す

「そこにいるのは赤松に……愛子かな?久しぶりに見るねー」

暗い車内で、二人シートに座っていた心輝と愛子に反対側のシートに座っていた女が声をかけた

「あら、その声はもしかして、友姫ゆきちゃんかしら?」

「正解だよー」

暗闇のなかで声以外存在を認識できるものがないが、聖也と愛子に話しかけてきたのは白樺しらかば友姫ゆき

実際、聖也と愛子も彼女の姿を見たことはない。見知った存在ではない

「一年ぶりだな。相変わらず姿は見せないか」

「あたしが小さい頃はサンタさんなんか見たことなかったけどねー?」

気遣いが要らない親しみやすい声だが、姿が見えない分不気味に感じる

友姫は自称「お姫様」の不思議な存在で、サンタのエージェントでありながら子供のような頭をしている

だが、その姿を見せることは全くなく、その仕事は特徴的。それは後々説明することになるだろう

『間もなくグランドツリーに到着します。運動のベクトルが変わりますのでご注意下さい』

車掌の声が聞こえ、電車が止まる

ガシャン!ヴィンウィイイン

大きな音と共が聞こえ、その後機械の動く音が聞こえる

それと同時に、車内にいた乗客たちは浮き上がるような奇妙な感覚に襲われ、しかし一秒後にはそれは無くなっている

「電車ごと地下に下ろしちゃうんだから、すごいよねー」

友姫が感嘆の声を上げる

サンタ東京支部はその秘密を守るべく高度なセキュリティを用意していて、施設のすべては地下にあり、先程聖也に終点であることを告げた車掌は小型マイクで声紋認証をして、サンタのエージェントである事を判定していた

どこからとも無く出資される大金で高度な技術を用いるサンタは、地下に集る

ガンッ

電車の下から大音が響き、乗客たちに負荷がかかる

降下運動の停止だ

『到着しました。ドアが開きます』

エアーの音と共にドアが開く

聖也の正面のシートが光に照らされたが、そこには白いウサギのぬいぐるみだけが置かれ、友姫の姿は消えていた

「いつも姿を見せない深窓の姫は、しもべの兎だけを残して消えた……か」

「友姫ちゃんも元気みたいだし。今年も賑わいそうね」

乗客たちが次々と電車を降りていくのに続いて、聖也と愛子も降りた


そこは、地下とは思えないほどに穿たれた巨大なスペース

国際空港の受付のような、人が多く、天井が高く、エレベーターだったりドアだったり受付があったりする巨大な施設だ

二階、三階、四階、と壁に沿って一周するように廊下がせり出していて、そこに並んでいる一つ一つの部屋が重要な部屋

ここが、サンタ東京支部

中央には大きなツリーがそびえ立ち、数多の飾りが光っていて、人々はその美しさに目を奪われる


愛子と聖也はまず最初にいくつか存在するカウンターの一つに近づく

そして、書類を書いていた男性に話しかける

「サンタ東京支部。特務課所属。赤松聖也出頭」

「サンタ東京支部。諜報課所属。柊愛子出頭」

「IDチェックを。……と、言うべき所なんだけどあなたたちの顔は忘れてない。ご無沙汰してます。先輩。柊さん」

「ああ。元気にしてたか?」

「お陰さまで」

この受付の男の名前は、くすのきけい

聖也の高校時代の後輩で、聖也と同じ技術部に入部して、ともに過ごしてきた仲だ

愛子も同じ高校だったが、接点がなかったため愛子と佳はこのサンタに入るまでは特に見知った仲じゃなかった

聖也が大学で建築系を学んでいたその時に、佳は車両系への道を選び技術部で学んだ車両についての知識と、幼い頃から好きだった車への思いで車両系の専門学校に進学、今は大手車両メーカーの新車開発部にいる

「サンタ・クロースに話がしたい。どこにいる?」

「支部長は……支部長室にいるようですね。内電で連絡しておきますよ」

「ああ。よろしく頼む」

聖也はエレベーターに向かって歩き出す

「ああ。そう言えば柊さん。あなたにプレゼントが届いていましたよ?」

「ん?何かしら……?」

「デスクに送っといたので、確認されてはいかがでしょう?」

「OK。ありがとう。メリークリスマス」

「メリークリスマス」

愛子もコートの裾を翻して、自分の部署に向かう

佳は挨拶を返してからこの『サンタ』を統べる人間に連絡を入れるべく手元の電話を手に取り、『1225』とナンバーを入れて内線をかける

『メリークリスマス。エージェントK』

「メリークリスマス。支部長。今そちらに聖也先輩が向かっています」

『おお!赤松君がか!わかったよ、職務ご苦労だね!!』

プツッ

異常にテンションの高い老人の声が電話を駆け抜け、内線は切られた

佳はしばし受話器を見つめてから、何も言えずに自分の業務であるカウンター処理に戻った





フォオオオオオオオオン

聖也は体が沈みこむ感覚に身を包まれながら腕時計を確認し、ガラス越しに見えるサンタ東京支部のホールを眺める

この施設に足を踏み入れたのは実に一年ぶりである

自分を呼んだ男。このサンタ東京支部を統べる老人から届いた招待状クリスマスカードに導かれ、再びここへ来る事になった

「ふう……」

今目の前に、一つの部屋がある

ドアには『支部長室』と書かれたステンレスが嵌り、その周りをプレートをリースが囲み、クリスマスに向けた装飾が施されている

その扉の左側につけられたくぼみに手をかけてドアを……

「違うな」

聖也は違和感に気付き、その扉に伸ばした手を止める

去年は横引き扉なんかじゃなかったはず。それに……

「このドア横に開いたらリースは……」

十中八九つぶれるよな。ってか、落ちるよな

内心呟き、周辺を探索

すると、聖也の視線の先に小さな紙切れがあった

ドアと床の隙間に挟まるように落ちていた紙切れを拾い、読む

「第一関門……はあ。面倒だな」

四文字の漢字が書かれたその紙切れをポケットにしまい込み、代わりにスマートフォンを取り出す

カメラアプリを起動して、正面の扉に向ける

「撮影……と」

カシャッ

写真を撮り、ギャラリーアプリでチェック

その写真には一ヶ所だけ不可解な場所があった

「んー……周辺のステンレスは反射してないのに文字の部分が光ってる……?」

支部長室と書かれたプレート。その文字の部分をよく見てみると、プリントされた文字ではなく、黒いアクリル系の素材を嵌め込んでいるみたいだった

コツッコツッ

文字の部分を爪で叩き、その素材を確認

その音の反響から奥にあるのが金属素材ではないことがわかる

「やっぱりここか」

もう一度プレートの文字を撮影して、眺める聖也

そして、答えに行き着く

「赤外線か……」

テレビのリモコンのボタンを押して、それを写真でとるとどうなるか

そう、リモコンから出ている赤外線を撮影することができる

一つ脳裏に浮かんだことがあったので、スーツの胸ポケットを漁る

そこに入っていたのは、司令から届いた招待状クリスマスカード

封筒のなかに入っていた手紙……そしてもうひとつ。

このサンタ東京支部における身分証明になるIDカード

それに書かれた身分証明用のバーコードを支部長室の文字にかざす

カチッ

ドアのどこからか音がした

それはまるで、鍵が外れたような音

「……」

まさか。と思いつつ聖也がドアを押すと、シュッと扉の真ん中を中心にドアが回転した

開いたドアの半分の隙間を通り抜ける

「やあ!よく来たね赤松君!メリークリスマス!」

「お久しぶりです支部長。メリークリスマス」

部屋のなか、机に向かって座り、資料に目を通していた朗らかな老人に聖也はお辞儀をする

「さすがは特務課のエースだ。あんな仕組みは簡単に解けるか!」

「子供たちに夢を届けるには数多の試練がありますからね」

「ははは!君は本当に面白い子だ!」

老人は立ち上がり褒め称える

この老人こそが、サンタ東京支部の最高権力者。支部長だ

名前を知る人間は誰もいない。秘密結社の一端の頭としてそれなりの秘密主義らしい

「にしても……あれはなんの真似ですか?」

「なーに。私が毎年リースを編んでるのは知ってるだろ?今年のリースは出来が良かったからみんなにも写真を撮ってもらいたかっただけさ」

とてつもなく下らない理由でドアを回転扉にしたサンタクロースもいるものだ

「全く……僕は工事技術には詳しいつもりですけど、こんな理由でドアを改修するひとは初めて見ましたよ」

「そうかい?まあいいじゃないか!夢を届けるのに遊び心がなきゃ楽しくないだろう!」

老人は笑みを浮かべ、聖也と話す

聖也もまた笑顔を浮かべる

「さて、特務課のエース君。君たちの仕事を説明しようか」

一通り笑ってから、老人は話題を変える

それにあわせて聖也の顔からも笑みが消える

聖夜に向けて、準備は始まっている





聖也が支部長と会話をしているその頃、サンタ東京支部諜報課児童係にて愛子はデスクワークを行っていた

机の上には誰からかは知らないが送られていたクリスマスプレゼントの電卓が置かれ、その横に置かれたパソコンのキーボードの上で高速で指が踊っている

「柊君!資料はあるかね!」

「ちゃんと持ってきてますよ。はい、どうぞ」

諜報課の課長から資料の有無を問われ、有ることを答えて頼まれていた資料を渡す愛子

「ふむ……」

課長は受け取ったバインダーに挟まれた紙をパラパラとめくり、満足したように頷く

「データはこちらから送っておく。君はハッカーたちが仕入れたデータをいくらか纏めておいてくれ」

「わかりました」

バインダーに挟まれていた紙は、愛子が保育士として働いている保育所の子供たちが描いた『サンタさんへ手紙』だ

それらに書かれているほしいプレゼントの情報をまとめ、プレゼント管理課に情報を送るのも諜報課の仕事のひとつなのである

諜報課の仕事はいくつかある

当日の各種公的交通機関の動き、子供たちの平均睡眠時間の調査、プレゼントを配るための標的の家の図面を入手すること、クリスマスに短時間でプレゼントを配れるように最速のルートの検索、良い子にしかサンタはいかないため、子供たちの素行調査。

などなど、実は諜報課だけでも仕事は豊富だったりする

そのためサンタ東京支部のホールから見て二階のスペースは全て諜報課の部屋が並んでいる

「ん?……メール?」

パソコンを操作している愛子。そのデスクトップにメール着信を知らせるウィンドウが出てきた

メールを開き、眺める

『From:友姫』

内容に目を通す

『やっほー。さっき各種児童相談所からデータを貰っといたから、送っとくねー』

「まさか全国の児童相談所の全部をあの透明人間がクラッキングしたんじゃないわよね……」

あのぬいぐるみ姫は素性がわからない

名前以外のほとんどのデータが無いから

『メールを受信。From:友姫』

愛子は送られてきたデータをそのまま表計算ソフトにうつしていく作業を初める

単純だけど面倒な作業ではある



「さて、紹介しよう。彼らが今年の特務課の有望な人材だ。そして君たち!この人が今年の特務のリーダーの赤松君だ!」

支部長室の隣、『特務課』と書かれた部屋の中で、支部長と聖也、その他複数人が会議用机につき、会話を始める

「よろしくお願いします。俺の専門は建築。自分で設計して、自分で現場でノコギリを振っている。あらゆる建物には侵入できるつもりです」

目で「挨拶をしろ」と支部長から伝令があったため、聖也が立ち上がり、自己紹介をした

「エリック・フェラーリ。イタリア人ね。ローマ支部から日本支部に転属になったのよ」

え、エリック……!?

スカーフを巻いた長身の乙女口調の男。エリック

「専門はヘリコプターの操従。いわゆるパイロットね。よろしく」

最後の投げキッスと言い、恐らくこの人アレで左遷されたのであろう……

聖也が内心一人ごちて、しかしその言葉を漏らす事は無い

エリックの隣にいる人物に聖也の視線が向き――。

「こんにちは!僕はピエロ!ワンダーランドからやって来た玉乗りさ!」

またもや聖也の言葉が奪われる。絶句

そこにいたのは異常、不気味とも言える程に塗りたくった顔面で笑みを浮かべ、大きな帽子を被ったピエロ

「あの……支部長。こちらは?」

「今自分で言ってた通り、ピエロさ。この間サーカスに行った時に良い動きしてると思ってスカウトしたんだ!」

「ここ秘密機関ですよね!?」

リースを編んでいる支部長に頭を抱えて明らかな呆れを見せる聖也

一体何故カマっぽいイタリア人とかピエロがこんな所に……

突っ込んでも仕方ないので最後の一人を見やる

「う、うわ」

「わたしはビィ!奇術師マジシャンやってるよ!」

名乗りを上げる前から聖也が若干引き気味の声を出した。そしてその後の自己紹介からもそいつの事が分かる

目が覚める程に赤い燕尾のジャケットに、ワイシャツとチェックの蝶ネクタイ、黒のスラックス、黒のシルクハットで身を飾った少女だった

机の上でトランプをリフルシャッフルで混ぜて、一枚のカードを抜き取るその少女の左胸には『B』と書かれたネームプレートが安全ピンで止められている

「さて!選ばれし精鋭サンタの諸君!君たちが特務課だ!なにか質問はあるかな!」

「よろしいでしょうか?」

支部長の強行なまとめの姿勢に聖也がどうしても黙っていられなかった事を投げ掛ける

立ち上がり息を吸い込み――。

「なんで俺以外横文字なんですか!?」

サンタ東京支部特務課メンバー

赤松聖也

エリック・フェラーリ

ピエロ

B

「これ、いったい何が起きてるんです……!?ってかエリックさんは本名っぽいから許しますよ!ビィさんも芸名っぽいから許しますよ!なんなんですかピエロって!?」

「彼にそれ以外の呼び名はないと思うけどねえ?あ、そうか!君も横文字にすればいいんだよ!赤松だからレッドパインだ!」

「そういう問題じゃないでしょう!」

聖也の意見はごもっともなところだ

正直、先が思いやられるところである

机を目の前にカマのパイロットとピエロと奇術師がいるんだから

「まあいい……支部長。訓練室は開いていますか?」

「施錠されてるけど誰も使ってないから開けようかい?」

「ちょうど夜中なので、この時間帯での各メンバーのポテンシャルを計りたいので」

「そいつはいい考えだ。開けようか。みんなついてくるんだ!」

聖也と支部長が立ち上がり、特務課の部屋をあとにする

その後ろをついていくマジシャン、ピエロ、イタリア人




たどり着いた部屋は、暗く、様々な障害物が置かれた部屋

一号訓練室

サンタ東京支部の『配達課』や『車輌課』がそれぞれの任務遂行のために訓練を行う部屋だ

一号訓練室から五号訓練室は配達を行う人間が訓練をするために作られた部屋で、六号から十号はフライトシミュレーターやドライブシミュレーターの置かれた部屋。畳の敷かれた道場や、トレーニング器具の置かれたジムもある

まあ、そんにななかの一つ。家のなかを模した施設だ

「エリックさん。あなたは実地投下はしないように支部長に言われているので、ここで俺とモニターしてください」

「エリックでいいわ。リーダーさん?」

ゾワッ

聖也の全身の皮膚が収縮して、鳥肌がたった

「君はパイロットとして働いてもらうからね!」

支部長はエリックに笑いながら理由を話す

まあ、パイロットなんだろうな。特務でパイロットは初めてだが

「あー。B、ピエロ。聞こえているな?聞こえているなら右手を上げてくれ」

訓練室の中で、二人の人影が手をあげる

相変わらず見せ物小屋みたいな空気だが、初めてしまえば関係ないだろう

実戦ではサンタ服を来て大きな袋を持った状態だからな

「さて、君たちにはこれから一般住宅を想定したプレゼント配達の訓練をしてもらう。なお、諜報課からの情報で子供部屋は二階にある事は判明しているとする」

マイクに向かって内容を告げる

「本来、この難易度は配達課の中でも特に初心者が行なうレベルのものだ。しかしながら油断せずに行なってくれ。特務課はもっと高度な任務につく為の専門部隊だから、この程度の部屋で脱落しないように。我々は配達課と違い、一つの家庭に対して複数人で乗り込む事が多い。だから君たちには今回二人一組ツーマンセルで挑んでもらう」

特務課が挑むのは高層マンションの部屋の一室や、高度なセキュリティの張られた家など

一般の配達課では任務遂行が難しいと判断されたエリアに侵入するのが、精鋭部隊特務課なのだ

「当然だが、我々は高度な依頼を受けるとは言え、複数人送り込まれるのだから、多くの家を回る事になる。任務には迅速な行動を求めよ」

目撃者の減少などの目的もあるが、何よりも一人でも多くの子供に夢を届ける為

「さあ、その足下にある袋を子供部屋まで持って行き、クマのぬいぐるみを納品せよ。準備は良いか?」

モニターのなかで二名の人影が手を挙げる




Bは暗がりの中床に置かれていた袋を持ち上げる

「んじゃ、始めようか!ピエロ!」

「そうだね!がんばろっか!Bちゃん!」

二人は楽観的に笑っているが、状況は不利である

手にした袋の色すらもわからないような暗がり、真っすぐ歩く事すらままならないこの状況で、どう挑むのか

「まず最初は玄関だね」

目の前にある玄関の扉と思わしき壁を目の前に、会話を交わす

この暗がりで二人がドアの存在を認知できたのは、二人がそれぞれ特殊な用法で前を見据えているからだ

Bはその顔に金属製の機器をつけている

これは最先端のヘッドマウントディスプレイだ

赤外線を照射しながら二ヶ所の赤外線カメラで撮影、その映像を立体加工してディスプレイに映し出す映像透過タイプ

最先端の代物で稼働時間は市販されている物とは大きく違う軍事用HUDヘッドアップディスプレイすらも凌ぎ、本来はコンマ数秒かかる映像処理を百分の一秒以内で立体的処理まで施す優れもの

これによってBの視界は白と緑で物体がくっきりと映されている

「ピエロはさー。どうやって視界を安定させてるの?」

「ワンダーランドのお姫様に魔法をかけてもらったから暗闇でもへっちゃらなんだ!」

こいつ……ホントに特務に入れて平気だったのか?

聖也はモニターの前で冷や汗を垂らす

特務どころかサンタに所属する事さえやめるべき人材じゃ……?

「よーし。じゃあ、ドアを開けよう!」

ガッ

「鍵がかかっているみたいだね!」

無施錠の家が今時あるか……?

「サンタさんは煙突から入るのが通例なんだろうけど、この家はエアコン派なのかな?煙突ないね」

訓練室の中に丸まる一軒家を建てて現代そんなに存在しない煙突建てれるかよ!

……いや、まあ二号訓練室とかここ以外のフィールドは一応部屋のなかに家を建てたんだけどね

さすがに煙突は無いね

「とにかく鍵を開けなきゃ入れないね」

ピエロが言い、そのドアの前にしゃがみこむ

「うーん。Bちゃんピッキングツール持ってる?」

「あるよ。はい」

「よーし……ん?あれ?」

カチッ

ピエロがピッキングツールを鍵穴に差し込んだ次の瞬間&奇妙な音がした

それは鍵が開くような音ではない




やりやがったよ……マジかよ

「あー。ピエロ、B。失格だ」

『『ええ!?』』

実力を計る訓練であるため、聖也はここまで突っ込んで来なかったのだが、ここで制止である

「君たちが今目の前にしている扉は7、8年ほど前から一般家庭にも普及が始まった特殊キーのドアだ」

特殊キー。そう呼ばれるものが存在する

「特殊キーは本物の鍵を入れないとピッキング防止装置が作動する。防止装置が働くと本物の鍵でも開けられなくなる」

実践任務でやろうものなら大変なものだ。プレゼントを届けるのにその家の扉を開かなくするんだから

「任務前に届く諜報部の情報から、特殊キーである場合は連絡があるが、特殊キーの報告がなかったとしても、諜報部の情報収集で得られなかっただけで実際は特殊キーである可能性も十分にある。迂闊に鍵穴に物を突っ込まないようにしてくれ」

「すみませんでしたー」

「失敗は誰にでもあるよね!」

Bは反省の姿勢を見せて、ピエロは日頃からサーカスの失敗例をやる役だからなのかやけに楽観的だ

「……君らの訓練はまた後日にする。8号訓練室でエリックのフライトシミュレーションを見るから、現地で落ち合おう」

二人の演者が手をあげる





次に訪れたのは、フライトシミュレーターの置かれた部屋

今、エリックが腰かけているのは恐ろしいほど狭いシートと、目の前に一本天をめがけた操縦幹、目の前に二枚のディスプレイと多くのメーター機器、右側にもよくわからないけどスイッチのようなものがたくさん並んでいる

コックピットを再現したものだ

「いやんっ!これは日本の自衛隊が使ってるOH-1の操縦席じゃないっ!あたし一度でいいから乗って見たかったのよん!」

シートに座って機器を見ただけでヘリコプターの名前を言い当てるエリック。その姿はツナギとヘルメット、サングラスでパイロットそのものだ

「今まで世界中のヘリに乗って来たわ。でもこのOH-1は一度も乗ったことが無かったの!日本にしかないし、日本でもほんのわずかしか生産されてなくてなかなか見られないのよね!自衛隊のヘリなんかそうそう乗れる訳じゃないしね!」

「今回の特務では日本航空自衛隊からOH-1。通称ニンジャを一機だけ貸し出してくれることになった。実践で扱ってその性能を発揮、なおかつ壊さずに乗れるようにエリートなパイロットにしか貸せないそうだ」

「わお!じゃあアタシが操縦できるのね!愛してるわリーダーさん!」

聖也の顔が青ざめる

「それにしてもホント、いいものに乗れそうね。ニンジャと言えば日本の誇る最高の偵察ヘリ。凄まじい機動力で曲芸飛行ができて、なんといってもヘリコプターでありながら縱旋回ができる!楽しみだわ!」

エリックを除くメンバーは下がり、置かれたモニターを見る

モニターの中にはえらくシャープな前方投影面積の少ないヘリコプターが映し出される

その周辺にはビルが立ち並ぶ。これは東京の景色

これはエリックが座っているフライトシミュレーターの操作に合わせて画面の中のヘリ、OH-1《ニンジャ》のCGが動く仕組みになっている

『こちらOH-1。特務課パイロットのエリック・フェラーリ。これよりフライトテストを始めます。離陸許可を』

エリックの装着したヘッドセット内臓ヘルメットが声を拾い、スピーカーで拡張されて出て来る

「こちら管制室。OH-1の離陸を許可する」

『ありがとう。離陸します』

未だに支部長の業務に戻っていなかったじいさんが応答し、エリックがそれに応じる

『エンジン点火。各種機器異常なし。メインローター、テールローター共に好調』

エリックの腕が唸る

『たった34機しか生産されてない機体、壊さないようにしっかりと慣らしておかないとね』

高性能なフライトシミュレーターであるため、エリックの声にエンジン音のエフェクトがかけられて、こちらに届く

今エリックのしているヘッドセットにもメインローターの音が届いている事だろう

『離陸』

一気に画面のなかのヘリコプターが上昇する

エリックのフライトシミュレーターの前におかれているディスプレイでも景色が流れて、視点の上昇が見れる

『シャープなボディの割に鈍重ね。垂直上昇は重め……』

エリックは手元にあるそびえ立った操縦幹を握り混み、前に倒す

前進、だんだんと速度は上がる

『前進速度はかなり早い……前進上昇をチェック』

聖也たちの目の前のモニターでヘリコプターが上昇しながら飛ぶのが見える

『よっ……と』

一気に空中で後方縱旋回、特攻野郎Aチームでハードックがやっていたのと同じだ

『もういっちょ!』

さらにもう一回縱旋回

『水平キープ!……あら?』

ジージージージージー

けたたましいアラートが鳴り響き、エリックが首をかしげた次の瞬間

バンッ!ドゴンッ!

『OH-1墜落』

ご丁寧にシミュレーターが状況を教えてくれた

「「……」」

特務課の面々の顔が青ざめている

「やっちゃった☆」

「「……」」

「あー……エリック?」

聖也が苦虫を噛み潰したような表情で話しかける

「空中縱旋回ができるほどの優れた性能を持つOH-1偵察機、ニンジャが自衛隊で開発されて。なんで34機しか生産されてないんだっけ?」

「およそ20億円したからよ」

つまり、さっきの空中二連続縱旋回で20億円が吹き飛んだことになる

「あくまでも借り物なんだから本番は墜落しないように気を付けてくれよ?」

「わかったわ。リーダーさん」



その日の訓練は終わった

近づく聖夜と、現在の特務課の状況を考えながら痛む頭を押さえて聖也は帰路についていた

……のだが

「……なんでお前らついてくるんだ?」

「僕の家もこっちなんだ!」

「わたしの家もこっちでさー」

「アタシの家もこっちなのよ」

サラリーマンっぽい聖也の後ろについてくるピエロとマジシャンとイタリア人

エリックはともかくピエロとBは色が色なだけに街灯の明かりに入ると凄く目立つ

「……まさか」

聖也は駅近くのアパート。自分のすむ場所に辿り着き、敷地へ――。

「なんでまだついてくるんだよ!?」

「「同じアパートだった!」」

偶然か必然か、同じアパート。しかも一階で並んだ部屋だった

「アタシはこの部屋よ。またね」

エリックが鍵を開けて部屋に入っていく

そのドアには11と書かれていて、その下にフェラーリのステッカーが貼られている

……エリック・フェラーリな。いや、まさか隣の部屋だったとは

聖也は内心驚きを隠せない状況でエリックの隣、自分の部屋を開けようと――。

「おやすみリーダー」

「いい夢を!」

エリックとは逆の方向の隣の部屋とその向こうの部屋、手前がBでピエロが奥。それぞれ部屋に入っていった

「……」

鍵をドアノブにさすのを一度とめて、隣の部屋の家主の名前を確認する

「……!」

蜂の絵が描かれていた

つまり、Beeなのだろう

聖也は行き場のない激情に耐えつつ、さらにピエロの部屋のドアを見る

「白樺……?」

白樺。どこかで聞いたことのある単語で、脳裏に引っ掛かった何かが反応する

「まさか……!!」

ガチャッ

自らの推測の正負を確認すべくドアノブを握りこみ、力を入れる

が、チェーンがかけられていてドアは開かない

「おいピエロ!そこに白樺友姫はいるか!?」

部屋の中へ声をかける

「ん?あれ?赤松の声がするねー」

電車のなかで聞いた声が部屋のなかから聞こえ、聖也は唸る

「いい加減姿を見せろ白樺!お前、何年間姿見せてないと思っていやがる!ってかピエロと知り合いなのかよ!ピエロといいお前といい何者だ!」

ガチャッ

ドアのチェーンが突如として外れて、聖也が握って引いていたドアが一気に開けられる

「ピエロは私の召し使いだよー。ワンダーランドにいた頃に魔法をかけてしもべにしたんだー」

「リーダー。今日はもう遅いよ。いや、日付変わってるね。早く寝ないと寝坊するよ」

「……!!」

出てきたのは、ウサギのパペットをつけたピエロ

「じゃ、じゃあな……」

バタン

ドアが閉められ、聖也はしばしその場に立ちすくむ

「なんなんだ……?あいつら」

台詞的には嫌悪感のあるような言葉だが、紛れもなくただの疑問だ






一夜明け、その日はクリスマスを前にした休日で、街にはクリスマスプレゼントを買いに出掛けてくる親御さんの姿がちらほらと見えて、朝から賑わう町並みがある

そんな休日の朝のこと

「やっべえ遅刻する!」

朝日が布団に差し込み、その眩しさで目を冷ました聖也は枕元の目覚まし時計を見て跳ね起きた

今日は支部の方に一日中顔をださないといけないのに

朝飯は購買で買えばいいか!

急いでいつもとは違うラフな服に着替えて、リュックサックだけ手にもって靴に足を突っ込む

「「「「行ってきます!」」」」

聖也が玄関のドアを開け放つと同時、周辺のドアが一気に開いた

ガチャッ

一気に全員同時に鍵をかける

「なんで起きる時間まで一緒なんだよ!」

屋根のある駐輪場に向かい、聖也は自分のクロスバイクのチェーンを外す

リュックを背負い、自転車にまたがる

ブオオオオンン

突如としてエンジン音がして聖也がアパートの共同駐車場をみやる

「遅れるじゃないっ!」

髭を剃る時間がなかったのか、電動髭剃りでアゴヒゲを剃りながら軽トラック……キャリィに乗って現れるエリック

「お前乗ってるのフェラーリじゃないのかよおおおおおおおおお!!いや、フェラーリに乗れとは言わないけどよりにもよって男のキャリィかよ!これでお前もキャリィ野郎だな!」

「野郎って言わないでよ!」

全く関係ない話だが、軽トラはサンバーは丈夫、キャリィは坂に強い、ハイゼットは内装が機能的。と、それぞれ個性があるので好みにあったものを買うといい

フォォンフォオオオオオオン

またもや別のエンジン音がして発車できていない聖也の注目が別のところにいく

「お先にー!」

「「なっ!?」」

高速でキャリィを追い抜かして聖也に手を振って走り去る一台のバイク

HONDAのCB400。バイクの教習所によくおいてあるバイクにライダースーツの人影が乗っている

フルフェ被っててわかりにくいが、声からしてBだと予想できる

「俺も急がねえと!」

「いかなきゃ!」

聖也がペダルをこぎ、エリックがニュートラルからドライブに変えたキャリィのアクセルを踏み込む

「置いていかれるーー!!」

一人出遅れたピエロが一輪車にのってその後を追いかける

こうして、サンタ東京支部の特務課の一日は始まった



特務課と書かれた部屋の中

朝食を食べつつ、特務課の面々はそれぞれのデスクでパソコンをいじっている

現在、彼らの装備を整えようとしているのだ

エリックだけはツナギだが、聖也、B、ピエロは現地に突入するためサンタコスで乗り込まなきゃならない

自分の理想的なサンタ服を装備課に申請する訳だ

たった今自分の身長と体格のデータを送った聖也は、自分のデスクに来ていたメールを開いた

そこには後輩の佳から届いていたメールで、内容に目を通す

「……新型のトナカイバイクを作っている知人がいるんだが、誰か一緒にいくか?」

「いきまーす!」

「いかないわ。」

「いけないよ!」

「Bだけ来るのか」

聖也はデスクの鍵をかけて立ち上がる

「ついてきてくれ。研究所にいくぞ」

「はーい!」

特務課の部屋を出て、廊下を歩く

『研究所入り口』と書かれた部屋の前で二人は立ち止まる

フロアーからみて三階だが、ここは地下

研究所の一階はここから入れる

ここでは多くのサンタ用の機器がおかれ、開発がされている

特別なエレベーターも数個用意されていて、地上の物流センターの一画と繋がっている

ウィーン

鈍色の自動ドアが開き、なかに入る




ガシャッガシャッ

ウィイイイン

「おお!すごい!」

「来るのは初めてか?」

「そりゃ、一年目ですから!」

Bは感嘆の声をあげる

研究所はいろんな研究をしている

その中でも車両の研究をしているのが、この一階

たった今、大型のそりが地上に運ばれていくのが見える

「おはようございます聖也先輩」

「ああ、来たか。って言うか俺らがきたんだけどな」

「そちらは?」

「特務課の新人だ。名前はB。B、こいつは俺の高校の時の後輩の佳だ。エージェントKとして特務課を支えてくれる技術者の一人だ」

オペレーター業務をすることもあるが、本職は車輌系の整備、開発。それが佳だ

「よろしくBさん」

「よろしくですね!」

「さて、佳。Bもお前の新型機に興味を持ったから来たんだ、新型機を見せてくれ」

聖也はキョロキョロ周りを見てから言う

「TKKトナカイは上に上げておきました。外じゃないと動かすの許可されないんで」

「OK。じゃあ外にいくか」

作業着姿の佳につれられて、人間用のエレベーターで外まで上がる



太陽光の照らす昼間、乾いた冷たい空気が肌を撫でる

が、佳たちが出たのは建物の内部。そこまで寒くはない

ここは物流センター

実はこの物流センターがまるまる一つ、サンタ東京支部の一部としての役目も果たしている

子供たちへのプレゼントを怪しまれずに大量に入手し保存できる場所として最適なのがこの、物流センターだからだ

物流センター内部は内部で諜報課の人や外国の支部との連携を行う人、各種任務の実行における計画をたてる人がいる

そして、この物流センターの一画が研究者たちの作ったものを集めたり、フィールドで動作テストをするために研究品を持ってくる場所だ

佳たちは車輌用エレベーターに近づき、そこで壊さないようにゆっくりと運ばれてきた研究品たちを見る

「あ、Kさんじゃないですか!TKKはグラウンドに送っておきましたよ!」は

「ありがとうざいます!……今度一緒に飲みに行きますか?」

「いいですね!おごりならいつでも歓迎ですよ」

「ハハハ!メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」

佳は近くにいたヘルメットをかぶった技術者と思わしき女性に声をかけられていた

聖也とBは先にグラウンドの方へ足をすすめる

「うお……すげえ……」

グラウンドの目の前までやってきて聖也は圧巻される

そこは純白のフィールド

雪上車両の実験のためにわざわざ人工雪を積もらせたのだ

だが聖也が驚いたのはそれだけじゃない

その上を高速で走るそり

大きなそりで、積荷を載せるところに白の大きな袋がたくさん載っていて、前には二頭のトナカイがいる

「あれ……トナカイじゃないのかなー」

よくみるとそのそりを引くトナカイは足の動きが奇妙で、浮いている

いや、足の下に白で塗装されたキャタピラがある

「あれは隣の研究室。浅野組が作った旧型の改良モデルだそうですよ」

追いついた佳が話す

「まあ、単純に動力をエンジンとモーターのハイブリッドにすることで静かにしただけらしいんですけどね。技術者たちは工夫に困っているみたいですよ。これ以上の研究はなかなか難しいですから」

「でも、その夢を諦めずに実現したのがお前なんだろ?」

「研究知識ばかりで動物の知識に乏しかった技術者たちは、必死に新たな技術を求めていて、たどり着けなかった。目の前に夢中になって周りが見えていなかった。僕はすこし動物について勉強しただけですよ」

佳は語りかけるようにして、近くに置かれていた白い布をかぶった塊に近づく

「これが、その成果。Type Kusunoki Kei。楠佳型トナカイバイクです!」

その白い布を剥ぎ取り、姿が現る

「たちあがれ」

ウィイン

「トナカイが立った!」

「お、おお!!」

茶色の毛皮で細い足と大きな角を持ったトナカイが、自立した

それは自然界に生きる生き物と同じ動き。前足を固定して後ろ足で前に押し入るように立ち上がるあの感じ

そのボディにはタイヤもなければ、キャタピラもない。正真正銘の四足歩行のロボットだ

「他の研究者もこの四足歩行のリアルなトナカイロボットを作ろうとしていたのですが、足の付け根と膝の部分の二箇所で稼働できる装置で固定するとうまく動かなかったんですよ。立ち上がることも難しくて、角の重さがあるのですぐ前に倒れてしまっていたんです。そこで僕が本物のシカやトナカイの骨格を調べたところ、興味深いことに、このように足の付け根、次の関節、外見上膝のような部分、この三箇所が可動域になっていて、骨は雷の形のように並んでいたんです」

確かに、TKKトナカイは前足、後ろ足ともに雷のマークを描くように二箇所の曲がり部分がある

「この形を再現することで、旧タイプの欠点だった可動域の前後両方向への稼働が、片方向の稼働に抑えることができてパーツの強化に向上、また形状の都合により速度を上げるための脚力の増加も容易になり、本物のトナカイのような動きができるようになりました」

「あー……難しい話だが、要するに動物を完全再現したってことだな。こいつはすげえ」

「本当にすごいです!これは!」

Bは子供のようにはしゃぎ、目をキラキラさせる

「で、今回は聖也先輩にモニターテストをしてもらおうと思ったんですけど、いいですか?」

「え、リーダーずるい!」

「乗りたいか?」

「かっこいいじゃん!」

このマジシャン、朝のバイクといい、またがると似合うのだろう

聖也は少し考えて佳に話す

「佳、こいつにBをテストパイロットとし乗せることはできるのか?」

「まあ、乗車のデータを今計測してプログラム改良すれば普通にできますよ」

「あー。要するに?」

「実用化を目指して作っているものなので、またがって少しすれば体重を測定、それから軽いテスト動作があるのでそれを行えばバランサーが個人に適した状態になって、誰でも操縦できるようになります」

「おお!じゃあわたしも乗れるね!」

「ただ、実験機なので事故を起こしては困りますからね?怪我も保証できませんよ?」

「大丈夫大丈夫!」

Bは最先端技術のモニタリングをできるということで喜び、はしゃいでいる

壊しそうで心配なところではあるが、佳は一応ドライブの準備をする

「ボディには燃料であるバッテリーが入っていて、後ろ足、前足、各所にモーターで稼働パーツがつけられています。操作法はあぶみでクラッチ操作、角をバイクのようにひねれば加速、減速が可能です。ブレーキは角のここ……この部分とこっちの部分を同時に握りこめば停止動作に入ります。ですがこいつはドラムブレーキでもディスクブレーキでもなく、バランスを保ったまま停止に向かう動作を行うだけなので、急ブレーキでも止まりませんから、注意してください」

「はーい」

「あと、加速するのにただ足の動きを早くするだけでは上に飛んで空中で空回りして着地時に足が折れる可能性があるということで、馬を再現して、加速したらトルクを上げて滞空時間を伸ばして伸びのある走行になります。当然、空中でブレーキをかけてもなかなか止まりません」

「さっきの声で操作してたの。あれはどうやったんですかー?」

「……」

話を聞いているのだろうか

Bのことが心配になってくる聖也

「こいつは、地形に合わせて動くように前方に向けた光線センサーを初めに、多くのセンサーをつけています。それにより階段なども特別な操作なしに登れるようにしました。声門認証は高さ1m以上の障害物を目指した時に、タイミングを合わせて飛び越えれるように。とか、特定地点まで自動操縦。とかのために声で命令を聞けるようにいくつかプログラムしました」

「飛べ!」

「……」

トナカイ、動かず

「複数人で並んで走行するときに事故が起きないように、パイロットの声でしか操作できないようにしています。あとで登録しましょう」

「えー」

気が早すぎる

「あまり長話しても仕方ないですか……壁を目前にしたら地面の硬さとかを分析して飛ぶか止まるか曲がって回避するかを判断するプログラムとか苦労して作ったんですけどね……」

「すまないな。佳。俺もBも技術面にはあまり詳しくなくってさ。現場のことばかり考えちまう」

「まあいいですよ。おろしてくれ」

佳がトナカイの頭を二回ほど叩いて、腰を下ろしたトナカイから降りる

自分の作品を他人に乗ってもらうのは緊張する。すこし自らの研究の結果を見て、それからBへ向く

「あなたが僕を除く。初めてのパイロットです。適合を開始します」

「了解!」

「さて……新たな母が手に入るぞ。適合者交代を開始」

『適合者交代を開始。新適合者はTKKトナカイに乗ってください』

トナカイが立ち上がり、どこからか合成音で指示が出される

「Bさん、トナカイへまたがってください」

佳に言われて、ライダースーツのBは鐙に足をかけてトナカイに乗った

『体重計測……完了。次に機器の適正操作を設定します。まず最初にブレーキからです。角を握りこんでください』

「あいあいさー」

ガイドボイスの声にそって、角を握り込むB

『ブレーキ設定完了。バランサー設定を行います。角を握っていてください』

ブレーキではない方の角を握り、トナカイの揺れに耐える

この動きもまた、リアルで見ている聖也はその出来栄えに驚いている

『バランサー設定完了。アクセル設定に移ります。角を捻れば進行、鐙で変速が可能です。角を引けば自転車と同じように曲がります。テスト走行を始めてください』

「全部さっき聞いたもんねー!」

Bは喜々として、トナカイの角をひねる

急加速

一瞬前身を上げて、その前足が前に伸ばされると同時に後ろ足が伸びて、勢いよく発進する

「ひゃっほう!!」

爆走。雪の上をその白銀をまき散らしながら駆け抜ける

「しっかしこれ、トナカイに乗ったサンタってのも妙な話だよな。トナカイの引いたそりにサンタは乗っているはずなのに」

「それをいっちゃおしまいですよ」

これもまたどの研究者も考えなかったことである






「いやー。楽しかったなー」

「良かったな。佳にも褒められてたじゃないか」

特務課に向かうBの表情は満足げで、聖也の顔もほころんでいる

先ほどの適合。あのBの身長体重が最も操作に適していることが判明し、その性能を最大限に引き出すことが可能なのだそうだ

今回のモニタリングで身長、体重に対してのモーターの力の対応をすこし見直すことにつながったのと、使用者によるトナカイの足の長さの変更のノウハウにもつながった

佳は「いいデータが取れた」と笑い、夢を叶えるべく自分の仕事にもどった

「あら?聖也じゃない。そっちの調子はどうかしら?」

「こっちは上々だよ。愛子。諜報課のほうはどうなんだ?」

「クリスマスを目前として、わたしが動くのは少なくなってきたわね。今も友姫ちゃんから資料送られてコピーとか転送とかやってるんだけどね」

「お前らの仕事のおかげで、俺たちは効率よく夢を届けれる。頑張ってくれよ」

ひとりでも多くの子供にプレゼントを届けるため

ほしいものを届けることが、夢を届けるなんて大それたことなのか?そう思うかもしれない

でも、そのプレゼントを楽しみに待っている子供たちがいるのだから、その願いを叶えてあげるのは、ちょっぴり大きな仕事だろう

「あ、そういえば白樺の件なんだが、とうとうしっぽを掴んでな。あいつの家は――。」

「リーダーさんハロー!」

「ヒィッ!?うわ、びっくりした……ピエロか……」

「その後ろの人たちは知り合い?」

「ん。ああ、特務のメンバーだ。そうそう、このピエロと白樺は同居しているんだ!」

「え!?友姫ちゃんの彼氏さん!?」

「それがよくわからなくて姫としもべの関係とかなんとか……」

「なにその外見でそんなアブノーマルなことしてるの!?」

「結局正体はつかめなかった」

「むしろその秘密まで知って何故!?」

廊下ですこぶる賑やかになる

そんな喧騒で、Bは一人つぶやく

「私だけじゃない。みんなで届けるんだ、みんなが楽しみにしている。幸せを」

それは小さな決意

目の前の人を喜ばせるのにカードを破り、球をカップに隠す

それと同じ

自分にできることをやる。他の人のできないことをやる

「きーめた!」





ピエロのパソコンにメールが届く

送り主は、姫

クリスマスを前に、一つの物語が蘇る

それは小さなおとぎ話から始まった、小さな物語

ほとんどの少女は一度はおとぎ話のお姫様(プリンセス)に憧れるものだ

だとすればこんなことがあってもおかしくはない

少年は、囚われの姫を救ける王子に憧れる

最近はテレビで仮面ライダーなんちゃらなんてやっているため少年たちはバイクにまたがり変身して悪逆非道な怪人と戦うのに憧れがちだが

貧乏でテレビを見れず、一人姉のいたその少年は、姉に聞かされていたおとぎ話の王子に憧れた

白馬にまたがり、そのサーベルを振りかざして大きな竜をやっつける。お姫様をとりもどす

そんなことに憧れた。だけど現実は厳しかった

少年は王子じゃない。テレビすらない家、白馬もサーベルも持ってはいない、囚われの姫もいない

少年は困った。憧れた存在にはなれない

だけども王子様に近づきたい

まだ幼いその頭でなんども繰り返し思考して、答えを紡いだ

「お姫様を笑わせよう」

おとぎ話を読むとき、お姫様が最初に笑うのは王子との会話

特に王子のドジなシーンで笑ったりするのは、作中でも何回もあるはずだ

笑わせたい

少年が目指したのは、ピエロだった

笑わせる姫を探そうと思ったが、それはすぐに見つかった

「ねえ!おねえちゃんお姫様になるから、あなたは召し使いになってちょうだい!」

花をつみ、飾りを作った。それを頭にのせた少女はその弟に命令した

「……わかったよ。お姫様。僕があなたを笑わせる」






若者たちとは馴染めないわ

エリックはそんな思いを胸に、昨日と同じ、8号訓練室にいる

パイロットだからなおさらかしら

彼らの仕事は夢を子供達に届けること。あたしの仕事はローマからやってきて政府のヘリの性能を日本政府の実験台として披露すること

そう割り切っているのかしらね。あたしも

サンタに国家的な圧力がかかっているのは間違いなさそうだ。少なくとも、軍用偵察ヘリを貸し出してくれる程度には

だがこのヘリも国家が他国に対して自国のヘリの性能を見せつけて優越感に浸るために送られたのだろう

「ニンジャ、あなたは影に生きる存在でありながらその姿を見せ物にされるのよ」

今ここにはないヘリに語りかける

「あなたはあなた。わたしはわたし。見せ物とその操り師、お互いに観客のために頑張りましょ」

天に投げキッスを放ち、コックピットのシミュレーターに乗り込む

だが、どうにも落ち着かない

吹っ切れたようで心に何かが残っているような嫌悪感。どこか感情に誤りがあるかのようにかすかに感じる焦燥感

どこで間違えたの?いつ間違えたの?なんで間違えたの?

自問の全ては間違いについて

最後の問いが突き刺さる

「何を、間違えたのかしら」

自分は人形を繰る人間、ニンジャは舞い、見物客が喜べばそれでいいはずなのに

特務課はどこに位置する?

ヘリを操縦するのは間違いなくエリックのみ、舞うのは特務じゃない、見物客もまた特務とは違う

彼らの仕事は?

ひとりでも多くの子供にプレゼントを届けるべく、他のサンタたちが諦めた住居に忍び込み、プレゼントをおいてくること

エリック。お前は何者だ

「あたしは……サンタ東京支部特務課所属ヘリコプター専門パイロット。エリック・フェラーリよ」

馴染めないんじゃない。馴染もうとしていなかった

若者たちと自分は同じ存在にいるのに、間違っていた

「そう、これが……間違いなのね」

ヘルメットをかぶり直し、操縦桿を強く握る

自分にできることはこの操縦桿を傾けること

そして

希望を届ける人間を届けること







時間はあっという間に過ぎ去った

聖也は一年間のブランクを感じさせないほどのアクロバットな動きを取り戻した。住居への知識とその身体能力を扱い、模擬配達では優れたスコアを叩き出した

エリックはヘリの持つ力を最大限に生かせるように操縦テクニックをさらに上達させた。一度実機訓練を行い、その重力を体に叩き込むことで、実践に特化したフライトを行えるようになった

ピエロは一つ一つの動きが洗練されていった。元がサーカスのピエロということだけあり、その身体能力は凄まじく、聖也すらも凌駕するほどの速度でプレゼントを配る。それに加え、並外れた持久力も確認され、長時間寒さに耐えながらの任務に光が見えてきた

Bはそのマジシャンのテクニックであまたの小道具を携行、うまく使い分けることに特化した。箱からの脱出マジックなどで鍛えられた錠前外しのテクニックや柔軟な体をいかした潜入任務が可能となった


そうして迎えたクリスマス前夜イブ

「さあたくさん食べてくれ!うまいか?けっこう。ならばもっと食え!」

東京支部のホールにてサンタ東京支部のエージェントが一堂に会して、七面鳥を食べて、ブレッドをかじる

「前夜祭だ!明日は神の誕生日!子供たちが待ちかねた日だ!朝から笑顔になる子供達のことを想像してご覧!」

えらく饒舌になった支部長が語り、それを聞き流しつつエージェントは腹を満たす

いや、八分目か。満腹では動きが鈍くなり、最終調整ができなくなる

あと数時間もすれば日付は変わり、任務がはじまる

不思議と緊張感はなく、むしろその緊張感が高揚へかわり、気分をずっと楽にする

「聖也、頑張ってちょうだいね」

「ああ、ありがとよ。愛子」

聖也の皿の上に隣の席からちぎったパンがのせられる

「全力で行かなきゃならないね!」

「わたしに出来ることをやるんだから」

「何も間違えたくないわ」

特務の面々もちぎったパンを皿にのせてくる

「先輩、頑張るしかないんすよ?他の道はないんで、今は食って、時間を待ちましょう」

佳もパンのかけらを皿にのせる

「ああ、これ、おねえちゃんからの分」

ピエロはさらにもうひとかけらのパンをのせる

聖也は困った顔をしている

だが、一つ思ったことがあった

「これじゃ、ちょうどパン一つ分になっちまったな。お前らみんな束ねたら、パンになるのかな」

冗談めかして笑う。だが、言葉は真面目だった

「パンってのはさ、空腹をうまいこと満たしてくれるんだよな。人間にとっての幸せは、食べることと安心して眠れること、ほしいものを手に入れることなんだろう。だったら俺ら、誰かを幸せにできるよな」

誰にでも当てはまる幸せだ。しかし、誰しもが手に入れれるわけじゃない

自分が誰かを幸せにできる。そのチャンスがあるなら、できるあいだにしておくべきだ

「頑張ろう」

俺は今回、特務のリーダーを任されて焦っていた

どうするべきかわからず、立ち止まっていると駆られる焦燥感から逃げるべく、ただひたすら、何かをしていた

でもそれらは『とりあえず』で片付けられるものばかり

仲間にどう指示を出せばいいのか分からず、とりあえず自分の力を上げていた

とりあえず佳の発明品をみて、とりあえず今日までやってきた

全力を尽くすほかはない。今言われたとおりだ

パンを望むものがいるなら、俺ら一人一人、少しずつでもかけらを集めれば一つ分、お腹を満たすことくらいはできるだろう

できること。するべきこと。したいこと。

ほかの誰でもない、自分がやるんだ




『日付変更。サンタ東京支部配達部隊に出撃命令。繰り返す、日付が変更した、サンタ東京支部の配達を任されている部隊は出撃せよ』

オペレーターのその一声により、全部隊が動き出した

地上待機中に全部隊が行動を開始する

ドロロロロロロロロロロ……

排気音をまき散らしながら雪の積もる深夜の町に繰り出してきたのは、長距離運輸などで使う大型のトラック

プシュー

路肩にとまり、車の全く通らない深夜の道で、そのウイングのカーゴを開ける

「「……!!」」

中から赤い上着と黒いズボン、黒のベルトで上着を締め付け、赤い帽子をかぶったサンタ服の集団がわらわらと大量に現れる

サンタ東京支部配達課の末端だ

それぞれが手に届けるものを詰めた袋を持ち、街を駆け巡る

『いけ!降りろ!』

トラックが入りにくい土地には、空を飛ぶ輸送ヘリからサンタがパラシュートで降りてきて仕事を果たす

ガタン……ガタン……プシュー

電車が本来は動いてない時間に、本来は止まらない場所で止まる

一気にドアが開き、サンタ服のエージェントたちが疾走する

駅近くの住居を全て任されている彼らは、特務の次に精鋭な配達部隊で、夜のあいだにひと駅で一人一件、それを各駅やってくるのだから、凄まじい気力が必要なのだ

「ひやっほう!プレゼントの増加だぜ!」

浅野組の新しいそり型運搬機が走り、配達部隊に足りなくなったプレゼントをわたし、空の袋を回収していく

「邪魔邪魔邪魔ー!!」

その横を高速配達隊が駆け抜ける。彼らが乗るのは本物のトナカイ、近くの酪農家や動物園から許可を取って借りているトナカイだ

「邪魔だよー!どいてー!」

大きく道を塞いでいた浅野組のそりめがけて「フルスピード」とつぶやいた少女のトナカイが突き進む

「ジャンプ!」

少女の言霊に応じる様にトナカイは勢いよく夜空を舞う

そのままそりを飛び越して、勢いを殺さずに走り去った

「あれは……楠んとこのか」

同業者として悔しく思いつつ、しかし素晴らしい発明であることに驚きを隠せない




特務課も動き出した

まず最初に動いたのは聖也とエリック

「うお……やっぱクリスマスの夜空はさみいなー」

『当たり前でしょ。時速200キロで飛行するヘリの外にへばりついているんだから』

サンタ東京支部、物流センター屋上のヘリポートから発進したエリックが操縦するヘリ、OH-1(ニンジャ)は時速200キロで上空を飛行中

その下、スーパーマンの飛行姿勢のように、隣につけられたミサイルたちと同じ方法を向いて聖也が取り付けられている

何かでぐるぐるに巻きつけられているのが見える

「目標、見えてきたな」

『ホバリングモードに入るわ……オッケーよ。』

「んじゃ、行ってくるかな!」

サンタ帽につけられたスピーカーと自らのサンタ服につけられたマイク、通信機を用いてエリックと会話をした聖也は、手に握ったナイフで体を縛り付ける紐の一部を切り落とそうとする

ずずっ

「ん?なんだ今の音は」

『あら、マイクに音入っちゃったかしら。焼きそばを食べていたのよ。邪魔して悪かったわね』

「なんだよ異常音じゃないのかよ……っておい待て!なんで操縦桿離してるの!?」

しかも焼きそばって片手じゃ食べれないよね!?

聖也は焦り、困惑する

『心配いらないわよ。ニンジャは操縦桿を話してもバランスを取れるようにできてるんだから』

「初耳だ!いいか!?降下するからな!もう操縦桿さわんなよ!?」

とっとと降りたいその一心でロープを切った聖也

「うおう!!」

ぐるんぐるんとその体を結んでいた紐に沿って回転して落ちていく

「ふう……作戦通りか?」

その落下が止まったとき、聖也は縄はしごを握ってヘリにつられている状況だった――。

計画とは違い逆さまの状態であったが

「あれ?ん、うわあああああああああああああああああ!!」

足が外れて体重力に引かれて落ちそうになり、手だけがはしごを握っている

はずだった

するりと手が滑って、落下

トンッ

奇跡的に足から着地

「あー。こちらレッドパイン。アクシデントはあったけどうまいこと着地できたぞー」

『了解』

エリックは応答して、ヘリの高度を上げる



聖也が着陸したのは高層ビルの屋上

地上から100m以上も高さのあるこの建物は、実はマンション

高層マンションというのはものすごくセキュリティが頑丈で、並のエージェントでは突破できない

そのために優秀なヘリパイロットと、精鋭の配達員が投入される

『こちらオペレーター。状況をどうぞー』

「こちらレッドパイン、只今高層マンション屋上に到着、風が強いが今はドア前で安定している。ピッキングで開けて侵入する」

聖也の耳に届いたオペレーターの声は白樺、友姫の声

『了解。現在となりのタワーでピエロが配達を行っている。手はず通りに頼む』

「わかっている」

たった今開けれたドアを開けて、内部に入り込む

廊下を音を立てないように、しかし素早く動く

近くにあった一室を目の前に、このマンションのマスターキーでドアをあける

「ああ、あったか」

優秀な配達課の連中が前もってマンションの一室にプレゼントをまとめといてくれたのだ

「よし、配達始めますか!」

袋の一つを背負って部屋を駆け出す

付近の部屋の番号をみて、脳裏に入っている届けるべき部屋番号と照合させていく

「よし、ここだな」

ドアの前に片膝を付き、ポケットから片耳用の聴診器を取り出して、ドアに当てる

音で内部の様子を探る、片耳用なのは付近に近づく足音があったら即座に気づくためである

「よし、開けるか」

諜報課の情報を元に開発部が作ったマスターキーを鍵穴に差込み、そっと鍵をあける

この時にドアノブをひねりながら行うことで互いに摩擦を起こさせて、急激に鍵が外れて音が鳴るのを防ぐことができる

「開錠……んなわけないか」

開けたドアには最新のチェーン。いや、レールロックと名づけたくなる機構

チェーンキーとやっていることはほぼ変わらないのだが、ドアと開かない方のドアをかっちりと止めているのだ

少しだけ隙間は出来るけど、体は通らない

「まあ簡単だな、こっちを外しちまえばいいんだからな」

この手のロックは力の入るベクトルの都合上、固定にそんなに多くのネジを使わない。自身で設計した家のドアロックでも6本ネジとかはほぼない

多くて4本。そう見込んだ聖也はポケットから小さなドライバーを取り出し、それを左手で扱う

「うら……!とれろ!」

四本のネジを抜き、ドアロックを外す

外れたパーツが落ちないように手でゆっくりと床に置いて、間取りを思い出しつつ子供部屋に向かう

誰も起きていないようだ。ツリーも置かれていないので静かに子供部屋に入る

学習机が置いてあるその隣にベッドがあって、その上で男の子が寝ていた

机の上には「サッカーボールがほしい」と書かれた手紙があった

高層マンションに住む。裕福な家の子供だけど、幸せとは限らない

いくら裕福でも、その人の欲しいものを得れるかどうかはまた別の要因があるのだから

メリークリスマス。心の中でつぶやき、袋の中からサッカーボールを取り出して、置いていく



しばらく聖也が部屋を回っていると、連絡が入った

『ピエロが任務遂行したもよう準備をお願いします』

「了解、今向かう」

友姫からの連絡を受けて、少し下の階まで駆け下りて、一室に入り込む

「来たぞ」

『こちらエリック。タワー上空に到着。ピエロがワイヤーを引っ掛けました。これよりレッドパインに合流します』

エリックの声が聞こえ、窓の外、向こう側にあるタワーのてっぺんから黒い影が飛んできた

「このマンション防音ガラスって言ったってなあ……」

近づいてくるニンジャを迎えるために、窓をあけてバルコニーに出る

物干し竿を手に取り、超至近距離までよってきたニンジャに向かって差し出す

ヘリによる下向きの暴風を浴びつつ、縄はしごに引っかかったワイヤーを物干し竿に巻きつけ手繰り寄せた

「これ以上は近づけないわ」

「なんとかする……!取れた!離れろ!」

防音ガラスであろうといつまで飛んでいれば絶対にバレるため、急いでニンジャには離れてもらう

その間に聖也は受け取ったワイヤーをバルコニーの手すりに結びつける

こちらのマンションと向こうのマンションと高さの違いがあるために向こうの一番上から伸ばしているワイヤーは水平に伸ばされて、この部屋とつながる

「ピエロ!準備できたぞ!」

『OK!ショータイムだ!』

ピエロの声が聞こえる

やがて遠目に見える、あり得ない光景

両手にそれぞれ袋をもって、ロープの上にのぼったのだ

さらに、一輪車にのり、こちらをまっすぐ見つめるピエロは、その足に力を込め、ペダルをこぐ

息もできないような緊迫感

この高さから落ちれば重体なんかじゃすまされない。間違いなく死ぬ

辺りには雪混じりの残忍な風が冷たく吹き荒れて、ピエロを凍えさせる

『こちらB!リーダーたちのいるマンションの前まで到着、既に配達予定の物品は運びました』

「了解!今見ての通りピエロが綱渡りしている!」

『高すぎてここからじゃ目視すら難しい……!』

その高さは地上にいるBには米粒くらいのものだろうか

「もうすぐピエロが到着する!来い!」

「はい!ゴール!」

ピエロは推定百メートル弱はあろうかと言う距離をワイヤーの上、それも一輪車で通ってきた

いつもとは違うサンタ服。いつもと同じフェイスペインティング

「そんじゃ、行きますか!」

聖也の言葉にピエロは頷き、Bがスタンバイに入る

最後の残された部屋を目の前に、二人は気を集中させる

聖也が聴診器で室内の様子を伺う。しかしあまり良くない顔で顔を横に振った

「駄目だやはり誰か起きている」

室内から物音が聞こえるため、侵入は難しい

しかし、玄関のクリスマスツリーの下にプレゼントを置けば任務完了

一時的に停電をさせてその隙を狙って鍵を開けていけばいいだけ

「こちらレッド……赤松。エリック準備できているか?」

『いつでも平気よ』

「B。お前は?」

『少しだけ任務に支障が出ました高度なセキュリティで電線が守られています』

「……タイミングをあわせてやるしかないか」

脳裏に描かれる壮絶な作戦

ピエロが一輪車で入ってきた部屋は未だに開いたまま。そのフロアの一室を狙っている

手はずはこうだ

まず最初にBがこのマンションの電源を落とす

その暗闇の隙に聖也とピエロが物音覚悟でドアを開けて、プレゼントを設置

聖也とピエロは急いで部屋を出て、窓の空いている先程ピエロの侵入に使った部屋から飛び出る

そこにタイミングをあわせてやって来たエリックの操るニンジャの縄はしごに乗る

Bは隙を見てトナカイで逃亡だ

最後の一人に夢を届けるのに全力を尽くす

最後の作戦だ

『オペレーターなのにすることなくてつまんなーい』

「知ってるぞ、さっきまでBの任務の補助をしていたんだろ?」

聖也には予測できた

『ばーれてたかー。まあいいや、今日はもう出るまくないねー』

「B。警備はどうなっている?」

『レーザーセンサーがたくさんあります。こんな警備で守られている電気系は初めて見ました。……煙を炊かないと総数はわかりませんね』

「煙だせるか?」

『問題はありません』



レーザー照射機の確認ができたからなんとかなったが、これを見落としてたら今ごろ大惨事だろう

「あー……頑張らなきゃね」

ポケットから二枚のカードを取り出す

一枚はクラブのエース、もう一枚は玉乗りピエロのジョーカー

「この二枚のカードを重ねて……」

破り捨てる

フォッ

カードが爆発したかの様に周辺に煙が舞う

簡単な化学反応で、二種の薬品を混ぜただけだ。それぞれのカードのなかに入れていた粉末の薬品が反応して、カードの表面の特殊な塗料がさらに煙を出した

人体に無害とは言いがたいので、ヘッドマウントディスプレイで目を隠して、口許にハンカチを当てつつ電気系統を見る

数多のレーザーが交差し、それぞれのセンサーに向けて光が照射されている

煙に乱反射した赤外線をヘッドマウントディスプレイで感知し、その停止方法を考えて、Bの顔が戸惑いにそまる

「無茶な作戦だ……だけど、うまくやるしか無いよね」

それは、単純で、無茶な任務

この網目を掻い潜り、配電盤までたどり着く。聖也にあわせてブレーカーを落とす

「やるなら早めかな……!」

サンタ服が汚れるのも構わずほふくで配電盤に動き出すB

目の前に迫る光線を前に体を捻り、少しだけ背を伸ばしたり縮めたり調整をすることでするすると抜けていく

『B。準備ができたら言ってくれ』

「リーダー……これ、配電盤の戸が施錠されてるっぽいんだけど……」

配電盤の目の前までやって来たが、厳重な仕組みで守られていて開けることができない

たった一つの鍵

『ピッキングを許可する。今すぐその配電盤を開けて、マンションの電気系統をすべて落とせ、非常電源に切り替わるまでの間はレーザーは止まり、監視カメラも作動しなくなるだろう。ロビーに煙をまいて自動ドアは使えないだろうから手動ドアを開けて逃走できるように覚悟をしておけ』

「はい……!」

マジシャンが手にする仕込み手袋をもう一度はめ直す

ヘアピンを抜き、正面の穴に差し込む

訓練では不用意に鍵穴にものを差し込まないように学び、それから鍵のあけかたも練習した

「集中……!」

指先に思考を傾け、わずかな感覚だけをたよりに鍵を開ける

カチャッ

その扉の鍵が外れる」

静かに扉を開き、指紋が残らないようにした手袋で、スイッチに指をかける

「リーダー。いつでもいけます」

『よし……。ラグが怖いから、エリック。シークエンスやってくれ』

『わかったわ』

最後の任務へのカウントダウン

『5、4、3』

指に力を込める

『2』

思い浮かぶのは、特務課の面々の顔

『1』

何としても、届けるんだ

バチンッ!



ガチャッ!トスッ!

「うおあああああああああああああ!!」

停電になったその瞬間に、ピエロがドアを開け放ち、そこを聖也が駆け込みプレゼントを置いた

「なんだ!?」

こどもの父親が停電と絶叫に警戒の声をあげる

だが、その時にはもう聖也たちは部屋を抜けて開けた一室に入り込んでいた

「「うわたああああああああああああああ!!」」

勢いよくジャンプし、二人は同時にその窓の外へ体を投げ出す

「うおあああああさみいいいいい!!」

「……!」

ピエロは空中ブランコの要領でうまく飛んできたOH-1から垂れている縄ばしごを掴む

「っっし!!」

聖也もその縄ばしごをつかんだ


はずだった

「またかよおおおお!!」

「んな終わり有り得ない!」

手が滑って落ちそうになる聖也の手をピエロが掴む

「ファイトオオオオオ!!!」

「いっぱあああああああああつッッッ!!」

気力ではしごをつかみ、聖也は無事に生存した

これにて聖夜の配達任務は終了だ

「メリークリスマス……。素敵な朝が届くといい」

クリスマスプレゼントを届けることは夢を届けること。しかしながらクリスマスプレゼントは夢とは違うだろう

ほしいもの。それに過ぎない

サンタのエージェントが届けるのは、『サンタを信じる。サンタの存在と言う夢』

いい子にしてればプレゼントを与えてくれるそんなおじいさんがいる

それを信じれるように、ちょっとしたおとぎ話、夢のような話を届けたいんだ



その日は特務の面々の無事が確認されると、そのまま解散になった

サンタの仕事は終わることなく、仕入れ量が多すぎたおもちゃの確認や、逆に足りなかったおもちゃのデータなどを細かく分析して、来年への統計として残さないといけない

特務の仕事としては、任務中のアクシデント等をまとめてレポートにすること


だがサンタさんとしての仕事はこれで終了だ



「おかあさーん!サンタさんからプレゼントが来てたよー!」

「ええ!?嘘……?」

「きっと偉い子にしてたからくれたんだ!」


こうして訪れたクリスマスの朝を、聖也は少し気楽になった気分で眺めていた


こんばんわ。永久院悠軌と申します

現役男子高校生(二年)です

クリスマスの予定がなかったので短編小説書きました。その文字数からどれだけ暇だかわかると思います

サンタさんが一人だと、トナカイはF-2戦闘機並の速度で動かないといけないって言うのは有名な話ですね

そこで僕は、サンタさんがたくさんいて、メンインブラックみたいにたくさんエージェントいたら……と、妄想しました

その結果がこの作品です


内容は薄っぺらいですが、楽しんでいただけたら幸いです


さて……みなさん。あとがきはこれくらいにしたいと思います

クリスマスは、幸せに満ちる大切な日だから


こんな拙作を読んでくださった読者様たちへ、メリークリスマス!

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