☆第九話 独演会
秋と云えば、何といっても芸術だろう。
━━ 芸術の秋 ━━ と聞くだけで、何故か高尚な趣を感じるのは僕だけだろうか。
じいちゃんが芸術を堪能するのはテレビだ。今夜も台所のテレビのリモコンを押した。
「最近は、なんか風情のある番組が減ったなあ…。クイズと云やぁ~賞金、サスペンスと云やぁ~殺人。それに報道と云やぁ~知る必要もない暗い、悪い、陰気なニュース。…いったい、汗水流す人間のためになってんのかっ?! うぅぅ…、まだあるぞ!」
誰も話す相手などいないのに、じいちゃんは独りごちて怒っている。風呂上がりだったので、いつもの楽しみにしているジュースを取りに、僕は冷蔵庫へと近づいた。今思えば、これがいけなかった。僕はじいちゃんの蛸蜘蛛の糸に引っ掛かり、哀れにも長話を聞かされる破目に陥ってしまったのである。無論、蛸蜘蛛などという蜘蛛は、この世には存在しない。飽く迄も、じいちゃんの禿げ頭と網にかかった虫を捕える蜘蛛とを結びつけて、僕の立場を喩えた迄である。
「おっ、正也。まあ、ここへ座りなさい」
云われるままに椅子へと座った僕を前にして、突然、じいちゃんが語りだし、独演会を始めた。
「どう思う?」「…ん? どおって?」
「儂の小言、聞こえてなかったか?」
「まあ、一応は…」と暈すと、じいちゃんは僕をマイクに見立て、凄い剣幕で語り出した。
「正也はどうか知らんが、どうも最近のテレビは面白くない!!」
「そんなこと、僕に云ったって…」
じいちゃんの話は長かったので端折るが、滾々(こんこん)と湧き出る洗い場の水のように二十分は優に聞かされ、その夜の僕はジュースで寛ぐどころか、じいちゃんで疲れ果てた。しかし、捨てる神ありゃ拾う神あり…とは、よく云ったものだ。そこへ、神では毛頭ないが、第二の獲物となる風呂掃除を終えた父さんが入ってきた。
「おっ、恭一。いいところへ来た。まあ、座って聞け」
「えっ? 何をです? 風呂番で疲れまして…、ビールで一杯やろうと思ってたんですが。・・父さんも、どうです?」
「…、それは、まあな…」
流石は父さんだ…と、僕は思った。逃げの壺を心得ている。僕は、じいちゃんの応対を父さんに任せて、スゥ~っと台所から消えた。
その後、飲み終えたジュースのコップを台所へ戻しに行くと、すっかり出来上がった茹で蛸のじいちゃんと、少しほろ酔い加減で迷惑顔の父さんがいた。耳を欹てると、父さんは「ええ…」「はい…」と相槌を入れるだけで、じいちゃんに捕まり受け手になり果てた鬱憤を酔いで紛らしている。一方、じいちゃんは相変わらず滾々とテレビ番組をネタに愚痴りながら独演会を続けていた。客はただひとり、父さんである。母さんは既に家事を終え、晩酌の準備だけをして、今日は早めに部屋へと消えた。明日はPTAの役員会だそうである。安定したヒラの父さん、役員の母さん、孤高を持するじいちゃん、出来のいい僕…。各人各様に、平和な家庭の秋の夜長が更けていく。
第九話 完




