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☆特別編(1の2) 芸事

♪更けゆくぅ~ 秋の夜ぉ~ 旅の空のぉ~♪

 父さんのハーモニカが物悲しく響く。それは決して上手くて物悲しく響く、というのではなく、何年も吹いている割には、さっぱり上達しないから僕には物悲しいのである。だが一応はメロディとして聞こえてくるから、僕はそれに合わせて小さく唄っている訳だ。上空には十六夜の月が煌々と輝いている。昨日は十五夜でお団子を食べ過ぎたのだが、その次の夜ということになる。

「なんだ、正也。まだ寝んのか?」

 土曜の夜ということもあり、僕はいつもより三十分ほど長く居間で(くつろ)いでいた。この日は珍しく、父さんは将棋盤を広げておらず、庭へ出てハーモニカを下手に吹いていた訳だ。風呂上がりのじいちゃんは、いつもの赤ら顔の()で蛸である。

「明日は日曜だから…」とだけ、暈して応対すると、じいちゃんは怒るでなく、「そうか…。いい月夜が続くなあ」と、やんわり返し、美味そうに手にした缶ビールをグビグビッと三分の一ほど飲み干した。じいちゃんは、父さんのハ-モニカが上手かろうが(まず)かろうが、どちらだっていいのだろう。聞こえてくる音色など、どこ吹く風だ。これが師匠たる風格というものか…と、思える。小難しく云えば、泰然自若とか云う奴である。

「正也、まだ起きてるの? 早く寝なさい!」

 父さんだけじゃなく、僕も母さんには“青菜に塩”なのだ。

「うん!」

 敢えて逆らう必要もなく、また逆らうだけの正当な理由も見当たらず、更には“青菜に塩”なので、僕は自分の部屋へ撤収することにした。父さんのハーモニカに合わせて唄っているから…などとは口を裂けても云えないし、父さんには悪いが全く聞くに()えない演奏なのだから、一抹の理由にもならない。芸事の大会とかに出場するほどの腕ならば未だしも、……だ、からだ。

 僕が自分の部屋へ入った時、ピタリと父さんが吹く音は止まった。まあ、それなりに自己満足したのだろう…と、また思えた。

 芸事と云えば、じいちゃんの抜刀術、母さんの生け花がある。僕には…と考えると、多少、他と比較すれば頭脳明晰(ずのうめいせき)みたいだという以外には何もない。無論、父さんの下手なハーモニカは入るべくもないから、何もない。ただ、会社では宴会部長らしいから、宴会芸はそれ相応のものらしいが…。あっ、忘れるところだった。じいちゃんには隠された、もう一つの芸事があった。それについては先だってもお話ししたと思うが、馬術である。じいちゃんは、僕がもう少し大きくなったら教えてやるという。某メーカーの洗剤で磨いたような光沢を放つ蛸頭は、残念ながら候補規定を満たさず、芸事に入る…と迄は云えない。総じて我が家の構成メンバーは、誰もが少なからず芸事、或いは芸事らしい事を(こな)す、と一応は定義づけられるだろう。僕だって、生まれ持って頭脳明晰なのかは知らないが、やはり努力もしなければ丘本先生に絶賛される迄には至っていないのだ。だから僕も、或る種の普通人にはない才能(芸事が出来る技量)があるのだろう。

 そうは云うものの、学芸会が間近に迫っていた。僕はこの中で、演目である浦島太郎に出演が決まっていたのである。主役の太郎なら文句なくいいのだが、生憎(あいにく)、僕は亀の役なのだった。じいちゃんは、「おいおい、そうガックリするな、正也。準主役なんだからな、亀は…」と、慰めのような、そうでもないような云い回しで僕を和らげた。この亀の台詞は、幸いにも太郎ほどは多くないのが玉にキズだった。出来のいい僕は残念ながら台詞覚えが苦手で、他の人の倍ほどは必要なのだ。その学芸会が迫っていた。場所は学校の講堂だった。あっ! これも云ってなかったと思うが、僕の学校は明治時代に建てられた建造物で、県の指定文化財にもなっている立派な建物なのだが、その講堂で行われたのである。何でも、じいちゃんが云うには、戦前は講堂が奉安殿になっていたらしい。道場に例えると、丁度、前方の神前構造のような感じらしい。勿論、戦後は取っ払われて、今は何もない。そこで行われた学芸会の演目、浦島太郎劇の出来については、後日、語るとしよう。そんな話は別に聞きたくもない…などと、おっしゃられる方々も、まあ我慢して聞いて戴きたいと思う。━

 それから二週間後である。学芸会は無事終わり、僕は芸事らしきことを演じた。思ったよりは上手く演じられたようで、観覧席の父さんや母さんにも好評であった。亀の仮装を身に着けていたのが功を奏した格好で、シャイな僕としては仮装に助けられた訳だ。勿論、今、流行りのユルキャラとかのスッポリ被る仮装ではなく、ハリボテの甲羅を背負い、帽子風に作られた役絵キャップを被るといった具合だった。兎にも角にも、僕の亀役は無事終わったのだが、まあ、概してこんな程度で、そう大した話ではない。総じて、家族を芸事で語るなら、抜きん出て、といった技量の芸(プロ芸)を熟す者はいない…と結論づけられる。とかなんとか云っているが、実はそんなに小難しいことを僕は思っていない。じいちゃんが馬に乗ろうが、母さんが花を生けようが、父さんが宴会で踊り唄おうが、そんなことは、ど~でもいいのである。飽く迄も、芸事に皆さん精通しておられる…と分かって戴ければ、それで充分なのだ。しかし、この話はここだけにして貰いたい。僕がそんなことを云っていたなどと吹聴されては困るのだ。じいちゃんの耳にでも入れば、師匠からは恐らく破門を云い渡されるだろう。じいちゃんの弟子としては誠に辛いのである。母さんにしたって、風当たりが強くなるのは必定と思われるから困るのだ。まあ、父さんだけは大した影響もないように思えるのだが…。(いず)れにしろ、我が家の連中は少し素養がある程度のもので、まずマスコミに騒がれる、というような出来事にはならないだろう。

 秋の虫達が賑やかに秋を唄っている。実に上手い。じいちゃんは蛸頭を照からせている。実に素晴らしい。父さんはハーモニカを奏でている。実に(つたな)い。母さんは枯尾花を花瓶に生けて飾る。実に見事だ。(かたわ)らに置いた三方(さんぼう)の上のお団子、これは実に美味そうだ。この秋、もう一度くらいは食べられるだろうか…。こんな下劣な計算をしている僕は、実に、さもしい。もう少し高尚で頼もしい存在になりたい…とは思っている。

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