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☆特別編(1の1) スーパーじいちゃん

 じいちゃんを自慢する訳ではないが、うちのじいちゃんは、他のじいちゃんとは少し違うように思える。いや、これは、随分違うと云い直さねばならないのかも知れないが…。

 何がそんなに違うのか? と問われれば、まず第一に剣道の師範の資格を持つ、ということだ。そんな人は他にも一杯、いるぞ…と云われるお方も、まあ、我慢して戴いて聞いて貰いたい。その第二として、馬術が得手ということである。これは、じいちゃんが若い頃に身につけた特技で、器用に乗り(こな)す上に、競馬クラブの名誉会員でもあるのだから、そんじょそこらのじいちゃんとは違って大したものだ…と思える。別に競馬が好きとか、そういうんじゃなく、云わば、武士の(たしな)み、と捉えている向きが強いのである。先だっても、こんなことがあった。

「おっ! 秋の天皇賞だな…」

 父さんは日曜なので、テレビで競馬中継を見ている。そこへ、じいちゃんが風呂場から蛸頭に湯気を立てて現れ、ひと言、そう云った。僕は仕方なく父さんに付き合わされている格好だ。

「恭一は買わん割りには、結構、当てるな」

「ははは…、そう云いますが、私は馬のことは少し五月蠅いですよ」

 そう云って、父さんは少し見栄を張った顔でじいちゃんを眺めた。

「馬鹿を云え。お前のは、ただの馬通(つう)だ。(わし)の如く、馬の何たるかが全く分かっとらん!」

 いつもの落雷である。父さんは、笑顔を引っ込め、真顔になった。

「だいたい、馬のことを語るのは百年早いっ! 飼い葉やり、寝床作り、馬糞や身の世話、体調管理…そんなことをしている者の云うことだっ!」

 じいちゃんは次第に、お(かんむり)である。

「はい…、すみません」

 ただ、ひと言を謝って返しただけで、後の父さんは、ただの聞く人になった、…いや、聞く人に成り果てた。無論、僕だってそうなのだが…。

「まあ、二人とも儂の話を聞くんだ…」

 こうなっては、万事休す…である。最低、小一時間は覚悟せねばならない。じいちゃんは、馬のことを諄々(くどくど)と語り始めた。今回、ラッキーだったのは、十分ぐらい経った頃、母さんが台所へ現れ、夕飯の準備を始めたことである。前にも云ったと思うが、じいちゃんは母さんに、からっきし弱かったから、少しトーンを下げ始めた。

「正也! 早く入ってしまいなさいっ!」

 輪をかけて、そこへ母さんの風呂催促である。日曜だから少し早かったのだが、じいちゃんも話を中断せざるを得ない。

「まっ! 今日は、これ迄にしよう。続きは、またな…。正也、風呂だっ」

 この場合の僕は軽く腰を上げた。重い腰を上げることは、よくあるだろうが、軽く腰を上げたのは、この場合の僕ぐらいだろう。

 風呂から上がると、外はもう暮れ(なず)んでいた。秋の陽は釣瓶落とし…とは、よく云ったものだ。ふと見ると、じいちゃんは庭に出て落ち葉を掻き始めた。剣道の猛者(もさ)だけのことはあり、僕とは違って一意専心である。滑るほどに照かった禿げ頭に一匹の赤蜻蛉が止まっていることなど全く知らぬ気で、見事な熊手の捌きである。某メーカー製の洗剤で磨いたような頭の輝きは、ただただ見る者をして唖然とさせるのだから大したものだ。別に光頭会に入会している訳ではないが、毎日の手入れは欠かしたことがない。それも、刀剣の手入れをした後、必ずと云っていいほど鏡の前へ立つのだから、これはもう恐れ入るばかりの日課なのである。

「おっ、銀杏(ぎんなん)ですか…」

 夕飯の茶碗蒸しを食べながら、箸で実を探し当てたじいちゃんが、ポツンと云った。

「ええ…そうです。お義父さまがこの前、拾ってらした実ですわ」

 家から五分ほど歩いた所には、古いお社がある。その中の鎮守の森に、一本の大層、大きな銀杏(いちょう)の木が(そび)えており、毎年、たわわに実をつけるのだ。じいちゃんの銀杏(ぎんなん)拾いも、今や恒例となった我が家の行事の一つで、僕も時折り、特別ゲストとして参加させて貰っている。ところが、銀杏は食すまでが、ひと苦労なのである。まずは実の中の種を出す工程がある。さあ、これで食べられると思いきや、さにあらず。続いて、種の殻を割る工程が今や遅しと待ち構えている。まあ、割るのは便利な道具(例えば、ペンチとか)があるから、力はそういらないが、何とも面倒で手間がかかる訳だ。じいちゃんは、そういうこともした上で、(とぼ)け顔で母さんに、『おっ、銀杏ですか…』と、云ったのである。母さんに十七目を置いていることもあるが、じいちゃんには口で表現出来ない包容力というか、偉大さというか…何かそういったオーラが漂っているのである。これは、光り輝く禿げ頭の力によるものではない。じいちゃんに自ずと備わった仁徳のようなものであろう。銀杏の話に限らず、じいちゃんは何かにつけて偉大なのだ。以前にもお話ししたと思うが、菓子を食べる僕を見て、真剣の刃に打ち粉をしつつ、ニヤッ! と笑うじいちゃんなど、皆さんのご近所におられるだろうか。そうは、いない…って云うか、恐らく皆無ではなかろうかと僕は思う。お日様は輝きを放って生命を育み、僕達が生きる上での様々な必要物を恵んで下さるから有難いのは当然だが、僕のじいちゃんだって、なかなかどうして、お日様の相手ではないものの、少しは輝きを放ち、恵みを与えてくれるのだ。この輝きは、決して光る頭だけということではない。まあ、スーパーマンと迄は云えないが、大したスーパーじいちゃんなのである。同じ親子なのに感性や性格が父さんとはかなり、いや、全く違う。父さんだって、大会社でそれなりに働いて、安定したヒラを維持しているのだから大したものだが、じいちゃんに至っては、何事につけて僕に良き手本を示してくれる師匠だから、スーパーの称号を付与したいのである。母さんも…とは思うが、出来はいいものの、僕に対して小言が多いというマイナス点があるから、時期尚早の感は否めず、申し訳ないが、ほんの少し先に延ばした次第である。まあ、間近とは思うのだが…。父さんは残念ながら該当欄には初めから入らず、即断の評価で却下された。だから、スーパーの称号を持つのは、我が家で唯一、じいちゃんだけなのだ。食糧生産、気概、健康面、どれ一つ取っても、じいちゃんを抜きでは語れない我が家なのである。だから、僕が大学を卒業し、日本のスーパーマンとして飛び出す日まで、長生きして欲しいと願うばかりだ。

 今夜も、素晴らしくいい名月が上空に輝いている。


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