☆第十九話 余裕
じいちゃんの財布は、ぶ厚い。いつも札が二、三十枚は入っている。もちろん万単位の紙幣だ。さらに、そればかりではない。吊り下げられた腰袋には、硬貨の各種が放り込まれている。こういう人を余裕のある人というのだろう。そうはいっても、師匠がそれらを使うのは、ごく稀な珍事なのだ。めったなことでは買物をしないし、戴きもので事が足りると仰せだ。じいちゃんの言葉はズッシリと重く僕の心に響いたから、それ以来、僕も余裕のある額を財布へ入れている。とはいえ、それは札が一枚と貨幣が一応、ひと通りの一枚ずつなのだが…。あっ! じいちゃんとは違い、もちろん千単位の札である。
「正也! 悪いけど、おつかい頼むわね。この紙に書いてあるから…。お釣りは、いつもどおりでいいわ」
いつもどおりとは、僕の諸収入にしてもよい、という意味だ。夏場ならともかく、この秋空に澄んだ空気を満喫しながらの買物は気分を高揚させるし、僕の財源の余裕ともなるから大いに乗り気だった。
買物から帰ると上手い具合にお腹が空き、夕ご飯が大層、美味しいという効用もあった。さらに、ポチの散歩も一石二鳥で出来たからいい具合だった。マーケットには言ってあるから、ポチのリールを繋いで買物は出来た。これが一週に二、三度は見込めたから、僕は富豪になった。まあ、一度に百数十円だったが…。
僕が子供部屋で諸収入の額を計算していると、そこへじいちゃんが現れた。
「おお! やはり正也殿は蓄財の才がお有りとみえる…」
お武家言葉でじいちゃんはそう言った。意味が分からなかったので、適当に愛想笑いをしてその場を凌いだ。
夕飯のあと、母さんが父さんに渋々、臨時の小遣いを渡した。なんでも同窓会があるとかで特別出資金らしい。主婦としては安月給の臨時出費なのだから余裕がなくなる。で、渋々の苦い顔になる訳だ。
聞こえる虫の集きは、どこか余裕があり、夜長にいい具合だ。愛奈は余裕で、おしめの換えを要求する。母さんは、まるで召使いだ。母さんの余裕ある姿を見られるのは花を生けているときとPTAの役員会へ出かける前ぐらいだろうか。最近は愛奈も乳母車で連れていかれるから、妹はいい迷惑だろう。父さんに余裕ある姿を期待するのは不可能に近い。書斎やトイレに逃げ込むのが関の山に違いない。しかし僕の湧水家全体としては、絶え間ない湧き水という大自然の恩恵に浴し、環境面の余裕は語り尽くせないほどあるから合格点だろう。
第十九話 完




