焦り
美里はいつもなら見せることの決してない、焦りを表層に出していた。彼の担当にあの女、ゆみを選んだことは失敗だった。彼女がここへ羽石を連れてくる前なら彼女は能力でリーダーである自分のことを気にすることなく彼に細工をすることが出来ただろう。それも、外見からは判断することのできない形で、だ。
外傷があるなら、対処もしやすいが人間の内側など、並大抵の事では触れることはおろか見ることすら叶わない場所だ。そんなところにされた細工を治す事が出来る超能力者はこの世に10人もいまい。だからこそ、彼女はあの『組織』に在籍しているのだろう。外傷なく要人の暗殺も可能なのだから、彼らにとって彼女こそ探し求めていた存在だろう。
ともかく急がなくては。美里は焦っていた。最低限の武装と防具で身を固めてから基地を後にする。由美に持たせているドリーマーから送られてくる位置情報によって場所は特定している。だが、まずは羽石の身を確保しなくてはならない。美里はマンションへと急いだ。
移動手段は自転車のタイヤを無くしたスクーターのようなものしかない。公共交通機関を使った方が断然に早いのだが、この時間は終電も出きってしまっている。仕方がないので自分で運転ものとなれば数は当然のように限られてくる。
町の周りをぐるっと取り囲むようにして作られた壁。その壁の内側へと入る唯一の関所で、美里は困惑していた。自分が武器を携行していたという事をだ。当然のようにこの関所の目的はそういった危険物を持ち込めない様にするためのものであるからして……。
「で、十 美里さん、これは何ですか?」
あくびをかみ殺したようなだみ声で警備員は美里に問いかける。
「え、あっその・・・。それは……。」
机を挟んで対面に座っている警備員は机を挟んでいるからこそ、美里の影の変化に気付けない。美里の影がゆっくりと警備員の影に近づいて行っているという事を。
影と影が触れ合った瞬間。片方の影がぐらっと揺れ、その影の本体も遅れて倒れる。警備員が失せていく意識の中で最後に見たのは、ニコッと笑う美里の美貌だった。
警備員を無力化してからの美里の行動は早かった。まず、警備員の記憶を奪い。監視カメラの前後5分の映像を消去して、カメラの電源が10分間つかない様に設定した。スクーターを飛ばして、マンションへ着いた頃はもう午前1時となっていた。