少女だけの理解
今まで夢の世界を旅していた俺の視界として機能していた目に三次元の現実世界の光が入る。
つい、
「うっ。」
と、短くうめいてしまう。これも”いつも通り”。”いつも通り”の自分の部屋。畳が床の和室の部屋だ、あるのは自分のベッドで目が覚める。和室の部屋にベッドというのもどうかと思う。
今日は2040年4月5日、7時15分。”いつも通り”の時刻。”いつも変わらず”にこの時刻に目が覚める。
変わらずに挨拶を交わす”偽り”の家族、この家にいる家族は本当の家族ではない。
あの事件の日以降に一緒に住むように強制された”偽り”の家族。向こうが善意で俺の事を育ててくれているので、こちらがいくら冷たくあしらってもこの家族はそれでも暖かかく接してくれる。
自分を受け入れてくれる場所があるのは嬉しいが実際の所は、そろそろ迷惑をかけたくないというより、むず痒いところがあるからあまり深くかかわりたくない。反抗期なのかもしれない、でもその反抗する対象がくどいかもしれないが、善意で俺の事を養ってくれているわけだから、反抗するのにためらいを覚えているのだろう。暴力なんてとんでもない、と思っている。学校の友達が親に暴力をふるった事を自慢げに話しているのを聞いても全くもって共感できたためしがない。
今年度が義務教育の最終年となる、高校に入ったら自立をしようと思っている。そのために今までもらって来た現金は殆ど残している。貯蔵額は10万単位これだけあれば初めの月ぐらいは乗り切れるだろうなどと考えている。”いつも通り”着替え、食卓へ向かう。
”いつも通り”食卓に着き偽りでありながら唯一の俺の家族。義父、義母、義姉、義弟、”いつも通り”の時刻に席に着く。実に”いつも通り”だ。
朝食は、トーストと目玉焼きとコーヒーとサラダ。”いつも”これだ、たまには朝に御飯も食べたくなる。だが、そんな意見は口にはしない。あくまで向こうは善意なのだから、俺より一つ下の義弟(野球部所属)が真っ先に食べ終わり、次に義父、次いで義姉、最後に残るのは”いつも”俺と義母だ。大抵が俺が先に食べ終わるのだが、今日は珍しく義母の方が食べ終わり、席を立つ。義母が去り際に
「羽石君。進路本当に進学でいいの?」
と、聞いてくる。義理であっても中3の息子を持つ母親に変わりない、息子の進路を気づかうのは当たり前だろう。
「別にいいよ。」
周りが進学を選んでいるのに1人就職や別の道を選ぶ気は無い、今まで通りなんとなく周りに合わせて生きていけば大抵の事はなんとかなる。
「行きたい高校とかあるの?」
少し語尾が下がっている気がする。義母はあまり俺の事をよく思っていない。養子に迎えるのは義父の提案で、無理やり行ったというのを後から知った。義父は俺の事を溺愛とまではいかなくても、普通に接してくれる。姉弟との関係は悪くは無いが、別段よくは無い。つまり、この家庭で俺の事をよく思っていないのは母親だけだ。義母としては、他人の子供である俺よりも自分の長男を優遇している面がある。そこに不満を覚えたことは無い。表層面では扱いは同じなのだから文句は言えない。進学に関しても金のかかる私立になんて行かせたくないというのが本音なのだろう。
「特にないなら、今度近くの”公立”の学校説明会とか文化祭に行ってみたらどう?」
あくまで金のかからない公立を押してくる。ここからも色々うかがえる。
「考えておきます。ごちそう様。」
居心地が悪くなって席を立ち学校へ逃げるべく準備をして、歯を磨き、顔を洗って玄関に立つ。
一応の礼儀なので、いってきます。と言い扉を開ける。
徒歩で通える距離なので無論徒歩で学校へ行く。登校途中に珍しく声をかけられた。
俺の数えるほどの友達とよべるクラスメイトの、木下 道だ。
「なぁなぁ、羽石知ってるか?今日うちのクラスに転校生が来るらしいぞ。」
「何処情報だよ、それ。」
「俺の独自の情報網については誰であろうと教えられない。新聞記者を目指すものとして当然だよな。」
そう、こいつはこのインターネットが普及して何十年も経ち殆ど需要の無い新聞業界を目指して日夜が頑張っているのだ。夢があるだけ俺よりましだろう。
「それで、その転校生がどうしたんだ?」
本音を言えばそこまで気にならないのだが、一応話を合わせておく。下手な事をして友人を減らしたくはないからだ。
「それが、めっちゃ可愛い女子らしいよ!」
本当にうれしいようで、語尾が上がっている。
「お前の好みだといいな。」
等といかにも中学生な会話をしているうちに学校へ着く。
朝の学活のため、”いつも通り”気の弱そうな担任の風間が腰が引けたように、教室へ入ってくる、だが今日は『いつもと違う。』それは後ろから人がついてきたことだ。それは担任と同じぐらい腰が引けた少女だった。その少女は背丈は小柄で、髪は肩までのショート、顔立ちも悪くない、幼さを残しているあたりが通好みだろう。童顔で小柄であるが故に保護欲が働きそうな外見だ。
担任が引け気味であるからこそ話が長い、グダグダと話したことを要約すれば、簡単だ。転校生ということそれだけだ。引っ越してきたのは聞いたこともない島だった、おそらく日本の隅っこの小さい島なのだろう。その割には言葉の中に方言のようなものが混じらないことに少し疑問が残るが、練習でもしてきたのだろう、ということで納得した。
多分俺とは無関係に過ごしていくのだろう。幸せなオーラをずっとまとっていることからこんな境遇である俺とは縁がないだろう。せいぜい新しい学校での生活を満喫してくれたまえ。
次の授業は何だったか、と朝の学活中に時間割を確認してみる。1時間目は担任である風間の社会だ、この授業は担当が気弱であることをいいことに家で見た夢の続きを見るのに当てさせてもらっている。時間は有効に利用しなくてはいけない。お休み。と隣の席は誰もいないが、誰に言うわけでもなく夢の世界へと落ちていく。
またあの夢だ、あの事件の日を必死にやり直している日々の夢。事件後しばらくしてから自分の能力に気づいて真っ先に試したことだった。何度トライして、成功しなくい、考えられる方法を試していく。
その行為は今でも気づくとあの日をやり直している事がたまにある、それでも成功しない。最近はやり直していると元の人生が進まなくなるのでできるだけ考えないようにしているのだが、こうして夢に見る。
肩を軽くたたかれた気がした、だが居眠り程度であの風間が何かするわけがない、周りにも寝ている奴はいるのに何故俺だけ?と疑問をもったまま肩を見た。
俺の方に乗っているのは細くて白い指。誰の指かと思えば、さっきまで空席だったところに座っている転校生だった。
顔一面に戸惑いの笑みを浮かべている、
「えーっとこれはなんて読むの?“じゅう”君?」
やっぱり読み間違いをされる、初対面ちゃんと読まれた試しの無い苗字。正しくは“もげき”と読む。
「違う、十と書いて“もげき”って読むんだ、俺は十 羽石。」
「ごめんね、読み間違いしちゃって・・・。」
謝ることはそれだけなのだろうか、俺は心地よく睡眠をとっていたのだが・・・
「でもね、授業中に寝ちゃだめだよ?」
そうか、そういえば今はまだ授業中だったのか、これでは俺の方に問題があるのが言われずとも知っている。
昨日までの日々が懐かしい、今まで隣に誰もいなかったから授業中に寝ることが出来たのだが、今はもう違う。名前をなんといったか転校生のせいで俺の今までの日常は壊れてしまったらしい。
「お前そういえば、名前は?」
今後名前が分からずに困るかもしれないので、純粋に聞いてみる。
「えーさっき言ったのに、聞いてなかったの?」
「悪いな、その辺りからドリームランドに旅立ってた。」
眠いので机に突っ伏したまま会話を続ける。
「それじゃ、しょうがないね・・・ってよくないよ!駄目だよ、学校で寝ちゃ。」
いいノリツッコみだ。
「うるさいなーいいだろいつ寝ても。そんなものは置いといてお前の名前だよ、名前。」
「よくないと思うけど……私は水上 葵。」
そうか水上葵というのか、よし寝よう。
「俺は寝る。お休みじゃ、次の休み時間になったら声をかけてね。」
「寝ちゃダメって言ってるでしょ。」
「分かった次から寝ないから今だけ寝させてくれ。」
「しょうがないなー。今回だけだよ?」
どうやら今回だけは許してくれるみたいだ。授業の終わりが近づいているので急いで夢の中へと戻る。
「十君、休み時間だよ。起きてー」
起こしてくれた。こいつの性格からして起こすと思っていたのだが。頼んでおいて起きないとも悪いので起き上がり伸びをする。
次の授業を知って落胆する。そう、次は体育だ。体育か少しテンションが下がる。運動はあまり得意な方ではないが下手でもないと思っている。でも面倒くさいものは面倒くさい。俺は基本的には面倒なことはしなことにしているので、体育は毎回テンションが下がる。しかし参加しないわけにはいかない。今年は受験が控えているのだ、体育教師に目を付けられて連鎖的に他の教師にも目をつけられるのは面倒だから参加する。それだけだ。
こうしてまた時間が過ぎていく。だが今までは同じ歯車が同じだけ回っていただけだったが、今日は違った新しい歯車が急に飛び込んできたせいでリズムが狂ってきている。それでも何とか状態を維持して一日がこうして終わる。
「気を付けー礼!」
クラス委員の掛け声で今日の授業が終わる。席を立ったところで、担任に呼ばれる。
「十さん、ちょっといいですか?」
普段呼び出しなど行わない風間が俺を呼び出したことに興味を持ったのか、クラスメイト達は何事かと、俺を好奇心の目で見る。俺は確信した、これはいける!と。今までこんなことは起こらなかったのだから、今回の世界で俺が無意識にした何かによって、変わったのだろうと、想像した。だが、現実はそんなに甘くは無い。何故なら、その呼び出しの理由が。
「十さん、席が隣なので、今日転校してきた水上さんを軽くでいいので学校の案内をしてもらえますか?」
今ではアニメや何かでしか聞けないようなセリフを現実で聞く羽目になった。これでは危険度が上がってしまう。長時間こいつと二人でいるとなると、どうなるか分かったものじゃない。だが、将来の進路のことを考えて、担任の頼みを断るのはプラスになるとは思えない。なので仕方なく応じることにする。
その後30分ほどかけて学校を案内した、そんなに学校自体は広くないのだが水上の質問に対して一つ一つ答えていたら大分時間を食った。時間はいつも一定だから、刻一刻と夕方に迫っていってる。あの時間になる前に急いで帰らなくては。
「まぁ、ざっとこんなもんだ。分かったか?」
「有難うね、こんな時間まで一緒にいさせちゃって。」
「いいって、別に。」
こういう風に女子と二人っきりという状況に慣れていないので、会話が続かない。俺は居づらくなって歩みを速めた。
昇降口まで来て
「後は家に一人で帰れるよな?」
「大丈夫だよ。」
ここで無理と言われたらどうしようかと思った。俺は別れを告げて足早に学校の門を目指した。道中誰にも話しかけられることもなく門をくぐった。登下校の道も早足だ。あいつに、水上に、追いつかれないようにするためだ。走った方がいいのだが、いきなり走り出したら残された方の身に不快感を与えてしまいかねないので、早足にとどめておく。
それからは、家に帰り受験のための勉強を始めた。途中で喉が渇いたので何か飲もうと自室から台所へと向かう。途中で義母に、話しかけられた。
「羽石さん。もし今暇なら、行ってきて欲しい場所があるのよ。何、そんなに時間はかからないわ。」
「30分位で行ける範囲ですか?」
「大丈夫よ。」
この義母はあまり信用していないのだが。こんなところで嘘をついてまで行かせたい場所ってことは無いだろうから、俺は了承する。
「ならいいですよ。」
じゃあ、これ
と言って渡したのは行くべき場所への地図と何故か財布だった。一瞬お使いかと思ったが、義母の物とは形も色も違う。
「あの、この財布は?」
「あーそれ?別にお使いに行ってほしいわけじゃないのよ。今日来たお客さんが忘れものしちゃってね。それを届けてほしいのよ。」
「なんだ、そういうことなら。」
俺は出かける用意をする。本当は外になんて出たくなかったのだが、さっさと済ませればいいという事にして玄関の扉のノブを回して扉を開ける。
指示された場所に行き表札を見て――――。
アレ、ここはどこだ?もう日が落ちているな。早く家へ帰らないと。と、無意識のように思って歩き始める。少し行ったところで何かに躓く。足元を見ると、そこには
水上が倒れていた。血まみれで。
又か、又なのか!!!!!
何があったのかよく思い出せないが。おそらく今までと同じことが起こったのだろう。それで、また殺人を。俺も馬鹿だな。何度も同じ過ちを繰り返す。
人は学習しないのか。頬を何かが伝う。何かと思い触ってみると涙だった。俺は泣いている。何故だかわからないが泣いている。そして、口からは自然と笑いがこみあげてくる。お笑い番組を見て笑うのとは次元が違う。狂ったような笑いだった。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。」
立ったまま、笑いながら泣いている。なんて無様なのだろう。
急に膝から力が抜けた。そのまま重力にひかれるように地面へと倒れて、暗闇へと誘われる。
最後に誰か別の人の声が聞こえたような気がする。前の警官とは別の声。そう、若い女性の声。