俺の知らない世界への道
”あの時、なんで羽石。お前は家にいた?”
心の中で声が響いた。何処かで聞いたような気のする声。もうかれこれ何年も聞きたくとも聞くことのできなかった声。あぁ、これは実の父の声だ。そう理解する。でももう死んだはず。と、思って辺りを見回す。周囲にあるのは学校の昇降口前ではなく、白い空間。上も下も右も左もない、そんな空間。そこにあるのは、『俺』という存在だけ。空間の中では未だにさっきの父親の声が反芻している。
「それは……」
父親の声に応えるために、記憶を辿る。
そう、あの時は・・・当時から引きこもりがちだった俺は某動画投稿サイトの生放送を見るのが唯一の楽しみだった。その日俺の好きな生放送主の生放送があったから見るために家にいたんだった。
「パソコンで動画を見たかったから……。」
・・・。
応えは返ってこない。
”そんなことのために。私たち家族はバラバラになったのね……”
と、今度は母親の声。泣きながら言っていることがよく伝わってくる声。所々声が裏返っている。
「そうだよ!悪いか!!自分のしたい事をして何が悪い!」
俺は懐かしさのあまり泣きそうになるのを堪えて、わざと大きな声を出す。
「そもそも、なんなんだよ!ここは!俺の夢なのか!」
”違うよ、兄ちゃん。ここは兄ちゃんの心のトラウマを増大化させた世界だよ”
今度は妹の声。
「何言ってるんだよ、お前ら。お前ら死んだんじゃないのかよ!!」
急に息苦しさを覚えだす。辺りを見渡しても白い空間だけ。空間には壁や天井や床といった概念はないようで、俺は浮いていたのだが、今では何故か足元に床がある。手を上にあげようとすると途中で何かにぶつかる。今度は壁が生まれている。
恐る恐る、手を壁にぶつけない様に頭の上へと持っていく。上にも確かな手ごたえ。
明らかに空間が狭くなっている。体感的に始めは学校の体育館位あったはずなのに、今では棺桶ぐらいだろう。だが、空間の収縮は止まらない。棺桶の様な形は無くなり。俺という個人にあった形へと変化していく。もう身動きがしづらい。
俺は助けを求めて声を出そうとする。だが、出ない。口も開き呼吸もできるのに、声が出ない。
声も出ないし、この空間に俺以外の人間がいるとは思えないのだが。それでも口の動きだけでも助けを求めることだけはやめられなかった。もう、完全に身動きもとれない。
拘束をされてから、どれくらいの時間が経過したのだろうか。途中でまた父親や母親や妹の声が聞こえてきた。
助けを求める声。
痛みを訴えている声。
死にたくないという声。
俺の名前を呼び続ける声。
互いに互いの名前を呼ぶ声。
いろんな声が聞こえてきた。
俺にできたのはその声たちを聴き続けることだけだった。