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四日目

 

 

 しゃん、しゃん、しゃん、しゃん、しゃん。


 うす暗い部屋、カーテンごしの光の中。

 青、赤、黄、白、黒の塊がはねては落ち、はねては落ち。

 くるくるとお手玉をあやつる女の子。


 彼女は私を見上げると、口元だけで微笑んだ。

 どこかで見たことがあるような笑顔。どこでだろう。


 ぼんやりと考えている間に、ヤツはこちらに背を向けて歩き出した。

 足の動きは緩慢(かんまん)なくせに、その動きは速い。

 今走り出さなければきっともうつかまえられないのに、自分の足はうごかない。

 こちらを振り返ることすらせずに、ヤツは点ほどになって消えていく。



 そこで私は目を覚ました。

 夢、だろうか。

 汗で背中にまとわりつくシャツを引きはがし、布団から抜け出した。


 あのお手玉の音がしない。

 見回してみても、ここには私しかいない。

 圧倒的な沈黙がのど元を押さえつけてくる。


 意味がわからない。理由がわからない。何もかもわからない。

 あの日のあの女と同じように、私の理解なんて無理して、アイツは行ってしまった。


「……おしまい、か」


 ドアノブに手をかける。指に積もったほこりがへばりつく。

 息を殺す。手のひらに力をこめる。


 あっけないほど簡単に、扉はあいた。

 周囲の空間が一気に広がったのがわかる。

 差し込んでくる眩しい蛍光灯の光。

 

 部屋のすぐ隣。トイレの扉の前を通り過ぎる。

 この先に踏み出すのは、半月ぶりということになる。


 自分の足音がやけに大きく聞こえてくる。

 居間からもれてくるニュースキャスターの声。

 へその下に力を込めて、のぞき込む。


「帰ってたんだ」


 親父は新聞から顔を上げると、軽く目を開いた。


「……おう」

「久しぶり。親父」

「おう」


 沈黙。あの時には耐えられなかったこの間が、今はなぜか気にならなかった。

 親父は突然椅子を立ち、ポロシャツにそでを通しだした。


「んじゃ、行くか」

「……は?」

「メシに」


 いつもどおりの口調。ここまでくると呆れるより先に笑いがこみ上げてくる。


「……それが二週間ぶりに会った傷心の娘にかける言葉?」

「おう」

「……いいけど。付き合ったげる」

「一人で食うメシはまずいからな」


 ぼそぼそ言いながら親父は玄関へと早足に行ってしまう。


「子離れのできない親を持つと苦労するよ」

「小遣いで食いたいか?」

「さーて、いざゆかんファミリーなレストラン」

「子供舌」

「うるさい」


 軽く小突いた親父の後頭部には、白髪が少し増えていた。

 

 

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