二日目
しゃん、しゃん、しゃん。
うす暗い部屋、カーテンごしの光の中。
赤、黄、黒の塊がはねては落ち、はねては落ちる。
くるくるとお手玉をあやつる女の子。
布団から起き出した私の側で、あいかわらずザシキワラシはお手玉少女だった。
「おはよ」
寝ぼけまなこをこすりこすり、言葉をしぼり出す。
「はやいじかんではない」
すぱん、とでも音が鳴りそうなくらいあっさりと答えが返ってくる。
「……ごもっとも」
時計の針は十一時を指している。
お早うな時間ではないことは確かだ。
「無表情なクセして実はツッコミ入れられるんじゃん」
「?」
「ごめん私が悪かった」
手をぱたぱたとやりながら、全力でのびをする。
カーテンのスキマから外をのぞく。
今日も外の世界は無神経なほど、日本晴れの平日を過ごしている。
「……人の気も知らないで」
外に乾かしてあったタオルを取り込むと、叩きつけるように窓を閉める。
夜の間だけは空気の入れ替えの為に開けているが、昼間はそんなことをしてやる義理は無い。
昨日のカップラーメンで使った湯冷ましを喉に流し込み、余りでタオルを湿らせる。
汗でべたついた全身をぬぐう。
風呂に入れない間の非常手段だが、これはこれで慣れると気持ちいいのだから、人の適応力ってやつはよくできていると思う。
そのタオルを洗濯用に台所からかっぱらってきたボールで揉み洗いして、また窓の外に渡したビニールひもにかける。
「食べる?」
机の中から超有名ブランドのバランス栄養食品を取り出したところで、一応彼女に聞いてみる。
答えの代わりに、規則正しいお手玉の音だけが響く。
私は勝手にうなずいて手にした薄っぺらな包みを破り捨てた。
顔をのぞかせた親指程度のブロックにかぶりつく。
口の中の水分が全部吸い取られるような感覚に、私は思わずペットボトルへ手を伸ばした。
味は嫌いじゃないが、にしてもよくもまあこんなに食べにくく作ったものである。
この食べにくさはある意味才能の成せる技、というくらいの領域に達していると思う。
もっとも、この数日、これで食いつないでいる者としては、開発者に感謝しなければいけないのだろうけれど。
どこか作り損ねたようなチョコレート味の塊をスポーツドリンクでむりやり押し流したところで、私はザシキワラシに声をかけた。
「なんであんたはここに居座ってるの?」
「おまえはなぜここにいる?」
相手の意図が読めずに、私は黙りこんだ。
哲学な質問なのか、それともこの部屋に居続けている理由を聞かれたのか。
どちらにしても人に説明できることじゃない。
「そういうことだ」
「かわいくないヤツ」
「うそだ」
私は思わず向きなおった。まさかヤツの口からその言葉が聞けるとは思わなかった。
「よばれたからだ」
「何に?」
「ここにだ」
思わずため息が漏れる。ワケがわからない。
一瞬でもまともな会話を期待した私が馬鹿だった。
「ワザとやってるかな、この子は……」
こめかみをぐりぐりと小突いても、ヤツは顔色一つ変えず相変わらずお手玉を続けている。器用なヤツだ。
「何かしょうもなくなってきた」
大げさにため息をつく私を見て、ヤツの口元がかすかにほころんだのが見えた……ような気がした。