一日目
しゃん、しゃん。
うす暗い部屋、カーテンごしの光の中。
黄と黒の塊がはねては落ち、はねては落ちる。
くるくるとお手玉をあやつる女の子。
黙々と動きつづける手のひらに、次々と色違いのお手玉があらわれ、消える。
ゆったりとした両手の動きにもかかわらず、二つの軌跡はそのまま円を描いているように見える。
ほこりに反射して光が一筋差し込むだけの六畳の暗がりで、それはすごく、時代錯誤な様子だった。
その子の着ているもの、それからしてまず古くさい。
どうしたって昔話の中から引っ張り出したような格好。
ザシキワラシだ。
そう、思った。
人の部屋に突然入ってくるようなのは、他にはドロボウか強盗か通りすがりの迷子か、まあそれくらいしか思いつかないけど、目の前のこの子はそのどれにも見えない。
第一こんな小さな部屋の中で、他人が入ってきたのに気づかなかったなんてことは絶対にないのだ。
そもそも窓にも扉にも中からカギをしっかりかけてある。
力ずくで壊しもせずに入れるはずがない。
とすれば、ザシキワラシに決まっている。
昔話で聞いたことがある。どこからともなく人にまぎれ込んでいたずらをする妖怪。
たしか、他の人に知り合いだと思い込ませるのが得意技だったはずだ。
だとすると、私は絶対この子が他人だとわかってるってわけで、それじゃこの子は落ちこぼれのザシキワラシだっていうことになる。
「あいにくここには一人だけ。数え間違えなんてしてやんないんだからね」
私は言ってやった。人数の数え間違いを誘うのがザシキワラシの得意技。
けど、この状況では間違えっこない。
「そういうことだから、他当たってよ」
が、そいつは何も言い返してこない。
相変わらず黙々とお手玉を回している。しかも、その数はひとつ増えている。
「……なんか言いなさいよ」
「…………」
「こら」
「…………」
「しゃべれないの?」
「ことのははことのは」
「は?」
「もくするはさや。ぬきみはあやうい」
沈黙。
日本語……だと思う。
意味はわからなかったけれど。
まあ、しゃべれないわけではないらしい。
考えてみれば、ザシキワラシと言葉を交わしたのだから、これは実はすごい経験なのかもしれない。
何はともあれ私の方としても人と話すのは久しぶりだったので、なんとなく嬉しかった。
「お客さんは久しぶりだからね。何か食べてきなよ」
言いながらミネラルウォーターのペットボトルを開け、やかんに注ぎ込む。
片手でマッチ箱から一本取り出し、火を付ける。
この一週間ですっかり慣れた動作だ。
我ながらあざやかな手つきだと思う。
キャンプ用のコンロに着火。青い炎が暗い部屋を照らす。
「……と言っても、これだけなんだけどね」
ダンボール箱から取り出したカップラーメンのシーフードをしゃかしゃか振りながら、私は笑った。
「しょうかはしょうかにしてしょうか」
「ん? 何か言った?」
聞き返す私に、ヤツは何も言わず、ひたすらお手玉を回しつづける。
「……あんまり一方的なのはもてないぞ」
「いらん」
ぼそりと返る答え。それはかみ合わないながらも、初めて理解できた受け答えだった。