薬品庫にて
久しぶりに続きです
さて、今の説明が終わったので、それまで黙っていたラズの兄であり魔王であるイクスが指をぱちんと鳴らした。
すると、ライン達の姿が消えた。
後には、大きな城の穴が残るのみ。
そこから吹いてくる風の冷たさをラズが感じていると、深々とイクスが嘆息した。
「ああ、またレンガとセメント買ってこなくちゃ……今度どこかで粘土を掘ってきて自分で焼いて作ろうかなもう……。セメントも石灰を買って来て……」
「……兄さん、もうあそこだけ、力を使って戻してしまえばいいんじゃないのか?」
その問いかけにイクスは首をふり、
「……決めているんですよ、僕が“人間”であるために。自分の身に危険が迫った時と、よっぽどの時以外、使わないようにしているのです。ラズだってそうでしょう?」
「……俺は怠け者なので魔法で直します」
冗談めいて言うラズにイクスは再び嘆息して、
「ラズの性格上、僕の立場であればラズも同じような決断を下すでしょう。この力はそれだけ色々面倒くさい」
「でもさっきライン達を追い出すのに、兄さん使ったよな?」
「……」
「……」
「……最低限一日一回にしておこうと思いまして。あまり使うと、“女神様”にどう漬け込まれるか分りませんから」
「なるほど。それで……」
一応兄は魔王をやっているのだ。
“女神様”の因子を入れられて、操り人形に……はできないが、多少はその力について知られて、最悪自体ちょっと使われてしまうかもしれないのだ。
そしてそのちょっと命取りなのだ。
随分と神経をすりへらす仕事なんだな魔王ってとラズは思いつつ、とりあえず兄さんが魔王である限り、人間に危害を加えることは無いだろうし、更に言うならば、“女神様”もそう簡単に手出しできないだろう。
そこまで考えて、この話をしていても余り意味がないなとラズは気づいたので話を変えた。
「あの四天王の一人、ギルベルトが色々とやらかしてくれたんだよな」
そう言って見回すと陰も形も無い。
四人の中で一番危険そうな四天王のいうにラズは感じたのだが、逃げ足も一級品らしい。
ついでにニャンタもいなくなっていた。
本当にこいつら何なんだろうなとラズが思っていると、そんなラズの表情から内心を読み取ったのか、イクスが、
「いつもの事です。もっとも彼なりに、“女神様”との距離を考えながら色々していますからね」
「嫌過ぎる。気持ち悪い。それで今回はどうして、人間だって分らせたんだ?」
そんな事をしなければやる気だってなくすだろうに、とラズは思うのだが。
「勇者として……僕達の代わりか礎になるためには、知っておかないと。鉄は熱いうちに打てといいますが……それは人それぞれですからね。現状ではある程度形作られて、次の柔軟性の段階に入るには、これは丁度いい機会でしょう」
「あれか、不条理を体験させておくという……」
「それはただのモラハラやパワハラです。嫌がらせをするもっともらしい理由としていっているだけです。僕が言いたいのは、このまま“女神様”側にあの勇者がつかれても困るって事です」
そうすれば世界が滅びかねませんと暗に言う兄に、ラズは、
「とはいえ、完全に“女神様”と敵対するわけにはいかないんだろう?」
「そうですね。まあ状況は少し変わっているでしょうが、彼がもっと強くなろうとする事には変わりありませんし。悩むでしょうが、現実は、その時考え付く最良の道しか選べないのですから仕方がありません。それに彼の場合、周りにいる可愛い女の子達に慰められて復活するんじゃないですか」
その時の様子がありありとラズは浮かんできて、悲しくなった。
これは無い。
「そうだな。うん、別に羨ましくなんてないから、うん……」
「ラズにも良い子がそのうち出来ますよ」
「そうだといいな……はあ。この剣、いずれあいつが持つことになるんだよな?」
「そうですね。そこまで行く前に駄目になるかもしれませんがね」
「俺が自分から、『お前の実力を認めよう』って、上から目線で渡すのか?」
その姿を想像して、ラズは眉をしかめた。
そういうことに憧れる年ではラズはないのだ。
そんなラズの様子に気づきながらもイクスは、
「やりたいんですか?」
「……なんか、あんな風に女の子に惚れられているのを見ると、その時期になったら誰かにこの剣を預けて、ありがたみも何もなく、どうぞって渡されるような状態してやりたいなって気がしなくもない」
そう暗く笑うラズに、イクスは困ったように笑い、
「地味な嫌がらせですね……自分の苦労が何だったのかと問いかけたくなるような」
「うん……でもいいじゃないか。俺よりも望まれ、期待されているのはあいつなんだから、この程度は良いだろう?」
「彼なりに悩みもあるのでしょうけれどね」
「隣の芝生は青く見える、というけれど、俺のこの状況はないなという気がしなくもない」
「まあまあ、それよりも、薬品庫に案内しましょうか」
ラズの目が輝いた。
そんな弟の様子に、よかった、少し元気がでたみたいだとイクスは笑ったのだった。
「そうなんだよ、ラズはもう少し僕を可愛がってくれてもいいと思うんだ、ミスティ」
「エルは、顎の下をなぜられるのが好きだものねー。ほらほら」
「ごろごろにゃー」
薬品庫の傍の別室のような場所で、あの猫もどきのエルが、前足を手のように使ってお茶を飲んでいた。
対する目の前にいるのは羽の生えた穏やかそうな女の子である。
先ほどミスティと呼んでいたが、とラズは思っているの彼女がラズ達に気づいた。
「イクス魔王様、どうされたんですか? そちらは…弟の?」
「ええ、ラズです」
「よろしくおねがいします。あの、実は……」
「ああ、エルちゃんから聞いているよ。“肥沃の種”だね。何処にあったかな……ああ、あそこだ」
思い出したかのように彼女が軽やかな足取りでそちらに向かう。
その間ラズは薬品庫を見渡す。
背丈数倍にもわたり、大量に色々なものが陳列されている。
其々に最適の環境が用意されているのとのことだが、複雑に組み合わされた魔法設備にラズは舌を巻く。
ここ楽しそうだなとラズが思っていると、とことことミスティが戻ってきて、
「これだけど、随分物騒なものがいるんだね」
ミスティの手にはガラス玉の様な物が入ったビンが握られている。
そのガラス球には、白いものが封じ込まれていた。
なので、ラズは以前調べた青い液体試料を持ってきて、それをミスティがじっと見つめてから、
「はい、この資料と同じものか知りたくて……」
「溶かしている液体は何かな」
「コハクリキッドです」
「じゃあ、良い玩具があるからおいで」
そう手招きするミスティ。
一応どうなんだろうと、兄のイクスをラズは見ると、
「ミスティさんがいいといっているのですから行ってくればいいでしょう。薬品の保存の関係で、劣化とか調べていましたから、測定の良い方法を教えてもらえるかもしれませんよ? 異界のものかもしれませんが」
と言われてしまった。
とはいえそんな普通では見れないものが見れるとラズはちょっと楽しみになりながら、ミスティに誘われて、付いていってしまう。
そして案内された白い部屋。
そこにあったのは箱だった。
幾つかの灯りがつく、外からは何の変哲もない滑らかな銀色の光沢のある金属の箱である。
そこからは黒い糸のようなものが幾つも伸びていた。
「ここにその液体を少し入れてもらえるかな。一滴でいいよ」
「あ、はい。えっとそれで」
「こっちにガラス玉をおいて……コハクリキッドは、前に測ったから……それ、コハクリキッドの純度はどれくらい?」
「99.8%だったかな?」
「純度が低いね。でもまあいっか。特殊な薬だし」
そう言って、ミスティさんが何やら魔法を設定していくと、白い硝子盤のようなものに緑の光で何かも用が現れる。
同時に箱がぶううんっと音を立てて、それは数秒で終わった。
と、振り返ってミスティが、
「終わったよ。同じものが含まれているね」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ、特殊なものなので固体と溶媒……液体に溶かした状態のものでも、大きな変化が見られないものでしたからね。ピークは見やすかったから」
「でもただ測るだけじゃ出来ないでしょう? これを通したから信じられるっていうわけではないですし、この機械の問題点も把握して使っているのは凄いと思います」
「ふふ、ありがとう。でもまたこんなものが出回っているの?」
「ええ。理由は分りませんが」
「……この平和な時代にわざとそういう事をしたいのだとしたら、その人はきっとあまり回りの事を分っていなくて、なおかつ周りもわかっていなくて、力を持っている人なのかもしれませんね」
「……嫌過ぎる。しかも割を食うのは俺達じゃないか」
「がんばれ、大変だね勇者って……良かったわー。私たちは悪い側で、やりたい放題できるもん」
そう肩をすくめて笑うミスティに、ラズは乾いた笑いしか浮かべられなかった。
なんという羨ましい話なんだとラズが思ったのはいいとして。
だが分った事もある。
これが“肥沃の種”であるならば、何故レテは嘘をついたのか。
信用されていないというのも有るが、その話が外に出るのが困るのだろう。
では何故?。
考えるには材料が少なすぎると、ラズは嘆息する。
ただ、イリス教団に多くが繋がっている。
黒幕もそこにいるのだろか。
「どうしようかな……」
ラズが溜息をつく。
目上の人間にたてつくと叩かれるから嫌なんだよなと思い、そのまま考えるのをやめる。
そしてミスティに、ラズもお茶とお菓子をご馳走になって魔王城を後にしたのだった。
久しぶりの更新です。このままばしばし完結まで持って行ってしまうかなと思っております。




