魔王城裏門前
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よろしくお願いします
「こっちですよ、ラズ」
兄のイクスが手を振るのが見える。
移動の馬車代が安くなる方法でこの町キルヒホッフまで来たわけだが、その関係上別々の馬車で行く事になってしまった。
手を振る兄は、馬車の停留所に隣接するカフェテラスでアイスクリームが浮かんでいるメロンソーダを飲んでいた。
「いいな、ぼく……俺も飲もうかな」
「なら、奢りますよ。店員さん、メロンクリームソーダ追加でお願いします」
はーい、と返事をする店員。すぐさまグラスに氷を入れ、緑色の濃い液体、次に透明な炭酸水を入れてかき混ぜる。
最後にバニラアイスとさくらんぼが乗せられ、お盆に載せられ運ばれて、伝票が一緒に置かれる。
「んー、美味しい」
「ここのイチゴのソースと生クリーム、バナナにチョコレートソースが飾られたワッフルは人気だそうですよ」
「そうなのかー。ところで兄さん。ここ女性客ばかりなんだが」
「ん?。ああ、今日はレディースデーなんですよ。女性はワッフル全品半額なのだそうです」
「そうなのか、男性は無いのか……」
「但しこのクーポンを使うと男性も半額だったりするわけなんですが、どうします?」
結局、イクスとラズはワッフルプレートを注文したのだった。
そのワッフルを食べつつ、ぱちんとイクスが指を一回鳴らした。結界だ。
「ここから一時間位歩いた森の中、転送陣があるのでそこから移動になります」
「戻る時しか使えないんじゃなかったっけ」
「あのルールは、この世界と外との境界をあまり利用させたくないから、戻る時のみとしているだけです。原理的には行き来は可能でしょうね」
「“女神様”が問題なのか?」
「確かに、そのルールを破ろうとすると“女神様”が排除しているのは確かなのですが、そう簡単に狭間の移動をすると人数が増えて、その拍子にどこかの誰かと接触してしまう可能性があるのです」
「接触した場合、どうなるんだ?」
「運がよければ、外側に放り出されます。そして、悪ければそれらが融合した生き物になって転送や、手だけなどばらばらに予定外の場所に送られる事になるでしょうね」
「という事は、魔王は特別?」
「いえ、基本魔王は魔王城に居るものではないですか。だから行き来出来ないと、魔王城内に魔王が不在という事態に陥ってしまいますので、その関係である程度自由が効くのです。もともと“女神様”の作った設定ですから」
「……そういえばそうだった。確かに魔王の城に魔王がいなかったら困るものな」
兄がそこら辺でアルバイトをしているため、魔王城にいるという概念が、ラズにはまったく頭に浮かばなくなっていた。
「というわけでそこは心配しなくても大丈夫です。さて、食べ終わったし話も終わった事ですし、結界を解いて、と」
ぱちんと指を鳴らすと、いつもの喧騒が戻ってきた。
料金を精算し、歩く事一時間。
緩やかな平地の森に、細い石畳の小道が一つ。人がよく出入りしているのでなければ、埋もれてしまいそうな道。
「妖精達にお願いをして、この道に生まれないようにしているのです」
「なるほど、道理で草が生えないわけだ。入り口は屈折の魔法?」
「ええ、上手く組み合わせて草木が連なっているように見せる魔法が元々かかっているのです。もっともそれら全て、城の間取りすらも教団等の手にあるわけですからね」
「なんでだ?、盗まれたのかな?」
「いえ、場所が分からなければ勇者が魔王を倒せないでしょう。所詮、茶番だ。と、ここですね。ここが魔王城裏門です」
大きな細かな細工の施された門に石版が埋め込まれている。
そこに手を当ててイクスは魔力を通し、その下のいくつかの石版を押す。
が、扉は閉まったまま開かない。
「変ですね。暗証番号はこれでよかったはずですが……」
何度もやるも、扉は硬く閉ざされたままである。
いい加減無理と思ったのか、イクスは城に向かって大声で声をかけた。
「もしもーし、魔王です。暗証番号を忘れてしまったのであけてくださーい」
遠くにこだまが聞こえる。
すると上の方から一枚の紙が落ちてきた。
それを手に取り、イクスは読み上げる。
「えっと、なになに、『拝啓、大好きなイクス魔王様。私達四天王のギルベルト様を除く三人は、この魔王城に引きこもる事にしました。今の世の中は厳しすぎてついていけません。探さないでください』」
「………………………………………………………………」
「………………………………………………………………」
凍り付いている、イクスにラズは取りあえず言った。
「どうする兄さん。1回帰るのも……」
「……かといって放っておく訳にもいかないでしょう……。仕方がないから、中に入ってそれぞれと話をして、説得をしないと、ラズ、手伝ってもらえますか?」
「え、ああ、いいけれど、でもここは兄さんの城だろ?」
「正確な手順を踏まないと、罠やら何やら作動しちゃうんですよ。まして、主犯は四天王とか。上がそんなだと、下もそれに従わざるおえないのに、まったく」
「兄さん俺より強いじゃないか。俺の出番は無いんじゃないのか?」
「……もう一人の勇者が来るまでに、魔王っぽく服装やら何やら準備しないといけないのです。もしもの時はラズに足止めしてもらわないと。もう少し後ですが今日来ますし」
「なるほど。わかった。最悪もう一人の勇者をフルボッコにしてここから放り出せばいいんだな」
「仲間も居ますから、面倒ですよ。普通っぽい人たちですし」
「……俺にはまともな仲間も居ないのに……許せん」
「まあ、そこら辺はラズにお任せします。さて、では……」
イクスが門に手をかざすと、次の瞬間に扉が大きな力で捻じ曲げられたかのようにぐにゃりと曲がり吹き飛んだ。
砂煙が舞い上がるなか、中へと向かって歩き出す。
「相変わらず兄さんはすごいな」
「呪文という効率化手段を使わなくても魔法が打てるのは便利といえば便利なのですが、逆に呪文を使うと威力が半端無くてとんでもない事になるから、呪文が使えないのですよね。それはそれで、面倒なんですよね……」
「そういえば、もう一人の勇者にはどうやって魔法を使っているんだ?」
「本当は適当な言葉を言って魔法を使ってやろうと思っていたのですが、それも面倒だったので『われに触れる事も今のお前には出来まい、はははは』と挑発して結界張って、放置プレイしたりしたかな」
遊んであげた、とは文字通りで。たぶん本当の意味で、この兄イクスには一生勝てないんだろうなー、とラズは思った。
次も、よろしくお願いします




