魔王
風邪で熱を出して辛いです。あと最低でも六ケ所の話がああああああ。書いても書いても進まない。コメディぽくしたいよう。
そんなわけですが、よろしくお願いします。
ずいぶん久しぶりにラズは兄に会ったわけだが。
「何で、クラウスじいちゃんがここに?」
都市フィーアの昼下がりの喫茶店。客はおらず、兄のイクスも店員のアルバイトが丁度終わった所である。
そこに諸悪の根源ともなりかねない、20代に見える祖父がいれば、ラズとしても思う所があるわけで。
だがしかし、クラウスはうな垂れて、
「可愛い孫に会いに来たのに、ラズがそっけない……」
「ラズも色々大変なんですよ。それよりもラズ、ちょっときなさい」
にっこりと笑い手招きする兄。特に警戒を抱かず、ラズは近づくと兄は額に軽く中指を付けた。次の瞬間、
「―――――――――――っつう」
フライパンか何かで頭を殴られたような激痛が走る。
その痛みに少しのた打ち回り、若干涙目になりながらあにのイクスを睨み付けた。
「何をするんだ兄さん、まだ頭ががんがんする」
だが、兄のイクスは呆れたように嘆息して、
「ラズが本気を出していれば、その程度痛みでもなんでもないでしょうが。そもそも、その“女神”の傀儡の魔法に何故わざわざかかったままでいるのですか?」
「俺にも俺の理由があるんだよ、兄さん」
「……どの道、幾つか話したいことがありましたから“女神”の目を抜きにして」
兄がぱちんと指を鳴らすと、周りに結界が張られる。これで“女神”の目は届かない。
「さすが兄さん、相変わらず凄い」
「今は“魔王”が仕事だからね。この程度造作もないよ」
元々色々規格外であったが、その兄が突然“魔王”になると言い出した時は、さすがに家出をした実家に連絡を入れようと思ったのは秘密だ。
魔王って……何の魔王になる気だよと本気でラズは思ったのだ。
夜の魔王とか良く分らないものになったりしないか、本当に悩んだのだ。
結局、本物の“魔王”に兄はなったことが分かったので事なきを得たが。
「そういえば“魔王”は勇者が戦うものじゃないか。俺はどうすればいいんだ?」
試しに聞いてみると、兄はくるりとこちらを向いてにやーと笑った。
「ラズは戦いますか?」
「勝てないものには挑まない主義なんだ」
「接近戦なら勝てるかもしれませんよ。何せ僕が剣を持つと何処に飛んでいくかわかりませんからね」
「そうそう、兄さんが剣を使えれば、俺が家出する必要もなかった」
「でも家出したから、都市に来れて、クラウスおじいちゃんに会えましたからね」
「あの時、あの剣を見なければと今は思っている」
それについてクラウスは、
「その件については済まないと思っているよ、まさかそんなに早く落ちてくるとは、そもそもラズの前で落ちるとは思わなかったんだ」
すまなそうに祖父のクラウスがラズに向かって弁解する。
「そもそもあの剣が一般人の前に落ちても問題なかったんだ。後々優れた剣士に譲ればよかったからね。だが、この血統のせいか」
「べつに、そういう血筋とかを恨んだ事はないが、色々と納得しきれない部分があるんだ」
「いずれ、数年以内にそのしがらみからも開放されるはずだ。元々私達は、“隠されている血統”なのだから」
「……そうだよな。そうであってほしい。その話はここで終わりにしてくれ。じいちゃんのこと悪く言いたくないし、この靴だってじいちゃんが作ってくれたんだろう?」
「ああ、ラズが少しでも安全になるようにね。いや、あの時は大変だった。警備の兄ちゃん達を気絶して逃げ回りながら作ったからね」
「なんでじいちゃんばっかに頼るんだか。一ヶ月に一度しか外に出れないなんて酷過ぎる」
「仕方がない、私の代わりとなる技術者がまだ育っていなくてね。体の年齢の時間を止めても、情報量が多すぎれば脳が許容量を超えてしまう。ならばこのまま時間をとめるしかない。だがおかげで孫達とこうやって話せるのだから、役得ではあるよ」
「兄弟だっていわれても違和感ないものな。全員黒髪で金色の目だし」
「そうですよ、ラズ、目です!」
兄のイクスが、はじけるように告げた。
「キリトさんから、エルを通して話を聞きましたが、“女神の魔法”ごときで身体的特徴をどうこうされたくないんです。まったく、僕の可愛いラズが!」
「……兄さん、僕もう16歳なんです。いい加減もう少し」
「弟を可愛がって何が悪いのですか!」
「兄さん……」
とりあえず、この件は放っておく事にした。それよりも、
「兄さんは“肥沃の種”って知っているか?」
「確かに、魔者達から聞きましたけれど、図書館の本を調べてもでてこなかったんですよね」
「その辺の本にほいほい出てくるような薬ではないか、そうだよな……」
「その薬について聞いたことがあるな」
クラウスが顎に手をあててポツリとつぶやいた。
「本当に、じいちゃん。何処で?」
「私が子供の頃に聞いた話だが、今から百年位前に先代魔王が、あまりにも迷惑な薬なのでその大部分を強奪したとか何とか。それに確か魔王城の薬品保管庫に忍び込んだ時も何回か見かけたな」
「……じいちゃん、何やってるんだ」
「いや、魔王城の薬品保管庫は保存性も良いし、色々ほしいものが確実に手にはいってなあ。いや、ちゃんと金貨置いてきたぞ」
「それって忍び込みましたって丸分かりじゃないか」
「いや、ただでもらうのも悪いしな……」
そこで、当代魔王のイクスが、
「ああ、それで薬品子に金貨が大量にあったわけですね。でも、あの区間は魔者の羽を使わないと作れないものばかりだったはずですが」
「ふむ、恐らくは“肥沃の種”は最近生成されたものと考えていいだろう。魔王城以上の保管施設は人間側には存在しないし、かといって百年も昔のものでは劣化して効果が出ないだろう」
「なら、魔物、もしくは天使の羽が何処にあるか、もしくは無くなったのかをこちらでも調べてみます」
「いや、俺が自分で……」
さすがにこの年になって兄に面倒見てもらうのもどうかな、とラズは思ったわけだが。
「キリトは勇者連盟側、リースはイリス教団側のラズの観測者です。もっとも大学を卒業した関係上リースは元観測者ですが」
突然イクスがとんでもない事をばらした。が、
「知ってるさ、そんな事」
今更なんだと言うように、ラズは肩をすくめる。それを見てイクスが、
「分かっているのはいいのですが、今回の“肥沃の種”は、どちらの内部に関係者がいるか分かりません。ラズが巻き込まれないようにする必要があります。なにせ、原料の羽が一番簡単に手に入る位置にラズがいるのですから」
「そういえば、兄さんは魔王だったものな。アルバイトしてる魔王とか、想像出来なくて」
「世界征服のための軍資金をこつこつ貯めているんだから仕方が無いでしょう」
「魔王ならこう、略奪とか色々あるようなないような」
「魔王活動は経済活動なんです。いずれ魔者達の作った製品が世界を席巻するようになり、その時僕の世界征服が完了するのですよ」
そう、目を輝かせるイクス。
なんとも平和な世界征服である。
それを聞きながらラズは、
「……いや、兄さんがいいならそれでいいが」
そういえばうちの一族は、何処か頭のねじが抜けている、とよく言われている事をラズは思い出した。
たぶん、ラズにもそういう所があるのだろうと、なんだか悲しくなった。
そこで、ラズはアレを見せていないことを思い出した。
「あ、以前“肥沃の種”を少し布に付けた形で手に入れたんだけれど、その測定値がこれ」
「濃度が低いので、ノイズが多いですね。それに“肥沃の種”と分かっているデータがないし、複合した薬だと、各々成分に分ける必要がありますよね」
「でも量が少ないし。一応回収できる分の試料ほこれ」
透明な試験管に栓がされている。中にはうっすらと青い液体が入っていた。
「後は元の“肥沃の種”を測定器にかけてデータを取るのが一番良さそうだな」
「取り寄せますか?」
「んー、自分でとりにいく。薬品庫も見たいし、魔王城にも行ってみたいし」
「危ない仕掛けがあるので、行くときは一声かけてくださいね。あと、もう一人の勇者が今度魔王城で戦わないといけないんですよね。また適当にやればいいですね」
「兄さん、もう一人の勇者に会ったことがあるのか?」
「そういう風なシナリオでね。彼は偶然会ったと思っているようでしたが。僕もアルバイト先に迷惑がかかるようなプレイはできるだけしたくないので、わざわざ移動しなければならないのも面倒というかなんというか」
「それで、どうしたんだ兄さん」
「遊んであげましたよ。ふはははは、その程度か勇者め、とか言ったりして。ちょっと恥ずかしかったです」
「……もし魔王城に行けばそいつに会えるんだな?」
「そうですが」
それを聞いたらラズがにやぁと笑った。
「あいつには一言言いたいことがあるんだ。ふふふふふふふ」
「ラズ、僕の仕返しする分も残しておいてくださいね。僕も色々思う所がありますので」
「分かっているよ兄さん」
二人でふふふふとまた暗く笑ってから、
「なかなか物語のようにはいかないな」
「そもそも、物語が現実と同じであれば、面白くもなんともないでしょうね。ありふれた現実であれば、の話ですが。だってそうでしょう? 今日は何を食べましたとか、天気がどうとか延々と書かれて……それを面白いなんて思えないでしょう?」
「そうだよな……」
そう疲れたように嘆息するイクスとラズに、祖父であるクラウスはちょっと困ったように、
「孫達が大人になっていくのは喜ばしいが、まだ若いんだから夢や希望を持った方がいいぞ」
「じいちゃん、そんな余裕ないんだ、いま。こっそり胃薬を飲む勇者とか笑えないよ」
「胃薬は、マーズ製薬のものが良く効きますよね」
「あー、あの商品まだあるのか。私の子供の頃からあったよ」
「ちなみに、これをこれから大学の測定器にかけようと思う」
「偽データですね」
「本物のこっそり測定した奴はすでにデータを抹消したから、一応、敵の目を欺くためにこれからそれを測定する」
「でも、その時は“女神”に操る魔法をかけられていたのでしょう?」
「だから、そういうフリをしていただけだ。その方が監視はゆるくなる」
「そうだったのですか、悪いことをしましたね」
「いや、俺が解くとなると一時間位かかるし、相手の出方も知りたいから、どっちでもいいんだ」
「そうですか」
そこまで話して、
「じいちゃんも今日はありがとう。たすかったよ」
「いや、あまり役に立てなくてすまない。それに今日も、強化された警備兵から逃げたから次はどうなるか……」
「じいちゃん……」
「非常に楽しみだ。どうあの敵を転がして遊ぶかを考えるのは非常に楽しい」
「じいちゃん」
「いや、ラズのことも心配しているんだよ、うん」
「……」
しばらく沈黙してから、ラズはイクスに向かって、
「兄さん、魔王城の案内をよろしく」
「三日後の朝九時にここに来てもらえればいいです。場所は一応秘密になっていますので」
「分かった、じゃあ、俺そろそろ行かないと、レテさんを待たせちゃう」
「レテ?……フレア、ではなく?」
「レテはフレアさんの妹だって」
「変ですね、彼女には妹はいなかったはずですが」
「エルは“女神”が関係して大変だといっていたが」
「……聞いていない、その話は……いえ、後で確認を取ります」
「どういうことだ、兄さん」
「いえ、魔王といっても実質魔者を支配してるのは、四天王の一人、ギルベルトです。僕まで情報があがって来ないこともままあります」
それってお飾りだという事だ。
しかも支配権がその別のもにあるということは、
「兄さん、大丈夫か」
「いえ、いざとなれば力ずくで何とかしますから」
「その時は俺にも言ってくれ、手伝うから」
「私も、微力ながら手伝わせてもらう。そして、その話は、彼女アイリスにもしておいた方がいいだろう。力になってくれるはずだ」
「……母方のアイリスおばあちゃんですね、わかりました。そうします。おじいちゃんもラズもありがとう」
嬉しそうに兄は微笑んだのだった。
その後結界を解いた途端クラウスじいちゃんは確保され連れて行かれてしまった。
そして、レテもそこにいた。少し話がしたいのと、大学に測定器を使用する申請書を出して受理されたので、その様子を観察をしたいとのことだった。
兄さんが挨拶をすると、おひさしぶりと言っていた。どうやら同じ学年らしかった。
レテさんでしたっけ、と兄が名前を呼ぶと、一瞬びくっとしたようだがええ、とにこやかに笑い取り繕っていた。
そして別れて、大学の昔いた研究室にラズはいくことになったのだが。
待ち合わせの約束をしていたレテに会う。
そんなレテにラズは何食わぬ顔で、
「そういえば、この前渡したあの白い錠剤はどうなった」
「ああ、あれ、ただの胃薬だったわ。マーズ製薬の」
「……そうか」
「そういえば、今日は何しにいくの?。測定らしいけれど」
「いや、この前の薬のかけらをほんのちょっと持っているから測定器にかけようかなと」
「あんたねえ。今日は胃薬の測定じゃなかったの?。……一応結果は報告するから、そのデータの複写したものを後で頂戴」
「ああ、分かっている」
とりたてて、レテに変化はない。上手く隠しているのか、知らないのか。
後者だといいなと、ラズは思った。
どの道何かが出てくるわけじゃない。もうすでに本命は測り終えている。
これは、茶番に過ぎないのだから。
次もよろしくお願いします。




