古い都市の話
よろしくお願いします
カリカリと窓を引っかく音でラズは目を覚ました。
月の綺麗な夜だった。
窓ガラスにエルは顔をつけて、窓を引っかいているが、その顔が非常にユニークでラズは噴出しそうになった。
「薄情だよ、ラズは」
「すまない」
窓を開けて招き入れて、ラズはエルに謝った。それにまあいいけど、とエルが続ける。
「これから、案内しておきたい場所があるけれどいいかい?」
「真夜中だぞ」
「皆寝ているからね。君を見張っている人も、小一時間ほど」
「……わかった」
ラズは返事をして、剣を持ちつつ、エルと一緒に窓から飛び降りる。
月明かりの道には人一人いない。
皆眠っているからか?。
「この世界の技術ではないよ。もっともこの世界で作られたのは、もう1000年以上昔の話だけれどね」
「何で今に伝わっていないんだ?。さすがに都市の人間全員が全滅という事はないんだろう?」
「ここの古の都市の人は、“女神”との戦いでは一人も死傷者を出していないんだ」
「滅んだんじゃないのか?」
「人がいなくなれば都市機能は無くなるだろう?。原因は、“女神”によるものだし、“女神”に滅ぼされたことには変わりがないよ?」
「……よく、“女神”はそれを許したな」
「ああ、この都市周辺は“女神”の目があまり届かないのさ。だから、ここに注目している間に人を他の場所に移動させてしまったのさ」
「その割りに、この古い都市は壊れているようだが」
「ああ、うん、そうだね」
エルがさっと目をそらした。若干目がとろんとしている。
まさか、とラズは思う。と、。
「その予感は当たりだよ。君の祖先の女の人、フィーネが“女神”と戦ったんだ。その時都市はこんな惨状に」
「“女神”がこんな戦い方をするのか?」
「面白がって、剣で戦っていたんだ。フィーネと。最終的に剣が折れて肉弾戦になってさ。ほら、よく物語にあるようながちの男同士の殴り合いで友情が目覚めるような。それの女性版のような」
殴りあいをしている女性を頭に浮かべてみた。なにそれ怖い。
「うん、修羅場で男の取り合いで女性が取っ組み合いの喧嘩をしているのは見たことがあるんだけど、怖さは確かに共通するけどそういう醜さはなかったよ。ただ、何か間違っている気がするんだ」
「それで、結局どうなったんだ?」
「“女神”が嫁に来ない、って誘ってた」
「……“女神”って女性だよな?」
「そうだけど、腐っても“女神”だからね。性別なんていくらでも変えられるって」
「もちろん断ったんだよな。でないと俺はこの世にいないよな」
「元々彼女はあの都市の神官を守る剣士だった。ちなみにこの都市の神官は、都市の使い方を知っている人で、僕の事をはじめは猫だと思って拾って可愛がってくれた人なんだよ。おかげで、都市の人達にもずいぶん可愛がってもらったものだから、うっかり偵察任務を忘れてしまったよ」
「その時、魔王達はいたのか?。確か魔物に滅ぼされて……」
「女神の眷属である僕達はまだ魔王軍となったばかりだったから、“女神”とも魔王ともどちらともいえるね。それに、魔王によって異端が滅ぼされ、“女神”の奇跡で回復された方が話としては美しいだろう?。何時頃からそうなったのかは分からないけれど、そちらの方が都合がいい人達がいたのさ」
よっぽど鬱憤がたまっていたのか、苛立ったようにさらにエルは続ける。
「そもそも、瘴気を発するのは魔物さ。魔者じゃない。それにあの当時は魔物はそれほど集団化していなかったから瘴気で大量に集まるなんてことはない。せいぜい、10匹程度だろう」
「それでも常人にとっては大変な数なんだが……」
「話をも戻すけれど、その神官は都市の使い方を知っている唯一の人で、君の祖先でもあった。彼は、都市の機能を使い、住民を全て他の場所に転送し、“女神”と戦うことにしたんだ」
「それを、そのフィーネって人と一緒に?」
「はじめはフィーネも転送しようとしたんだ。けれど残るって、愛した貴方を残していけないって、あれは情熱的だったね……それでまあ、“女神”と戦って嫁に来いって言われたフィーネが彼氏がいるって言ったら、“女神”そいつを殺せって僕に言ったんだけど、すでにその神官の人に、僕は色々組み込まれて改造されたらしくて。いやはやご飯が美味しいし本当にここは居心地が良かったんだよね。にゃー、って鳴いていればいいし」
「おい」
「話を戻すけれど、もともと、二人のことも気に入ってたし、“女神”のことが嫌いだったし、そういう風に組み込まれたのは僕にとっても良かったんだ。それで、“女神”そう言ったのだけれど、今度は神官と戦闘をはじめて」
「混沌としてきたな」
「瞬殺されたんだ、“女神”が」
逆じゃないのか、とラズは思った。
「いや、それで正解さ。彼はこの都市機能、“女神”と戦うために作られた都市の機能を使って戦ったのさ。その都市の機能はさらに昔から作られていたが、その技術は異界のものだったんだ」
「だからって、技術の基礎となる根本の部分が分かっていなければ、作る事なんてできないんじゃないのか?」
「作った人達は分かっていたかもしれないけれど、物が物だけにあまり知られるわけにいかなくて、その当時でも使い方が一部残っている、それを神官が知っているのみだったんだ。そのためにこれ以上、使い方だけでも残そうと僕に色々したわけさ」
「でも、“女神”はまだいるぞ?」
「勝っただけだからね、その後“女神”が二人まとめて嫁にするって騒いだり色々あったけれど、目的の都市を滅亡させる事は成功したからって終わりになったんだ」
「記念すべき、俺らの血統と“女神”の初邂逅とか言わないだろうな」
「うーん、実際はもっと古いらしいんだけれどね。ただ、そういうわけで、この都市の機能を使われるのは僕達にとっても君達にとっても不都合なんだ。ここは、“女神”に対抗するための人にとっても重要な拠点だから。それをたかだか誘拐のために使うこと自体が、とんでもない事なんだ」
やれやれと嘆息するエル。そんなエルを見ながらラズは、
「……それで、俺をどうする気だ?」
「一応都市機能のいくつかの確認かな。君は外に出るための陣が組めた」
「いや、あれは……」
「今の技術レベルで、断片が分かるのかもしれない。ラズの中にある魔法の知識が、過去の技術との類似性を無意識に感じ取りそれを作り上げる事が出来たのかも知れないからね。本当は君の力で、戻る事も考えていたんだ。でも、そちらの方が都合がいいだろう?」
「確かにな」
そこで、一つの柱にたどり着く。そこ周辺は水が広がっていなかった。
「ここ一帯は、“女神”との交戦がなかったからね」
「ちょっとまて、“女神”との交戦であれが壊れて水びたしになったったってことじゃないだろうな」
「あぼ力の遺跡といえど、ある一定以上の負荷が掛かれば壊れるさ」
ラズは絶句した。
――あれをって、どうするんだよ。
「“女神”がそんなに怖いかい?」
「……」
答えられず、ラズは黙る。と、
「“女神”はそんなに恐れるものではありません」
うっすらと、透けるように人の姿が現れて。その人は黒髪に、金色の目をしていた。
着ている白い服には装飾の刺繍が施され、緑色の石が付いた金の留め金でローブを止めている。
彼のその声も、何処か身近に感じられた。
「彼が、神官だよ。彼の話を君にも聞かせておこうと思ってね。君には聞く権利があるからね」
話している言葉が、今の話し言葉であるのも不思議であったが、そういう風に翻訳しているらしい。その翻訳のためにニュアンスが多少異なる問題がある、問えるが補足したが。
話は実にラズには興味深いものだった。
原理は“幽霊”達と同じらしい。むしろ、“幽霊”達はこれを隠すための装置でもあるそうだ。
その話をしばらく聞いて、映像の彼は言った。
「子孫である君に、祝福を」
「ありがとう」
自然と口に出た言葉。遠い未来を考えて、けれどくる事がないことを望む、そんな彼の思いをラズは確かに受け取ったのだった。
次もよろしくお願いいたします




