違和感
連日投下です。よろしくお願いします。
「高い、コストが高い。でも美味しい。この敗北感は何だ!」
美味しいと言われたムモモを夢中で食べる、ラズとエル。
そしてあまりにも美味しいのですぐに食べ終わってしまう。
なのでエルがラズに、
「また買ってくれると嬉しいな、にゃあ」
と猫のように可愛い仕草で鳴いた。
それに一瞬頷きそうになりながらもラズは必死でこらえて、
「エル。そんな可愛い声で鳴いても駄目だぞ? 猫が好きだからといって、僕……俺はそれに屈したりなどしないのだ。そもそも、エルは……」
「にゃあにゃあにゃあ」
「あ、もう一個ムモモをください」
表情をとろんとさせながら、ラズは買っていた。
初めは魔者と警戒していたラズだが、実は隠れて猫好きだったために、気が付けばエルの言いなりになっていた。
――駄目だ、しっかりしないと。
軽くなった財布を握り締め、ラズは誓った。
と、ラズは立ち止まる。
良くある土産物屋だ。
アクセサリーやら、食べ物やら。干したムモモもある。
その中で、見慣れない細工が彫られた、木で作られた手鏡を見つける。
「その模様は、そこのアビス遺跡でよく見られるものさ。その中にある、文字らしきものがあるだろう?。それを硝子のビーズにしたものがこれさ」
土産物屋の店主が指差す。
それをラズは真剣に見て、
「これとこれと、あとこれとこれとこれと手鏡をください」
「毎度あり。ついでに、彼女へのプレゼントに、ネックレスなんてどうだい」
「え!」
予想外の言葉に顔を真っ赤にするラズ。が、
「手鏡とか彼女へのプレゼントなんだろう、この」
まさかラズが使いたいからといいだせず、そこでふと、フレアの顔が浮かんで。
さらに顔が赤くなった。
「きっと彼女も喜ぶと思うよ?」
「いや、まだ彼女というわけでは……」
「なら尚更切欠を作らないと。買ってプレゼントしてみたらどうだい?」
乗せようとしているのは分かっている。
だが、彼の言う事は一理ある。
切欠は大事だ。
「この辺とかどうだい?。これは近くで採れた、魔石だよ。魔力は低いが、色が綺麗だろう?」
彼女の瞳と同じ黄緑色の石のペンダント。
枠に、花の細工がされている。
「これが気に入ったかい?。きっとその子も喜ぶよ」
そうおじさんに勧められ、結局ラズは買ってしまった。
そのペンダントの石を太陽に透かすと、木漏れ日のように移ろいながら輝く。
とても綺麗な石だとラズは嬉しく思いながら、
「喜んでくれるかな?」
「にゃあ」
「……こんな時だけ猫のまねをするな」
「にゃあにゃあ」
「もういい」
魔者に相談した俺が馬鹿だったと心の中でラズは深く反省した。
観光の町らしく、土産物屋が所狭しと並んでおり、観光客がぞろぞろといた。
宿屋もある。飲食店もある。歩きながら食べられる、串に刺した果物を売る店もある。
腕を組んで歩くカップルの姿や、夫婦の姿もある。
……子供の誘拐事件など、本当に起こっているのだろうか。
「起こってはいるみたいだよ。でも、そんな事になればこの観光の町に人が来なくなるからね。しかも連れ去られるのは外から来たやつらではなく、町の人達らしい」
「それで、警官が多いんだな。しかし、心を読める能力か。今回は役に立った」
「ムモモのお礼だよ。というわけで僕に果物を貢ぐように。基本、僕は君の味方だからね」
「わかったよ。……子供?」
よぎる、町娘らしい女の子だ。年齢は六、七歳。黒い長い髪、頭に赤いリボンを付けている少女だ。
別に、道を走るのは特に問題ないし、良くあることだろう。だが。
「……疾風の光と風よ」
ラズは胸騒ぎを覚え、追いかけた。
女の子はただただ走っている。
少女よりも年上のラズが魔法を使ってどうにか追いつく速度だ。
細い路地をいくつもいくつも抜けて、古い石の柱に辿り着き、そしてその中に少女は吸い込まれた。
「待て!」
ラズは叫ぶも、少女は振り返ることなく壁に吸い込まれた。
その石の柱には、ラズが土産物屋で買った手鏡と同じ模様が刻まれていた。
しかもその模様の部分だけが風化せず、真新しい状態で描かれていた。
不釣合いな、掘り込まれた模様。
疑問に思うところは幾つもある。
と、ラズはさっと頭の中で考えて、その石の柱に手を触れた。
今は、あの少女を優先する。
検証は後だ。
しかし、触れても壁はラズを吸い込むことは無い。
強く力をこめて押しても、当たり前だが石の壁はびくともしない。
そこで、警官が来た。
ラズは何か知っているかと思い、聞こうとするが、その前に説明しなければと思い、
「あ、今、女の子が」
そこまで言った所で、その警官に不審者としてラズは警察署に連れて行かれてしまったのだった。
――約一時間後――
「あんた何やってんの!」
レテが部屋の扉を開けるなり、そう告げてきた。
ちょうど誤解が解けて、帰る所だったのだが。
見かけた少女の話をすれば、そういう幽霊がたまにこの町にも現れる、とのことだった。
だが、ラズにはどうにも幽霊と思えず、かといってあの速さで移動するのは幽霊と言った方がしっくりくる。
「まったく、あまり手間をかけさせないで」
「ああ、悪かった」
とんだ散歩だったとラズは嘆息する。
でも、面白いものが手に入ったとラズは心の中で笑う。
一応嘆息するような表情でいないと、状況が状況だけに、レテに何を言われるか分らないからだ。
そして、試しにレテに聞いてみた。
「フレアは黄緑色って好きか?」
「嫌いよ。なんで?」
ラズが固まった。確かペンダントは黄緑色であったはずなのだ。
その瞳の色とお似合いの石だと思ったのだ。
そんな何処かショックを受けたようなラズにレテが付け加える。
「いつもこの黄緑の目が嫌。赤が良いといっていたわ。姉さん赤い色が好きだから」
「……そうか」
「どうしたの、落ち込んで」
「大した事じゃないさ」
あのペンダントは他の人にあげるとしよう、良かった渡す前でとラズは心の中で頷いた。
――でも、赤い瞳か。
ラズは、村で豹変した時のフレアの瞳を思い出し、背筋が冷たくなる。
そして、思い出すフレアの笑顔がなぜか、とても気持ち悪く感じて首を振った。
そんな筈がないと、心の中でラズは念じた。ただの気のせいだと。と、
「どうしたの、顔色が悪いわ」
「別にそんなはず……」
「手、見せて」
レテがいきなり手をつないで、彼女のほほに当てる。冷たい。
「暖かいわね。熱が出ているんじゃない?」
半眼で彼女が見てくる。
なんだか恥ずかしくなり、ラズはレテから逃げ出した。
「ちょっと待ちなさいよ!」
呼び止めるレテの声がしたが追いかけてくる様子は無い。
「……何やってるのよ、私」
そうレテは小さく呟いたのだった。
レテが自分の行動に疑問を持っていることは、もちろんラズは知らない。
そんなラズは部屋に戻って毛布にもぐりこんだ。
早鐘を打つような心臓の鼓動。自分自身がわけが分からない。
顔がさらにほてってくる。
「大丈夫かい?。いやー面白いね」
「エル、何がだ」
機嫌の悪そうなラズの声に、エルは空気を読んで、その事でからかうのを止めて、本題に入る。
「……君の想像通り、アレは人間の子供だよ。そして、明日には消えたって騒がれることになるだろう」
冷や水を浴びせられたように、ラズはエルの方を見た。
薄暗い部屋の闇に半分隠れるように、エルは、笑っていた。
「何を知っているんだ?」
「僕は“女神”に滅ぼされたこの都市が好きだったよ。“時の神”を祀るこの都市がね」
都市?、ここは町のはず。
だが、ここには都市アビスの遺跡がある。
「君の買ったプレートとビーズ、組み立ててみるといい。明日には必要となるだろう。君のそのビーズの選択は“正解”だ」
何を知っているんだと、ラズは聞かなかった。
なんとなく綺麗な形の魔法陣ができそうだと、選んだのが正解か。
あの形の魔方陣は、初めてのはずなのに何処か懐かしい気がした。
「覚えているのかもしれないよ。所で、一つ別の事を聞いて良いかい?」
「なんだ?」
「希望という、災厄の箱から最後に出てきた災厄を振り払うにはどうすれば良い?」
「……しばらく寝て休めば、治るんじゃないか?」
「僕は満足だよ。その答えが聞けてね」
エルは猫のように背伸びをして、布団の中にもぐりこんできた。
「もう寝るのか?」
「疲れてしまってね。心を読みながら考えるのは、思いのほか大変なんだよ」
そのままラズの寝床に潜り込み、丸くなるとすぐに寝息を立てる。
エルは本当に疲れているようだ。
「で、俺はアレを作るのか」
得るが明日必要になると言っていたのだ。
面倒だが、エルは信用できそうだ。
やっておいて損は無いだろう。
それにエルはラズを通して懐かしいものを見ているような気がする。
それが何かは、ラズには分らないが。
けれど、懐かしいという感情。
「兄さん……」
ふと、兄の事がラズの頭に浮かんだ。
次に都市フィーアに帰ったら、一度話を聞いてみるのも、いいかもしれないと思った。
次もよろしくお願いいたします。




