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知らないこと、知っていること

だんだんコメディから道が遠のいてきた・・・・・・。がんばれ私。

毎日更新しますのでよろしくお願いします。

 “眠りの谷”とは、遥か昔、谷底にあった古代都市アビスの遺跡群が存在する観光の町クトルである。

「えー、右に見えますのが、クトル名物、幽霊の行列です」

 馬車を操っているおじさんが説明してくれた。

 かの村での件から三日経っていた。

馬車を乗り継ぎ乗り継ぎで休む暇も無く、ラズは疲れて蕩けそうになっていた。

 前回の村がラズのいた都市フィーア近郊なので、てっきりすぐ行ける場所が次の目的地なのだろうとラズは思っていた。

 だが結果はこのざまだ。 

 笑え。

 笑うんだ。

 あっはっはー。

 ……。

 それにしても、都市間を結ぶ魔法列車が出来ていればそれこそ一日足らずで行く事が出来たのではなかろうかと思う。

 生憎、開通にはあと五年かかるそうだ。

 そして、都市ではまだ少ないものの魔法バスが走っているが、それ以外となると基本馬車での移動が未だ主流である。

 なので舗装されていない道をがたがたと揺られながら、ラズは“眠りの谷”に向かっていた。

 この“眠りの谷”は都市テュエルブの近くである。

 “眠りの谷”の古代都市アビスが近くにあるのと同様、都市テュエルブもこの地域に存在するのには理由がある。

 そう、その豊富な人口を支えるに足りる“水”があるからだ。

 また、“眠りの谷”を水源とするため、魔物達の攻撃に関して、都市と同様“眠りの谷”は厳重な警備がされているという。

 もっとも、かの古代都市アビスが滅んだのは魔王の進撃によるものであったのだが。

 水源が魔物達の瘴気により、さらに魔物が集まるという負の循環が繰り返されるも、“女神様”により浄化され、人が住む事が出来るようになったという。

 ちなみに、古代都市アビスは“女神様”とは違う神様を崇めた、高度な魔法都市であったと言われている。

 そして、その良く分からない神様を崇めるのに、その都市の人達は鈴を鳴らしつつ行列を作りながら谷を歩いていたらしい。

 つまり、この“眠りの谷”の名物である“幽霊”、彼らの行動と類似点が非常に多かった。

 おそらくは生前の行動が、まだ分かっていない都市の遺跡群の機能により、このように“幽霊”として映し出されているのではとの事だった。

 そんなガイドブックを読みながら、いい加減疲れ果てたラズはぼやくように独り言を呟く。

「メンテナンスなしで千年以上ってどういう事だよ……興味があるじゃないか」

「ラズ、仕事が終わってから一緒に観光する?」

「ぜひ!」

 フレアの言葉に、ラズは即座に頷いた。

 フレアのその花のような微笑に、ラズは疲れがほんの少し癒される。

 と、そこで白い猫もどきのエルが、

「僕も一緒にいっていいかな。この“眠りの谷”特産の果物、ムモモが食べたいんだ。駄目なら盗み食いするからいいけれど」

「……わかった」

 ペットの責任は飼い主に来る。

 ラズはしぶしぶ頷いた。と、馬車のおじさんが、

「ねっ、猫がしゃべった?」

「あ、これはそういう生き物なので」

「そうなんですか、やっぱり有名な勇者様となると違うんですねぇ」

 馬車を運転しているおじさんは納得したようだった。

 案外言われないと気づかない事は、世の中多いのかもしれない。

 しかし、とラズは谷底を見る。

 幽霊が行列をなしている。

「幽霊が昼間に出ても、全然怖くないな……」

 そんなもっともなラズのぼやきに、馬車のおじさんは朗らかに笑って、

「ははは、そうだなぁ。夜中に見に行くツアーもあるから、時間があれば見に行くといいですよ。霧が出ていても、晴れていても風情があるって、来たお客さんからは、結構好評ですよ」

 さすが観光の町クトル。

 さりげなく宣伝を入れるおじさんの商売魂にラズは感服するも。

―ーそんな時間取れるかね……。

 考えると、ラズは憂鬱な気持ちになった。

 谷を抜けると、いや、正確には谷の先にある非常に大きな窪地に入ると畑が広がっている。

 谷に広がる前も畑が広がっていたが、あれは土地近郊に出荷される野菜を作っている畑だった。

 一方こちらは町で、町で使う野菜や見慣れぬ赤い果物が木々に生っている。

「あれがムモモですよ。少し値が張りますが美味しい果物ですよ。ぜひ食べてみて下さい」

 そう言われると食べてにたくなるよなと、ラズは思う。

 そして、近代的な建物郡が見えて、その辺りを境とする柵の切れ目にある、大きな金色の看板が立てられた町への入り口で馬車は止まった。

「宿の宿泊費三日分込みで、料金は前払いで頂いてます。そこの宿屋で、イリス教団の証明書を見せればすぐ案内してもらえますよ」

「ありがとうございます」

 お礼を言って、ラズは馬車のおじさんを見送る。

 そのまま、目移りするようにショーケースに駆け寄るフレアと一緒に、まるでデートみたいでいいなと少しだけ幸せな気分に浸りながらラズは、案内の地図……という名の走り書きされた簡素な地図を片手に歩いていく。

 幾つかの目印になる店を見つけて歩いていけば、すぐに宿は見つかった。

 宿は綺麗なもので、二部屋頼まれていた。

 もっともラズの方はペット同伴可の部屋であったが。

 ラズは、先ほどから肩に乗っている猫モドキのエルを見る。

―ーペット……違和感があるような。

 そこでラズの不安を読み取ったエルが、にゃあと鳴いた。

 何処からどう見ても猫にしか見えなかった。

 それに疲れをラズは覚えながら、

「それじゃあ夕食で。もし何かあればいつでも私の部屋に来てね」

 送付レアが自分の部屋へと歩いていく。

 そんなフレアにラズは軽く手をあげて、彼女が部屋の中に消えてから時計で時間を確認する。

 時間は午後一時。

 仕事がなければ、ちょっとこう、フレアと散歩でもいいかもしれない。

 ラズの顔が自然とにやける。

 そう思いながら部屋の鍵を開けて中へと入る。

 一応、入ってすぐに鍵をかけておく。

 そしてそのまま、荷物の置き場を探して……壁のフックにかけるのも、この荷物が重いので耐えられるか分らないため、ラズは椅子の上に置く事にした。

 そう考えて椅子に荷物を置くと、机の上に手紙がある事にラズは気づいた。

 差出人はレテ。

―ーお疲れ様。今日一日はゆっくり休んで頂戴。あと、姉さんは明日まで起きないようにしたって伝言があるわ。

 ……。

 これは無いだろと、ラズは悲しく思う。

 もっとこう、仲良くなるような出来事とか信頼関係とか……素敵な恋の物語があるものじゃないのか?。

 もう一人の勇者はハーレムなのに、この差は何なんだろう。はあ。

 そんな絶望的な思いで溜息をもらすラズだが、

「睡眠をとることで、魔力を集めているのさ。その、フレアって娘はね」

 白い猫もどきが前足で顔をかきながら、そんな事を言い出した。だが、

「……魔力の回復は、睡眠と関係ないだろう?」

「彼女はちょっと特殊でね。レテという娘もそうなんだけれど、まあ、“女神”の気まぐれに振り回されているのさ」

 エルが“女神”に対して毒のある事を言う。

 やっぱり魔物だからだろうか。

「確かにそうだけど、ラズのニュアンスが少し違うようだね。魔物は大まかに二つに分類される。ただただ人間を食うことを目的とする、知性なき動物と、知性ある“闇の眷属”である魔王の配下。僕達は“魔者”と呼んでいるけどね」

 その概念は、以前、兄に聞いたことがある。

「そもそも、魔者も魔物も、人間以外を食らっても生きていけるんだ。目的は魔力の摂取だからね。さらに言うと、高位の魔者は自分の魔力の回復が多いからそれで自分を存続できるんだ」

 なら、なぜ人を襲う、とラズは心の中で問いかけると、その白い猫もどきは前足を舐めながら、

「そう作られているからさ、魔物はね。それ以外のものから魔力を摂取してもいいと、決められていない。考える事も出来ない。例えば虫はある特定の草のある部分を食らうだろう?。それと同じ、魔物が人間を襲うのは存在自体の本能さ」

 それを聞いて、そういう風に作られたそういう存在だと知り、通りで、魔者に兄さんは好意的なわけだと納得する。

 機械の歯車であれば他の機会に使えるかもしれないが、彼らの場合、そのたった一つの事しかする事も許されないのだ。

 考えなくて良いのは楽かもしれないが、それが分るだけの知能があれば、おのずとどうなるかは想像がつく。

「そうそう。大体あっているよ、ラズ。……はじめは忠実に従おうとする魔者もいたけれど、最近はもうやってられるかって感じでね。そもそも、魔者も人よりも、僕のように果物が好きといったように嗜好があるのさ。それに、幾度と無く魔王と人との戦いで、人を食らう嗜好の魔者はずいぶん昔に淘汰されてしまったしね」

 そこでラズは疑問が湧く。

 忠実に従おうとしたって、誰にだ?。

 それにエルは、ぴんと背筋を立てて、

「え、“女神”に決まっているじゃないか。魔王の構造自体、彼女が作り出したものだし、遥か昔、その配下であった天使達が今の魔者だよ?」

 それを聞いたラズは、知ってはいけないような気がして、それを、俺に話していいのか? と、問いかける。

 するとエルは自分の前足を再び舐めながら、

「問題があれば記憶なりなんなりを消されるだろうね。君は、“女神”にとってくみしやすいと思われているみたいだから」

 そこで、ラズの目に一瞬閃光のように赤い光が浮かぶ。

 その様子を、じっとエルは見ていた。

 ……。

「……いま、俺は何を話していたんだ?」

「たいした話じゃないさ。それより、ムモモが食べたいよ。でないと僕は何するか分からないよ」

「ああ、わかったよ。たく」

 ラズは、ぶすっと答え、エルを連れて部屋を出たのだった。


 その様子をレテは、予め付けておいた監視装置で見ていた。

 不自然な話の変わり方。

 一見ラズもエルもそれを気にしていないようだった。

「“女神”の手がどの程度及んでるか、か」

 きっと私の事すらも、手の内なのだろうとレテは思う。

 全て、“女神様”を楽しませるために作られているような。

 綺麗なままでいるならば、汚れたものは何処に押し付けるのか。

「無邪気なようで、毒のある“女神様”」

 レテは冷たくそう呟いたのだった。



次もよろしくお願いします。

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