第四節
**一九七一年九月十七日 サン・ヴァレール石灰岩台地上流狭窄部、夜半より翌朝にかけて**
昼のあいだ、私は村へ戻らず、狭窄部の上手にある放棄小屋を借りて記録の整理をした。かつて石灰を焼く作業小屋だったらしく、屋根は半ば抜け、壁も片側へ傾いているが、風を避けて紙を広げるには十分だった。ミケルが乾いたパンと羊乳の硬いチーズを持ってきてくれた。彼は小屋の戸口に腰を下ろしたまま、こちらのノートを覗こうとはしない。土地の者は、学者の文字を信用していないのではなく、文字になる前の段階をあまり邪魔しないのである。
私は採取した粉末を薄く広げ、昨日の泥と比較した。発光は時間とともに確かに衰えるが、完全に失われるわけではなかった。ごく弱い刺激――息を吹きかける、指先で圧を加える、湿った布へ置く――で、一瞬だけ光が戻る。菌類でも鉱物でも説明できそうで、どちらでも腑に落ちない中途半端な性質である。私はそこで無理に結論を出すのをやめ、観測記録のほうへ戻った。現象に名前を与えるのは楽だが、早すぎる命名は思考を貧しくする。
夕方、エリアスが小屋へ現れた。
来ないものと思っていたので驚いたが、本人は何事でもないように戸口の影へ立ち、「今夜は西風だ」とだけ言った。祖父の地図の余白にあった文句を思い出し、私はつい笑ってしまった。
「西風の晩は谷へ下りるな、でしたね」
「下りるなとは書いてなかったかもしれん」
「声は上から来る、でしたか」
「そうだ」
老人は小屋の内側へ入らず、しばらく外の空を見ていた。雲は薄く、海の方角だけが早く流れている。
「先生、今夜は見に行くなら、一人で前へ出るな」
「肝に銘じます」
「いや、先生はたぶん銘じても出る」
反論できなかった。ミケルが隣で小さく鼻を鳴らした。
夜の観測点は、昨夜より少し高い位置に置いた。石積みを真下に見るのではなく、谷の流れ全体とその周辺の斜面を見渡せる場所である。私は録音器を再設置し、気圧計と温度計を並べ、手帳の一頁を今夜専用に割いた。調査の最終夜は、しばしば最も成果が上がる一方で、最も記録を乱しやすい。期待が観察を歪めるからだ。私はなるべく機械的に、時刻、風向、湿度、音、光の変化だけを順に記すよう努めた。
二十二時半まで、何も起こらない。
西風は狭窄部を直接抜けず、谷の上を舐めるように流れていた。そのため霧は昨夜ほど石積みの前へ集まらず、むしろ高い位置で薄くたなびいている。発光個体の出現も遅いだろう、と考え始めたころ、谷の奥で鈴に似た音が三度鳴った。昨夜より明瞭で、少し高い。録音器の針も反応している。幻聴ではない。
「来る」とエリアスが言った。
光はまず上流側の斜面に現れた。
一頭。ついで少し遅れて、石積みの下手に二頭。昨夜と同じ三頭である可能性が高い。大きい二頭と小個体一頭。位置取りが昨夜と逆だったのは風のせいかもしれない。彼らはすぐには石積みに近づかず、一定の間隔を保って谷の左右へ散った。見張り、という言葉がふたたび浮かぶ。小個体は中央に残り、成体の一頭が常にその近くにいた。
二十三時十分、気温が急に下がった。
計器の目盛りでわずか数度にすぎないが、肌ではもっと大きな落差に感じられる。霧は上ではなく下へ沈み始め、石積みの周囲へ集まった。西風はまだ吹いているはずなのに、その一点だけ空気の流れが別になっている。私はこの時、昨夜より先に、石積みの前に生じる沈み込みを確認した。霧は渦ではなく筋となって崩れ目へ引かれてゆく。
そして、音がした。
今度は笛というより、細い獣道を風が抜ける音に近かった。長く、複数で、互いを追うように重なる。石の奥で鳴っているのか、霧が鳴っているのか判然としない。ただ、昨夜よりはっきり分かったことが一つある。音が立つたび、発光個体たちの毛並みの青がわずかに強まるのである。あたかも体表の粒子が刺激に応答しているように見えた。
私はノートへそう書きつけたが、次の瞬間には記述より先に目が奪われていた。
石積みの崩れ目の前、沈み込む霧の中へ、白いものが一条、垂れたのである。
昨夜見た、布とも影ともつかぬもの。だが今夜はもう少し長く見えた。白というより、闇の中の色を失った部分と言うべきかもしれない。輪郭は曖昧だが、細長く、上から下へと漂う。しかし落ちているのではない。見ているうちに、それが沈み込む霧と逆らわず、同じ流れに沿って石の隙間へ吸われてゆくのが分かった。生きものか現象か、私は最後まで断定できない。ただ、発光個体たちはそれが現れた瞬間、逃げなかった。警戒しつつも、その場に留まったのである。
小個体が一声、短く鳴いた。
すぐ近くの成体が鼻先でそれを押しとどめる。もう一頭は石積みの側面へ回り込み、崩れ目を見据えた。彼らの緊張は明らかだったが、捕食者を前にした動きではない。恐怖よりも、待機に近い。
その時、谷の反対側、私たちの立つ岩場のさらに上で、石の崩れる音がした。
誰かがいる。
私がそう思ったのと、ミケルが身を伏せろと囁いたのはほぼ同時だった。エリアスは振り向かず、ただ肩だけを強張らせている。私は咄嗟にランタンの覆いを閉じ、闇へ目を凝らした。上手の岩陰に、人影が二つ見えた。
村人ではない。歩き方が違う。
彼らは光る獣を見ていたのではなく、石積みのほうへ降りる機会を測っているようだった。密猟者、と考えるのがもっとも自然だった。発光獣の噂は珍獣収集家の耳にも届いているのだろう。大学の連中ならもっと堂々と名乗ってくるはずである。
私はエリアスへ耳打ちした。
「知っている人間ですか」
老人はかすかに首を振った。
「よくない」
それだけで十分だった。
ここで人間が谷へ入れば、観測が乱れるどころでは済まない。獣たちがどのように動くか分からないし、相手が武器を持っている可能性もある。私は一瞬、制止に出るべきか迷った。だがその判断より早く、一人が足を滑らせた。大きな音ではない。ただ、石灰岩の斜面では小石一つでもよく響く。その音が谷に落ちた瞬間、石積みの前の現象が変わった。
笛のような音が、唐突に途切れた。
沈み込んでいた霧が、今度は逆に膨らんだ。内側から押し返されたように、白い息の塊となって崩れ目から溢れ出す。白いものも輪郭を失い、散る。発光個体たちは一斉に身を翻した。逃走ではない。大きい二頭が小個体を挟み、斜面を横切って上流へ走る。青い光が地面すれすれを滑り、次の瞬間にはもう遠かった。
同時に、谷の上の人影のうち一つが悲鳴を上げた。
転落したのではない。霧が濃くなって足場を失ったのだろう。もう一人がその腕を掴んだらしく、罵声が飛ぶ。しかしその位置がどうにも妙だった。声は上から聞こえるのに、人影は横へ動いて見える。霧が薄いにもかかわらず距離感が壊れていた。私は昨夜、自分が体験したのと同じ現象が、より強く起きているのだと理解した。
「行くな」とミケルが言った。
だが私は半歩前へ出ていた。
転落者が出るなら止めねばならない、という義務感もあったが、それだけではない。現象の中心へ近づきたいという、例の悪癖である。もしあの人影たちが石積みへ踏み込み、獣たちの通路を荒らせば、この場所は二度と同じ振る舞いを見せないかもしれない。私はそう考えていた。
結局、私を止めたのはエリアスだった。
老人は思いのほか強い力で私の腕を掴み、「今は人間のほうが霧を呼ぶ」と言った。意味はその時分からなかったが、妙に納得させる響きがあった。現象が獣によって起こるのか、地形によって起こるのか、その区別を人間が乱す――そういうことかもしれない。
上の二人組は、どうにか斜面を這い戻っていった。
その姿が完全に見えなくなるまで、谷は不自然な反響を保っていた。やがて霧は薄れ、気温は少し戻り、石積みの前はただの崩れた壁になった。録音器は回り続けていたが、再生しないことには何が記録されたか分からない。少なくとも私の耳には、その後、獣も白い現象も戻ってこなかった。
観測はそこで打ち切った。
下手に居残る理由がない。現象は人間の介入で明らかに変質しており、これ以上続けても、見ているのが本来の振る舞いなのか撹乱後の反応なのか判別できない。
翌朝、明るくなってから石積みへ近づいた。
西風は収まり、霧もない。夜の異様さが嘘のように、谷はただ湿った岩の匂いを返している。崩れ目の前の地面には、三種の痕跡が残っていた。
一つは、発光個体のものと思われる四趾の足跡。昨夜と同じく、爪痕は浅い。
一つは、人間の靴跡。重い底革か登山靴に近い。村のものではないだろう。谷の上から途中まで降りかけ、すぐ引き返している。
そして最後の一つは、どう記述すべきか迷う痕跡だった。石積みの崩れ目の前に、幅の狭い、布を引きずったような筋が一本だけ残っていたのである。泥の上を掃いたように滑らかで、左右の圧がない。動物の尾とも人の衣とも違う。ただ、その筋の縁には例の青い粒が非常に細かく散っていた。
私はその粒子と泥を、できるだけ周囲を乱さぬよう採取した。
崩れ目の内側へ手を入れることも考えたが、結局やめた。穴は思ったより深く、石は脆い。安全上の理由もある。だがそれ以上に、私はここで「確かめる」という行為が、今見ている関係性を壊す気がした。研究者として臆病に過ぎる態度だと批判されるかもしれない。大学なら、まず空洞の規模を測り、内部の気流を測定し、試料を削り取れと言うだろう。いずれ必要になるかもしれない。だが少なくとも最初の調査としては、ここで十分だと私は判断した。
小屋へ戻ってから、総括を記す。
サン・ヴァレール石灰岩台地南縁に見られる夜間発光獣は、単独行動性の稀少種ではなく、少なくとも成体二頭と小個体一頭からなる小群で行動している可能性が高い。発光は体表付着物による二次的現象と考えられるが、個体の生理状態や周辺環境に応じて強弱がある。
彼らは谷の特定地点――上流狭窄部の古い石積み周辺――を反復して利用しており、その際、霧の沈み込み、異常な音響、距離感の攪乱といった現象が高頻度で生じる。これらは地形、地下空洞、湿度、気流の複合による自然現象として説明可能な部分を持つ一方、獣たちがその変化を認識し、行動へ組み込んでいる点が重要である。
すなわち、この現象は彼らにとって偶発的な脅威ではなく、生活史上のある機能――育幼、群れ内通信、あるいは特定時期の集合行動――に関わる環境条件である公算が高い。
大学が求めるような言い方をすれば、
「未知の気象・音響・微生物学的複合現象と、それを利用する高次動物行動の事例」
ということになるだろう。
だが私自身の言葉で記すなら、もっと単純である。
彼らは谷を知っている。人間より、はるかによく。
密猟者らしき二名の介入があった事実は、大学への正式報告には記しておくつもりである。希少種の存在が商品価値を帯びれば、たちまち保護ではなく争奪の対象となる。この種の記録を公開する際には、地名や正確な位置情報を伏せる必要があるだろう。研究成果の共有と保全の両立は、しばしば難しい。特に、大学が現象の利用可能性に目を向けている場合にはなおさらである。
帰る前に、私は最後に谷を振り返った。
朝の光の中では、そこは何の変哲もない石灰岩の裂け目にすぎなかった。羊飼いたちは羊を連れ、風は海から上がり、霧は跡形もない。夜の現象を知らぬ者が見れば、私の記録のほうを誇張だと笑うだろう。
だが野外の仕事というものは、たいていそういうものだ。何も起きていないように見える場所に、見た者だけが知っている秩序がある。そしてその秩序は、人間が近づいたからといって説明の都合よく姿を見せたりはしない。
村を発つとき、ミケルが言った。
「先生、あれの名前は分かったんですか」
私は少し考えてから、首を振った。
「まだです。急いで名前をつけると、たいてい見落とします」
彼はその答えを気に入ったのかいないのか分からない顔で笑い、荷馬車の後ろへ塩漬け肉の包みを投げ入れてくれた。
エリアスは見送りに来なかった。
ただ、宿の女主人から、小さな紙片を預かった。
*谷を測るなら、まず風の数え方を覚えよ。*
老人の字ではない。もっと古い手だった。私は紙片を手帳へ挟み、そのまま大学への報告書とは別のポケットへしまった。こういうものは、しばしば正式な記録より長く残る。
サン・ヴァレールの調査は、これでひとまず終える。
発光の機序については試料の持ち帰り分析を待たねばならず、石積みの内部構造についても再訪の余地がある。だが、少なくとも今回の遠征で、私は一つ確信した。
この種の幻獣を理解するために必要なのは、個体そのものの解剖学だけではない。彼らが読み取っている土地の条件――霧、風、反響、湿り、石の古さ――まで含めて記述しなければならない。幻獣が不思議なのではなく、彼らが寄りかかっている自然の側に、まだ人間が読めていない文法があるのだ。
その文法を、大学は「魔法」と呼びたがらない。
私もまた、安易にその語へ逃げる気はない。
だが、名前を避けることと、現象を理解したふりをすることは別である。サン・ヴァレールの谷で私が見たものは、少なくとも現時点では、既知の科学の範囲へ乱暴に押し込むにはあまりに秩序立ち、同時にあまりに不完全だった。
次にこの地へ来る時、あの小個体はもう親の側を離れているかもしれない。
あるいは二度と現れないかもしれない。
野外記録とは、しばしばその程度の未完を抱えたまま閉じるしかない。だが未完であることは、失敗と同義ではない。生きものの時間がこちらの都合へ従わないという、あたりまえの事実を受け入れるところからしか、研究は始まらないのだから。
第一次調査付記
**一九七一年十月三日 エーヴェルス大学、研究室にて**
持ち帰った青色粒子は、乾燥下で著しく失活し、完全な培養には失敗した。
ただし湿潤条件下で短時間のみ発光を再現し、熱ではなく振動と呼気に対して応答性を示した。生体由来の微小共生体である可能性が高いが、分類は保留する。
報告書にはそのように記した。
大学事務局が最も強い関心を示したのは、やはり発光の持続性と人工再現性についてであった。
私は必要な範囲で回答したが、谷の正確な位置と、個体群が育幼中と思われる点については曖昧にぼかした。学問に対する不誠実と取られるかもしれない。だが、現段階での公開は利益より損害のほうが大きいと判断する。
研究というものは、ときに知ることより先に、知られすぎないよう守ることを要求する。
この判断が正しいかどうかは、将来の私が決めることになるだろう。
少なくとも今は、あの谷で聞いた細い音と、霧の前で立ち止まった三頭の姿を、まだ誰かの収益計算の中へ渡す気にはなれない。




