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ロバート教授の幻獣生態調査記録  作者: ロバート・クロフト
第一章 一九七一年 夜間に観測される不定光源の発生条件の確認
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第三節

**一九七一年九月十六日 サン・ヴァレール石灰岩台地上流狭窄部**


エリアスの言う「石が古い」という表現は、学問の言葉に直せば、おそらく浸食の進んだ石灰岩が長い時間をかけて複雑な空洞系を作り、音と湿気の流れを一定の型に変えている、という意味になるのだろう。

もっとも、現地で必要なのは厳密な言い換えよりも、どこへ行けば何が起きやすいかを知ることである。私はその朝、谷の上流側、川幅が急に狭まり両岸の岩壁が迫る地点へ向かった。


村から見れば半日もかからぬ距離だが、荷を持って歩くには骨が折れる。石灰岩の台地というものは、遠望では明るく開けた土地に見えて、実際には絶えず足を選ばせる。草地の下に裂け目があり、裂け目の底に古い水があり、その脇に低木が根を下ろしている。人間が道だと思っている線は、多くの場合、羊が何年もかけて踏みならした妥協の結果にすぎない。


今日はミケルだけが同行した。エリアスは来なかった。年寄りにはきつい道だから、とミケルは言ったが、その声には別の含みがあった。老人は谷の深い方へは行きたがらないのだろう。迷信深いと言ってしまえばそれまでだが、長く生きた土地の人間が避ける場所には、それなりの理由がある。私はその理由を確かめたくて来ているのだから、皮肉な話である。


狭窄部は、谷と呼ぶより裂け目に近かった。両側の壁はところどころ迫り合い、空は細く切られて見える。下を流れる水は浅いが速く、白い泡を立てるほどではないものの、絶えず石を磨く音がする。霧は日中から薄く溜まっていた。昨夜までの谷底では、霧は地面を這うものだったが、ここでは壁に沿って立ち上がり、時に上へ抜けずに空中へ留まる。そのせいか、陽が高い時刻でも、奥へ入ると急に夕方めいた暗さになる。


観測地を定める前に、周辺の痕跡を調べた。

水際の泥には鳥、狐、小型の有蹄類らしい足跡が散っていたが、その中に二つ、昨夜見たものに近いものがあった。蹄ではなく、四趾の痕。肉球に相当する中央のくぼみは浅く、爪痕はほとんど残らない。体重は見た目以上に軽いのかもしれない。あるいは、着地の仕方が極めて柔らかいのだろう。足跡は水際を横切り、途中で忽然と消えていた。岩盤へ移った可能性はある。だが不思議なのは、その先の岩陰に青い粉の付着がほとんど見られなかったことである。


私はここで、これまでの仮説の一部を修正する必要を感じた。

発光性の粒子は獣の全行動圏に等しく付くのではなく、特定の場所に出入りした時だけ強く現れるのではないか。もしそうなら、谷全体が発光源なのではなく、もっと限られた地点――たとえば巣、休息場所、あるいは育幼に関わる環境――が存在する。


午後遅く、狭窄部のさらに奥で、人為的な痕跡を見つけた。

崩れかけた石積みである。高さは胸ほど、幅は三間足らず。柵とも堰ともつかぬ中途半端な構造で、年代は分からない。石の隙間に苔と白い塩類がこびりつき、長く放棄されていたことだけは明らかだった。近くには木片も鉄具も残っていない。かつて羊を寄せた囲いか、流木止めか、それとも採石に関わる簡素な設備か。ミケルは見覚えがないと言ったが、祖父は昔、この上流には「夜の水場」があって家畜を近づけるなと教えられたらしい。


「なぜ近づけてはいけない?」

「痩せると言ってました」

「病気になる?」

「そういう言い方ではなかったです。朝まで歩いてしまう、みたいな」


この地方の言い回しは、しばしば症状より結果を言う。

それでも、家畜が夜通し落ち着かないとか、異常な興奮状態に陥るとか、そういう現実的な現象を含んでいる可能性は高い。私は石積みの周辺で土壌と苔を採取し、方位、風向き、湿度を記録した。石の北側だけが異様に冷たく、日没後にはそこから細い霧が継続的に立ち上がってくるのが見えた。


夜の観測は、その石積みからやや離れた高みで行った。

狭窄部は視界が悪く、獣の動きを追うには不利だが、音を聞くには適している。私は録音器を三箇所に設置し、間隔を変えて反響の差を試すことにした。大学から借りた機材は重いだけあって頑丈で、野外での扱いにも耐える。もっとも、研究費が潤沢ならこんな旧式は回ってこない。私はしばしば、最新機材よりも自分の脚と現地の人間の記憶のほうが役に立つと考えているが、それを大学の会議で口にすると露骨に嫌な顔をされる。


二十一時を回るころ、最初の異変があった。

谷のどこからともなく、鈴を一つだけ鳴らしたような音が聞こえたのである。羊の首につける真鍮の鈴に近いが、もっと乾いて短い。ミケルはすぐに首を振った。村の羊は夕刻には囲いへ戻してある。迷った家畜ではない。私は録音器の位置を確認し、ノートへ時刻を書きつけた。


二度目の音は、その二分後に来た。

今度は一つではなく、遠くで二つ、近くで一つ。方向を定めようとしても定まらない。狭い谷では珍しくないことだが、そのあと続いた沈黙が長すぎた。水音だけがあり、風は止み、霧だけが壁に沿って昇ってゆく。私は双眼鏡を下ろした。こういう時、人間は暗闇の中へ何かを見つけようとして、かえって大事な動きを見落とす。


光は、石積みの向こう側から現れた。

まず低い位置に一点。次にもう一点。さらに少し離れて三点目。獣は一頭ではなかった。大きい個体が二頭、小さいものが一頭。親子に加え、別の成体がいる。昨夜は見えなかっただけか、それともこの場所で合流したのか。三頭は互いに一定の距離を保ち、まるで水場へ降りる野生動物のように慎重に進んだ。ただし、奇妙なのはその進路である。彼らは水そのものへ近づかず、古い石積みを半円形に囲むように歩いた。


私は息を潜めてその動きを追った。

青い光は昨夜より弱い。個体差か、場所によるものか。大きい二頭のうち一頭は明らかに小個体を気にかけていた。鼻先で背を押し、立ち止まるたびに振り返る。母子である可能性がさらに高まった。他方、もう一頭は群れの外縁を歩き、時折、頭を高く上げて霧の流れを探るようにする。見張り役に見えた。社会性がどの程度あるのかはまだ分からないが、少なくとも偶然同じ場所に集まっただけではなさそうだった。


その時、石積みの中央、崩れた隙間のあたりで、霧の色が変わった。


色と言うのは正確でない。

白いものがさらに白くなっただけで、本来なら目立つ変化ではない。だが周囲の闇が一定であるのに、そこだけ布を一枚差し込んだように質感が異なる。昨夜見た「白いもの」と似ていた。私は反射的に双眼鏡を向け、次の瞬間、自分が見たものにしばらく言葉を失った。


石積みの隙間から、霧が流れ出ているのではなかった。

霧が、そこへ吸い込まれていたのである。


狭い穴ではない。人ひとりがやっと潜れる程度の崩れ目にすぎない。にもかかわらず、その前の空気だけがわずかに沈み、低い音を立てて流れている。水流に似た挙動だが、液体ではない。霧が石のあいだへ落ちていく。私はこんな現象を見たことがない。気圧差、地下空洞、温度勾配、いくつか説明は思いつく。だが、その場にいた三頭の獣が一斉にそれへ顔を向けたことで、私はそれを単なる地形現象として扱うことをためらった。


小個体が一歩前へ出た。

すぐに成体がそれを制した。大きい二頭は左右へ開き、石積みを挟むような位置を取る。その姿勢には、獲物への警戒ではなく、何かを迎える時の緊張があった。私は無意識にノートを握る手へ力を入れていた。


すると、あの音がまた聞こえた。

笛のようでもあり、風のようでもある、細い長音。だが今度は一つではない。石の隙間の奥から、重なり合った複数の音が返ってくる。言葉ではない。旋律でもない。それでもなお、単なる反響よりは意志を帯びているように感じられる種類の響きだった。私はこの時、自分が研究者であることを強く意識した。意志、などという語を野外記録に書くべきではない。だが、もしそう書かずに済ませるなら、私はあの場の印象を正確には残せなかっただろう。


次の瞬間、三頭のうち外縁を歩いていた個体が、低く短く鳴いた。

初めて聞く彼ら自身の声だった。鹿の警戒音より柔らかく、犬の唸りよりも乾いている。すると石積みの隙間からの音はふっと止み、吸い込まれていた霧もほどけるように散った。空気の沈み込みが消え、ただの崩れた石積みに戻る。獣たちはしばらくその場を動かなかったが、やがて小個体を真ん中にしてゆっくりと斜面を去っていった。


私はしばらく身動きができなかった。

ミケルも同様で、珍しく自分から口を開かなかった。谷の水音が急に普通のものへ戻ったように思えるまで、ずいぶん時間がかかった。


「見ましたか」

ようやくそう言うと、彼はうなずいた。

「昔から、あそこは夜に開くと言います」

「洞穴が?」

「そういうふうに言う人もいます。扉と言う人もいる」


私は苦笑しかけたが、うまくいかなかった。

扉、という表現を笑い飛ばすのは簡単である。だが、目の前で霧が一方向へ流れ込み、獣がそれを明らかに知っている様子を見せた直後では、その語の粗雑さよりも、むしろ便利さが先に立った。未知の現象に対して、土地の言葉はときに無責任で、ときにひどく正確だ。


観測後、石積みまで降りることはしなかった。

一つには危険だったからであり、一つには、その必要をまだ感じなかったからである。昨夜の失敗で学んだことがある。分からない現象を前にした時、人間はすぐ中心へ近づこうとする。しかし生きものの習性を知りたいなら、まず彼らがどう距離を取っているかを見るべきだ。三頭は石積みに触れなかった。近づき、囲み、音を聞き、そして去った。その行動の秩序は、偶然ではない。


現時点での仮説を追記する。


一、この獣は谷の音響異常に受動的に巻き込まれているのではなく、特定地点で生じる現象を認識し、行動に組み込んでいる。

二、発光は常時ではなく、特定環境への出入りか、湿度・体表付着物・生理状態のいずれかに左右される。

三、古い石積みの周辺に、霧・温度・音響の異常点が存在する。天然の空洞か、人為構造を含むかは不明。

四、獣がこの地点を利用する目的は、水や餌ではなく、育幼、通信、あるいは群れの維持に関わる可能性がある。

五、村人が語る「声を返す霧」は、誇張を含むにせよ、現象の核心を外してはいない。


帰路、ミケルがぽつりと言った。

「先生は、あれを捕まえたいわけじゃないんですね」

「そのつもりはありません」

「なら、たぶん大丈夫です」


何に対して大丈夫なのかは、あえて訊かなかった。

土地の人間は、警告と判断を分けて話さないことがある。ここ数日のうちに、私も少しその流儀へ馴染みつつあるのかもしれない。


明夜は、最後の観測にする。

石積みへ接近するかどうかは、まだ決めていない。大学の報告書だけを考えるなら、ここまでで十分とも言える。発光体の採取、音響異常の記録、地形条件の整理。予算執行の理屈は立つ。

だが私自身の記録としては、まだ肝心な部分が抜け落ちている。あの獣たちは、何を待っていたのか。あの場所で、何を聞いていたのか。

人間が勝手に「扉」と呼ぶその現象は、彼らにとっては、もっとありふれた何かかもしれない。例えば、渡り鳥にとっての風向きのような。あるいは、川魚にとっての水温のような。こちらが神秘と誤解しているだけで、彼らの生活のうちではごく自然な合図である可能性がある。


もしそうなら、調査者に必要なのは大胆さではなく、生活の輪郭を壊さずに覗き込むだけの慎重さである。

そして私は、慎重であるべき場所の直前で、たいてい余計な一歩を踏みたくなる性分なのだった。


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