序章
一九八三年四月二日 エーヴェルス大学幻獣生態学研究室 北棟書庫
本記録は、私、ロバート・クロフトが過去十数年にわたり各地で行ってきた幻獣種調査のうち、特に生態学的価値が高く、かつ「魔法的現象」と現在呼ばれている未解明事象との関連が顕著であった事例を抜粋し、再整理したものである。
まず断っておくべきは、幻獣種とは寓話や民間伝承の産物ではない、という点である。
それらは古くから伝承の形で語られてきたために、しばしば空想上の存在として扱われるが、少なくとも学術上は、すでに「現実に存在するが、観察例が少なく、生態の解明が十分でない生物群」として認知されつつある。分類学上の位置づけは未だ定まっておらず、既存の動物種・植物種のように単純な分類枠へ収めることも難しい。ゆえに現在は便宜上、幻獣種という総称が与えられているに過ぎない。
その中には、山岳地帯にのみ生息し発火性の呼気を示すもの、湿地において局地的な光学異常を起こすもの、あるいは極めて高い知能を備え、半ば人間社会へ同化して暮らす亜人種まで含まれる。
後者について補足するなら、エルフ、ドワーフ、そして一部地域でのみ確認される知的階級のゴブリンなどは、もはや単なる伝説上の存在ではなく、地域社会の構成要素として扱うべき段階にある。ただし彼らのすべてが公的記録に明瞭な形で現れるわけではない。戸籍、教育、土地所有、労働、兵役といった近代国家の制度は、人間を標準として組み立てられてきたからである。結果として、彼らは地方共同体、閉鎖的集落、山岳工区、古い手工業都市、あるいは国境周辺の曖昧な地帯においてのみ、その存在を強く示すことになる。
私が奉職するエーヴェルス大学は、表向きには自然科学研究の総本山をもって任じる古い大学であるが、近年とくに力を入れているのは、幻獣そのものの研究ではなく、彼らが引き起こす異常現象の解明である。
火を持たずに燃える灯火、雷雨もないのに発生する放電、獣の通過とともに変位する霧、音を吸う谷、夜間のみ成長する菌類群。これらは民衆の口においてはしばしば魔法と呼ばれる。だが大学はその語を好まない。「未知の自然現象」、あるいは「特殊生体作用に付随する環境変異」という言い回しを選びたがる。言い換えれば、神秘を信じているのではなく、まだ測定法が確立されていないだけだという立場である。
私はこの方針そのものに反対しているわけではない。
未知の現象は測定されるべきであり、再現性が問われ、記録され、比較されねばならない。それは学問の当然の手続きである。問題は、その関心がしばしば現象の利用へ急ぎすぎる点にある。大学の理事会も資金提供者も、その奇妙な発光や熱や治癒作用が、人間生活に転用し得るかどうかを知りたがる。灯火の代替になるか。寒冷地輸送に使えるか。医療へ応用できるか。軍事的価値はあるか。
その問いに現実的な価値があることは認める。しかし私にとって重要なのは、それを起こす存在が、いかなる土地で、何を食み、何を避け、いかなる習性のもとに生きているかという点である。現象だけを抜き出しても、生きものは理解できない。理解されないものは、やがて乱暴に利用されるか、駆除されるか、そのどちらかになる。
この考え方が、学内で私をやや厄介な人物にしていることは承知している。
私は教授職にある。講義の評価も悪くはなく、論文も一定の数を出してきた。調査記録の精度についても、ことさらに疑義を挟まれたことはない。にもかかわらず、私はしばしば「幻獣に肩入れしすぎる」と評される。これは半分正しく、半分は誤解である。私は彼らを神秘化しているのではない。ただ、彼らを資源ではなく生物として見ているに過ぎない。生物を記述する者が、その生存条件より先に利用価値を論じるべきではない、というだけの話だ。
とはいえ、理想だけで遠征費は出ない。
大学が私に調査予算を認める名目は、あくまで魔法的現象の確認と、その発生条件の解析である。私はその要請に応じ、現象を観測し、報告書を提出する。だが実地において私が追っているのは、つねにその現象の背後にいる生きものの側である。巣、行動圏、繁殖期、脱皮、群れの構成、鳴き声、対人距離、食性、渡りの傾向。大学の報告書では付録へ回されがちなそれらの記録こそ、後年になって最も重要な意味を持つことがある。少なくとも私はそう信じている。
本書に収める各章は、そうした単発調査の記録である。
調査期間は概して数週間から二か月に満たない。北方の泥炭地、内海沿岸の断崖、赤道直下の雨林、高地の石灰洞、砂漠縁の交易路、群島部の霧林など、行き先は一定しない。だが形式はおおむね同一である。
まず、対象となる幻獣種と、その地域で報告されている現象の概要を記す。
次いで、現地への移動経路、気候、住民からの聞き取り、痕跡の確認、観測結果、必要に応じて簡易な測定値を記録する。
最後に、その時点での私見を付す。断っておくが、私見とは感傷ではない。記録の余白に現れる仮説であり、しばしば翌年には誤りと判明する種類のものである。それでも残しておく価値はある。研究者は結論だけでなく、どのような誤りを経てそこへ辿り着いたかを示すべきだからだ。
また、本記録には、いくつか不完全な章が含まれる。
現地行政の規制、天候の急変、同行者の離脱、輸送手段の喪失、あるいは対象種そのものの予想外の移動によって、十分な観測ができなかった事例もある。大学はしばしばそのような遠征を「成果不十分」と処理するが、私はそうは思わない。見つからなかったこと、追えなかったこと、危険ゆえに踏み込まなかったこと、それ自体が対象種の輪郭を示すからである。自然はつねに、人間に観察されやすい形で存在しているわけではない。
最後に、私自身について一言だけ記しておく。
私は幻獣を愛護の対象として扱うつもりはないし、神話の残滓として崇める趣味もない。彼らは生きており、争い、食べ、眠り、身を守り、時に人を傷つける。そして人間もまた、彼らの棲む場所へ入り込み、見世物とし、商品とし、脅威とみなし、必要とあらば排除してきた。私の仕事は、そのどちらかに与することではなく、まず観察することである。観察の先に理解があり、理解の先にようやく共存の話が成立する。順序を誤ってはならない。
以下に収めるのは、そのための記録である。
旅の記憶であり、調査報告であり、時に私的な失敗談でもある。学術的厳密さを欠かぬよう努めたつもりではあるが、野外で書かれた日誌である以上、泥と雨と疲労の痕跡までは消しきれなかった。その不揃いさもまた、現地で見たものの一部として受け取っていただければ幸いである。
明日から、個々の記録を年代順に並べていく。
第一の章は、内海東岸の石灰岩台地で確認された、夜間にのみ燐光を帯びる四足獣に関する調査である。大学はその発光機構に関心を示したが、現地の羊飼いたちは別のことを語った。
すなわち、あの獣が現れる年は、谷の霧が人の声を返すのだという。




