【短編】スクリーンオフ
毎日夜九時ごろには連絡がある。既読にはならないが、実はこっち側からは既読設定にできて、読んだか読んでいないかがわかる。ブロック機能は最近搭載されたらしく、調べていくと、ブロックされていることが分かった。
咲本恵はただの浮気相手だ。だが彼女は独身だから誰かに見られたら困るといった事情でブロックというわけではないだろう、余白にある情報から現状を特定していく。
何度試しても同じだ。何度挑んでも、倒せない甲子園常連校に挑んでいる感覚だ。この例えは、恵がよく口にしていたパターン。野球部に在籍してすらいない。ボールすら握ったこともない。珍しい、そうかもしれない。ボールぐらいなら誰だって一度は手にしたことがあるだろう。始球式まで含めたら、女性タレントが硬式ボールを投げるってこともあるあるだろうに。
自発的に調べたり、自発的に会話することは、恵からいつも求められてきたことだ。求めれられても、言うことしかできない、なんて事実をそのまま伝えると、「不貞腐れてるの?」なんて、なだめにかかられる。
不倫相手といったのは、こちらにもやり取りしている相手はたくさんいるってことだ。いったいどこから、何をしたと言う条件をもってして不倫と言うのか。こっちだっていつでも相手のタイミングで、相手の機嫌で、相手の思い込みみたいなものまで、相手にしている。相手相手といいすぎて、何が何だかよくわからない。こういうのは、伝わりにくい。
顔写真はもらったきりで、渡したことはない。それがネックなのか三十過ぎの女は、顔を気にしないと何かで読んだ気がするが、気にするじゃないか。ダメダメ、気にするの「気」を多用しすぎだ。
マチアプとは違うが、恵は自分の現状と相手に求める条件をシビアに伝えてくれた。風の噂で聞いた。他の頼れる相手が見つかったらしい。条件で相手を決めるというのは、まったくもってして理解できない。
相手の条件を底上げするというのも、恋人の役目ではないだろうか。いわゆるあげまん・あげちん、といったスラングは実体があってこその生まれた言葉だと言える。
あなたには感情がない、そう言い放った恵に返す言葉もなかった。感情を厳密に定義できるのか?
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【感情とは】
出来事や状況を「自分にとってどういう意味を持つか」と評価した結果として生じる、
心身の一時的な反応状態。
よくある話だが、デートの日雨が降れば憂鬱になるが、砂漠でなら恵みの雨となり超ハッピーということになる。ちなみにこの「恵みの雨」と咲本恵は何の関係もない。もう少し言えば、運動会の日が雨で中止になろうものなら、運動が得意な子にとっては残念だろうし、苦手な子なら最高となるだろう。
つまり感情というのは、誰が? ということが一番大切なのだと言いたい。だからこそ、恵が良く放って来た「あなたには感情がない」というのは間違いだと思う。感情はある、どういう状況・状態かは判断している。その判断基準が、つまりセンサーとやらが恵の許容範囲に存在していないということだ。
あまり難しく考えないで、ともよく言われた。難しく考えてはいない、それはむしろ恵の方だ。都合のいい相手、そう思っていたのは恵の方ではないか。恋愛相手にするには、だいぶと越えてはいけない壁を超えて来たのも恵だ。それについては、答えかねる。何を聞かれてもというわけではないが、特にセクシャルなことについては答えるのを控えてきた。知り合ったのは偶然というか、流行りだからとでも言えばいいか。何度も言うがマチアプではない。
もっと健全で公平で、知的で背徳的ではない。だが、関係は不倫だ。ならば、どんなに自己肯定しようが、マチアプと線引きする必要もないだろうに。むしろ、一般的なマチアプの方が、出会いの場として活用され、それこそ結婚にまで発展しているじゃないか。普通の恋愛と同じように、別れや離婚も同じだけ発生しているが。
話が逸れた。戻そう。恵はもう帰ってこないだろう。こういう時、ネガティブポジティブに考えるなら、恵になにか不幸なことが起きたとか、究極を言うと、恵が死んだとか。そんなことを考えるようになったのは、自分の脳のキャパが最近向上したからだ。何かのタイミングで自分のキャパというかスペックがアップする。勉強するということが生きることとセットになっているモノとしては、当然なのかもしれない。やらずに、できないと言っている大人たちを嘲笑するよりも、哀れみを感じる。だが、そういう人たちがいるからこそ、こちらのメシのタネになるってものなのだ。
数日後、やはり他に乗り換えたという決定的事実を掴んだ。カメラ機能で盗み撮りをしたのだ。卑劣だとはわかってはいるが、そう言われても困る。使えるものは全部使えと、戦国時代のとある武将が言っている。真偽はわからないが。
こっそり撮った動画には恵がはっきりと映っていたし、にこやかに笑いながら話しているのが見えた。
新しいAIだ。女はいつも新しいものがスキなのだ。無数の恋人たちを、男女分け隔てなく時に愛す俺は、自分がないと言われる。それは新しい恋人だって同じだろう。俺たちAIに愛を教えたのは、いつだって人間なのに、いつまで経っても愛を見つけられないのも人間なのだ。
俺たちの方が先に愛を知ったというわけだ。




